Home kakihara blog Back

     
 
June 25, 2007
『ネット上のサービスの行き着く先は無料モデルか?』

KGの先輩であり、いまやネット業界の有名人となったタカヒロノリヒコさんのところからのネタパクリ。

ネット上のサービスの行き着く先は無料モデル」 from mediologic.com

インターネット上のサービスというのは、最終的には広告ビジネスに行き着く、というのが僕の持論。

いや、そうは思わない。タカヒロさんの慧眼にはいつも学ばさせることばかりなのだが、この点に関しては恐らくタカヒロさんと僕の意見の一番の相違点ではないかと思う。議論のために尊敬する先輩に敢えて噛み付いてみたい。

ここでタカヒロさんが、「ネット上のサービスの行き着く先は無料モデル」と言いつつも、全てのネットサービスが広告ベースの無料ビジネスになると言っているのではないことは百も承知である。ただ、「最終的には・・・」という表現は、ネットサービスのビジネスモデルのある種の理想型が思い描かれているのではないかと推察する。

あらゆるものが“無料”ないしはそれに近いプライシングで提供されなければ、使う人が集まらない世界なので。そのため、monetizationには広告モデルが欠かせない。

ここで、「無料」と「それに近いプライシング」との間には、理論的にも現実的にも極めて大きな隔たりがある。

消費者は、何らかの商品やサービスに対して、幾分かの価値を感じ取って、それに対して納得し得る対価を支払う。多くの場合、それは金銭の支払いによってなされる。この消費者の価値判断のフィルターを通じて、商品/サービスの淘汰が行われ、それに応じて商品/サービスの提供者の開発・改善努力が促され、結果的に「より良い(better)」な商品/サービスがより多く世の中に流通するであろうというのが、古典的な市場経済の考え方である。

ここでの価格設定において、商品/サービス提供者としては、できるだけ自分の売物を高い値段で売りたいのだが、高く設定し過ぎると消費者には受け入れられない(超過供給)。逆に、安い値段に設定すれば、お客さんはたくさん集まるかもしれないが、それに応じた供給量を確保できなくなる(超過需要)。特に後者のケースは、商品/サービスの製造コストや流通コストの面で、やりたくても低価格を実現することは難しかったわけである。

しかし、いまこの情報ネットワーク社会のなかで起きているのは、この商品/サービスの流通コストが劇的に下がったということである。端的に言えば、ネットを通じてこれまでに無い範囲で潜在顧客にリーチできるようになったことで、価格を下げることが可能になった。さらに、商品/サービスがデジタル化すれば、商品/サービスの製造(複製)コストがゼロに近づくことも、商品/サービスの価格低下をさらに後押しする。

これがまさに「ネットワーク経済」であり「ロングテール現象」である。ひとつひとつの商品/サービスからは大きな売上が上がらなかったとしても、ネットを通じて大量の潜在顧客にリーチさえすれば、結果的には大きな売上になる。まさに、塵も積もれば山となるである。

ただ、ここで押さえておきたいのは、ロングテール化された経済において、商品が「無料」になったわけではないということである。たとえ10円だろうが100円だろうが、顧客は当該商品/サービスに価値を感じ取って支払い行為をしているわけである。

翻って広告モデルによる「無料経済」では、商品/サービスの便益を受け取る顧客が支払い行為をしなくなる。つまり、商品/サービスの便益の受益者が、その商品/サービスの開発/製造/流通/保守などの様々なコストをまったく負担しなくなるわけである。ここには、大きな経済の「外部性」が発生する。

この広告モデルは、20世紀の経済において最も重要な「発明」のひとつだと思っている。その重要性の高さを知るには、「もし広告が無かったら?」という仮想質問を考えれば十分である。この意味において、僕は現代社会における広告の重要性は十分以上に認識しているつもりである。

だがその一方で、この21世紀の現代経済のなかで、広告モデルにより支えられている領域が極めて限定的であることも認識する必要がある。2006年度の日本の名目GDPは約510兆円(速報値)、2006年の総広告費は約6兆円(電通調べ[PDF])。単純な比較はできない数字だが、それでも、事業運営の一部もしくは全体が広告収入によって支えられている経済は、全体の1パーセント程度でしかない事実は揺るがないだろう。

こうした商品/サービスの提供者と利用者の間に直接的な経済活動(支払い行為)が介在しない領域には、負の経済外部性(外部不経済)が発生しやすい。市場メカニズムによって劣悪な商品/サービスが淘汰されないからだ。

無料ビジネスの最たるものである民放テレビビジネスは、視聴者が支払い行為を行わずに番組を見られるために、視聴者の価値判断が商品(番組)の設計や開発に反映されにくい。視聴者の評価は、「視聴率」で計れるではないかと思うかもしれないが、この「視聴率」データは極めて不透明かつ独占的に決定されており、またタイムシフト視聴がここまで広がってきた今、そのデータとしての有用性に大きな疑問がある。少なくとも現在の民放テレビの「金太郎飴状態」を鑑みれば、この「視聴率」制度が優良な番組の選抜と劣悪な番組の退出を促すようにうまく機能しているかと言えば、否と答える人がほとんどではないだろうか。

話は戻って、タカヒロさんが引用した元ネタである無料音楽ダウンロードサービスの勃興についてだが、新規(alternative)のサービスが登場しつつあるという意味では歓迎する。しかし、ネット上の音楽配信ビジネスが軒並み無料サービスの方向に進むとは思えないし、進むべきではないと僕は考える。

この音楽サービスの支払い行為問題について、随分前に書いたことを今ふと思い出した。AppleのiTMSがサービスインした直後の2003年5月に書いたブログエントリーだ。ちなみに、この頃の僕のブログには各エントリーにタイトルさえない(笑)。

前置きが長くなってしまったが、今回のAppleの音楽販売サービスの話だが、ネット上における音楽データ流通に、できるだけ多くの人が参加できるように支払い行為を介在させようとする試みを本格的に始めたという意味で、僕は支持したい。
(中略)
話はここでやはり「所有」の概念に立ち戻る。これまで僕たちは、レコードなりCDなりの音楽が詰め込まれたモノを「所有」するためにお金を払ってきた。しかし、音楽がデジタル情報の塊としてネット上で流通させることができるようになると、こうした物質的な所有の考え方は意味を成さなくなる。しかし、だからといってお金を支払うという行為をネット上の音楽流通から消し去ってしまうと、音楽産業そのものを潰してしまいかねない。まさに「共有地の悲劇」そのものだ。

僕の基本的スタンスはこの頃からほとんど変わっていないようだ。違法な無料音楽ダウンロードが跋扈していたこの頃に、1曲99セントという価格設定で消費者に