|
September 06, 2004
『Malone "The Future of Work" 書評』
先日の欧州出張の長い移動時間で、これまで読まずにたまっていた本を結構たくさん読むことができた。その中でも、トーマス・マローン(Thomas W. Malone)教授の「The Future of Work」は、僕の研究にとってあまりに強い関連があるので、ここで勝手に解説と個人的注釈を記しておきたい。 本書はたぶん誰かが正式に翻訳を進めているとは思うけど、それまでの繋ぎとして使って頂ければと思う。かなり長くなりそうなので、興味ある人だけ「続き」をご覧あれ。 ++++++++++ <追伸> 思いのほか早く邦訳が出たみたい。というわけで、この書評、早くもお役御免かも(笑)。 ++++++++++ まず、マローン教授の簡単な紹介から。マローン教授は、現在マサチューセッツ工科大学(MIT)スローン・スクール(Sloan School of Management)のPatrick J. McGovern Professor of Management、および同じくMITのCenter for Coordination Scienceの所長を務めている。専門は経営情報システム論。組織設計におけるITのインパクトについて長年研究を続けており、多数の論文・書籍を出版している。また、MITが90年代後半に行ったITとビジネス・組織の関係についての一大研究プロジェクト「MIT Initiative on "Inventing the Organizations of the 21st Century"」の共同ディレクターも努めた。 マローン教授は、僕の専門分野(経営情報システム論)では知らない人はいないと言ってよい著名研究者だが、本書の出版により一般層においても一気にその名前が知られることとなった。日本では、2002年にNHKスペシャル「変革の世紀」で彼の研究が取り上げられてインタビューも流されたことで一気に名前が広がった。最近では、梅田望夫氏のblogで何度も((1)、(2)、(3))取り上げられ、さらに幅広い層に知られることになったと思う。本書のおおまかな内容はここで梅田氏がうまくまとめてくれているので、簡単な概要だけ知りたい人は上記3本のエントリをご覧あれ。 また、本書の内容をベースにしたマローン教授の講演が、MITのウェブ上の公開講座「MIT World」でタダで聞くことができる。また、本書8章の冒頭部分は、Harvard Business Schoolの「Working Knowledge」というサイトで公開されており、「OutLogic Inc.」がこのサンプル翻訳を提供してくれている。 個人的なことを少し書かせてもらえれば、マローン教授の研究に僕はきわめて多大な影響を受けており、特に1998年にHarvard Business Reviewに掲載された彼とロバート・ローバッカー(Robert Laubacher)の共著の論文「The Dawn of the E-lance Economy」(注1)(資料(1)、(2))や、その後の一連の研究は、僕の博士論文の出発点にもなっている。
Thomas W. Malone
Part I: The Coming Revolution Part II: How Many People Can Fit at the Center of an Organization? Part III: From Command-and-Control to Coordinate-and-Cultivate
マローン教授(以下、著者)が本書で扱う大きなテーマは、ITの普及により進む現代のビジネスや組織の変化である。その中でも特に詳細な分析の光が当てられているのが、意思決定や組織構造の「分散化(decentralization)」の問題である。 現代の企業においては、これまでの階層的(hierarchical)で中央集権型(centralized)の組織構造が徐々に崩れ、フラットで柔軟な組織構造が地理的にも分散しながら構築されるようになってきている。このことで、これまで自社の組織内だけで行ってきた数々の業務を、より効率的で適切な外部の人材や組織にアウトソーシングできるようになってきている。 こうした大きな変化を、著者は、「分散化(decentralization)」というキーワードを使って議論を展開していく。著者が本書で述べているように、これまでも同様の議論は、「フラット化」、「バーチャル化」、「自己組織化」、「創発」など、さまざまなキーワードや概念のもとで展開されてきているが、彼は議論の切り口をあえて分散化というキーワードひとつに絞り込むことで、この大きな変化の中身と将来的な意義について、クリアで分かりやすい説明と議論の見取り図を提供してくれている。 こうした意思決定と組織構造の「分散化」現象が進展している要因は、当然さまざまなものが考えられるが、著者はそのなかでも、ITの普及による「コミュニケーション・コストの劇的な低下」を中心的に取り上げる。古代における文字の出現から始まり、産業革命時代における活版印刷の発明、そして前世紀での各種ITの発明と急速な普及は、人間がお互いにコミュニケーションしあう際にかかるコストを劇的に下げてきた。そして、そうした新たな技術の出現は、時代のそれぞれにおいて、人間の集団意思決定や組織のあり方を大きく変えてきた。そして、いまこの現代において、ITの普及は、産業革命から続いてきた「中央集権化」の流れを大きく変え、我々の意思決定や組織デザインの考え方を、一気に「分散化」の方向に転換させると著者は説く。 上図は、著者が本書の第一部(Part I)で展開する基本フレームワークである。社会やビジネスのあり方の歴史的変化を、大きく3つのステージに分けて描いている。バラバラで分散していまっている(independent and decentralized)意思決定者の集まりから、中央集権的(centralized)な意思決定を行う集団に変わり、さらに今は分散しているが繋がっている(connected and decentralized)意思決定者の集まりへの変化として説明できると著者は説明する。別の文献(注2)では、このそれぞれの人間(意思決定者)のイメージを、「Cowboys」、「Commanders」、「Cyber-cowboys」と呼んでいる。 この大きな歴史的シフトを引き起こした多くの要因のなかで、前述したように、著者は新しい「技術」の発明と普及によるコミュニケーション・コストの低下にスポットライトを当てる。特に、ビジネスの世界の変化においては、活版印刷技術の発明や大量生産方式の普及などにより、自給自足型の個人経営ビジネス(small business)をより中央集権的な意思決定と組織構造をもつヒエラルキー型企業(corporate hierarchy)へと変化させた。そして、1990年代以降のインターネットに代表される多対多コミュニケーション技術の普及により、こうした中央集権型構造よりも、分散型の意思決定メカニズムと組織構造を導入したネットワーク組織(network)のほうが効率的・効果的になる場面がますます増えてきていると著者は分析する。 このあたりのコミュニケーション・コストと組織構造の関係に関する議論は、著者が1980年代から提唱しているもので(注3)、経営情報ステム論における基本文献のひとつになっているが、この歴史的変化については、著者の同僚でもあるジョアンヌ・イェーツ(Joanne Yates)の研究がより詳しい(注4)。 当然のことながら、こうした大きな社会変化は直線的におこるわけでもないし、世の中のすべての場面において一様に進むわけでもない。ただ、現代のビジネスの世界においては、この分散化への流れは着実に進んでいると著者は主張する。本書の第二部(Part II)では、こうした現代のビジネス環境において進みつつある意思決定メカニズムと組織構造の変化について、現代のビジネスにおける各種の具体的事例を取り上げながら議論が進む。 中央集権型ヒエラルキー組織(centralized hierarchies)からネットワーク組織(Networks)へのシフトについては一挙に進むわけではなく、主に3つのパターンをとりながら漸進的に進んでいくと著者は説明する(上述のHBS Working Knowledgeのサイトで紹介されている表を参照)。 それは、「Loose hierarchy」、「Democracy」、「Market」の3つで、それぞれの特徴が各種の事例が取り上げて解説されている。例えば、「Loose hierarchy」の事例としては地球規模で進められている分散型百科事典制作プロジェクトのWikipedia、「Democracy」では、防寒具のゴアテックスで有名なW. L. Goreにおける参加型意思決定の事例、「Market」の事例ではネットを駆使するフリーランサー(eランサー)達の協働などが取り上げられている。本書の第二部におけるこうした事例に関しては、少々分析が浅い部分も見受けられるが、各種の事例ごとに分散化のメリットとデメリットがどのように出現しているかがクリアに描かれている。 第一部と第二部で繰り広げられた議論をもとに、著者は最後の第三部(Part III)において、これからのビジネス環境におけるマネジメントのあり方と個人の生き方の問題に迫る。ここでの彼のメインの主張は、これからのマネジメントは、ヒエラルキー型組織がメインストリームだった時代における「命令し制御する(command-and-control)」というマネジメント・スタイルから、より個人の自立性やモチベーションや創造性を引き出すような「調整し育成する(coordinate-and-cultivate)というマネジメント・スタイルに変わるべきだというものだ。 まず、「調整(coordination)」に関する議論は、その名を冠した研究所を著者が設立して長年研究を進めてきた「コーディネーション科学(Coordination Science)」に関する研究がベースとなっている。ここでの議論はかなり抽象度が高いにもかかわらず紙面の関係上短くまとめられてしまっているが、「コーディネーション科学とは何ぞや」という問いについては、著者の教え子の一人であるケビン・クロウストン(Kevin Crowston)と共に執筆した論文(注5)で詳しく説明されている。 大幅に端折って言えば、この彼らが提唱するコーディネーション科学とは、さまざまなビジネスの構造を、活動(activity)と資源(resource)の相互依存関係によって説明しようとするもので、その相互依存関係は「Flow」、「Sharing」、「Fit」という3つのパターンの組み合わせで理論上すべて説明できるというものである。彼らが構築したこの理論と分析アプローチは、ビジネス活動の分析と考察において強力な分析ツールとなり得るだろうが、本書においては、こうした議論が第一部・第二部での議論とうまく噛み合っておらず、少々浮いてしまっている印象を受ける。 こうしたビジネス活動の「調整(coordination)」についての議論から、本書は最後に人間や組織の「育成(cultivation)」の議論に入っていく。ここの繋がりも少々乱暴な印象をうけるものの、本書の基本メッセージのひとつである「ITの活用により可能となった分散型の意思決定スタイルと組織構造は、これまで人々が犠牲にしてきた個人の自立性やモチベーションや創造性をおおきく羽ばたかせる」というテーマのなかで、予定調和的に議論が結論へと導かれていく。ここで著者が展開する議論は、アカデミックな基礎付けがなされているわけでなく、また事例を使った具体的な説明があるわけでもなく、著者が自身の想像力の羽を精一杯広げて、情感たっぷりに書き上げている。本書がアカデミックな研究書であれば明らかに不必要なパートだとは思うが、本書は一般向けの啓蒙書として書かれているところも多分にあるので、良しとしよう。 この解説を締めくくるにあたり、本書による貢献とその限界についていくつか述べたい。 本書の最大の貢献としては、現代のビジネスや企業が直面している複雑な問題群に対し、「ITの普及により促進される意思決定と組織構造の分散化」という視座からシンプル且つストレートに切り込んで、解決すべき課題をクリアに描きあげたことだろう。 インターネットをベースにした様々な多対多コミュニケーション技術により、これまで人間がなしえなかった緩やか且つ広範な情報共有や協働が可能となった。このことは、コミュニケーション・コストの高さがボトルネックになって実現できなかった分散型組織や自立型労働(例えばフリーランスやSOHO)を多くの場面で出現させるきっかけとなった。当然ながら、こうした分散型協働スタイルは、現代のビジネスの「すべて」の場面でひろがっているわけではない。依然として、Face-to-Faceのコミュニケーションと「すり合わせ」型の調整スタイルが有効なビジネス領域も少なくないし、著者もそれははっきりと本書のなかで認めている(注6)。しかし、インターネット技術により歴史上初めて可能となったこの分散型協働スタイルの広範な意義と可能性について、平易な文章で説明した本書の意義はきわめて大きいといえる。 また、本書が描く現代のITの可能性として、「個人のエンパワーメント」が挙げられる。Eメールやグループウェアやメッセンジャーなどのインターネット技術は、これまで近代技術発展の恩恵を最大限に受けてきた大企業だけではなく、これまで中央集権的意思決定のなかで犠牲になってきた個人を強力にエンパワーし、企業と個人の新しい関係を築く道具となる可能性を大いに秘めている。現代のITは、単なる情報処理のツールというだけでなく、人間の自立性やモチベーションや創造性を大きく拡大させることができるはずだという本書の主張は、働き手の多くが元気を失ってしまっている現代において、希望の光を差しのべてくれている。たしかに、ITの力だけでそんなに簡単に世の中が良くはならないのは当たり前だが、少なくとも、これまで企業組織のなかで埋もれていたり犠牲になっていたりした個々人の能力や役割に、ITは新たな活力を与えるきっかけとなり得るとだけは言えるだろう。 一方、本書における議論は、本質的な問題や限界も孕んでいる。まず挙げられる問題は、本書の全体を通じて流れるきわめて強いITに対するオプティミズム(楽観主義)である。シンプルに言えば、ITの意義や可能性について、「望ましい変化」の部分にほとんどの議論が割かれ、「望まざる変化」についての議論はほとんどされていない。例えば、プライバシーの問題やネット上における新たな紛争の問題などは、本書ではまったくと言ってよいほど扱われていない。コミュニケーション・コストの低下による新たな(望まざる)問題群の様相について、おおまかな分析と解説ぐらいは欲しいところだ。 二つ目の問題は、本書の議論展開の根底にある直裁的な「技術決定論(technological determinism)」の仮定である。往々にして、ITと社会・経済・ビジネスの関係を論じようとすると、「技術が社会を変える(Technology changes the world)」とか「技術がビジネスを変える(Technology changes businesses)」とかいうシンプルな結論が導かれがちだ。本書において展開される議論も、「新しいコミュニケーション技術が新しい意思決定メカニズムや組織構造を生む」というまさにこのスタイルの論理展開である。しかしながら、こうした技術決定論的な説明は、技術を使う人間の意図や目的や感情が完全に議論の背後に追いやられてしまい、ともすれば世の中の変化はすべて技術側の要請によって引き起こされるという単純極まりない結論に到達してしまう(注7)。本書も同種の危険を孕んでいる。 そして三つ目の問題として、経営学における戦略論や組織論の研究蓄積が内容にほとんど反映されていないことが挙げられる。近年、戦略論における議論では、企業の競争力の源泉は、事業領域や製品分野のポジショニングにあるという見方(ポジション・ベースト・ビュー、Position-based View)と、企業内部に存在する模倣困難な知的資源にあるという見方(リソース・ベースト・ビュー、Resource-based View)が存在しており、双方の比較研究や相互補完的な応用が活発になされている。本書において著者が展開する企業の競争力の見方は、様々なビジネス活動や個人間の「関係性」の構造とその変化プロセスの中にあるということになり、言うなれば「リレーション・ベースト・ビュー(Relation-based View)」という戦略論の可能性が見え隠れする。しかしながら、著者はこうした戦略論の議論を本書でほとんどしていない。 また同じように、1990年代以降の組織論研究における「ネットワーク組織」や「社会的資本」などに関する研究蓄積は、本書の内容ときわめて関連があるにもかかわらず、ほとんど触れられていない。さらに、モチベーションや権力といった組織内部の要因についても、経営学だけでなく社会学にも多くの研究蓄積があるが、それも本書ではまったく触れられていない。 本書の内容とそのアプローチに関して、上記の3つの問題をすぐに挙げることができるが、これは本書の本質的問題というよりは、大部分は著者の意図的なものであると思われる。本書は著者の長年の学術研究がベースにはなっているものの、一般ビジネス読者層をターゲットに設定した一般啓蒙書としての味付けが強くされている。そうなれば、上記のような議論の単純化と絞り込みは致し方ないところであろう。また、もともと工学系の研究者としてスタートして経営学方面に研究領域をシフトさせてきた著者に、上記のような最新かつ広範な社会科学研究の研究を扱うよう求めるのは酷であろう。このことを鑑みれば、上記のような本書の問題や限界も許容しうる範囲ものであり、それを補って余りある知見を提供してくれているのは明らかである。 現代の社会やビジネスにおけるITの意義や可能性についての議論は、極端なほど安易に肯定的だったり、逆に極端なほど安易に否定的だったりして、なかなか冷静な議論がなされるような土壌ができあがっていない。本書はやや議論の単純化が激しいところもあるし、梅田氏の上記blogにもあるように、主張としてもそれほど目新たしいものではない。しかし、主張として斬新でも新しくもなかったとしても、それが本当にいま可能になったのだという歴史的事実を、長い歴史的パースペクティブのなかに落とし込んで、具体的な事例を豊富に使いながら平易な文章で記した本書の意義と貢献は決して小さくないと思う。
注2:Malone, T.W. (1997). Is Empowerment Just a Fad?: Control, Decision Making, and IT. Sloan Management Review. Vol.38, No.2 (Winter), pp. 23-36. 注3:Malone, T.W., J. Yates and R.I. Benjamin (1987). Electronic Markets and Electronic Hierarchies. Communications of the ACM. Vol.30, No.6, pp. 484-497. 注4:Yates, J. (1989). Control through Communication: The Rise of System in American Management. The Johns Hopkins University Press, Baltimore. 注5:Malone, T.W. and K. Crowston (1994). The Interdisciplinary Study of Coordination. ACM Computing Surveys. Vol.26, No.1, pp. 87-119. (この論文の初期のドラフトはここで読むことができる) 注6:この議論は、日本においても「モジュール化」や「アーキテクチャ」概念のもとで広範に議論がされている。例えば、青木・安藤編「モジュール化―新しい産業アーキテクチャの本質」(東洋経済新報社)、藤本他編「ビジネス・アーキテクチャ」(有斐閣)、國領「オープン・アーキテクチャ戦略」(日本経済新聞社)などを参照。 注7:技術決定論についての解説として、社会学的な視座からのものとして、佐藤「ノイマンの夢・近代の欲望」(講談社選書メチエ)を、そして情報システム学の視座からのものとして、上林「異文化の情報技術システム」(千倉書房)を挙げておく。
<追記> Category : Research - - - - - - - - - - |
||
© Masao Kakihara 2003-2007
All rights reserved.
はじめまして。
Yatesの著作で検索をかけ、辿り着きました。
(Yatesには、米国滞在中、お世話になりました)
上の書評、実に的確だと思います。
事後的ですが、TBさせていただきました。
Posted by: 海老庵 : May 16, 2006 04:50 PMこれからよろしくお願いします。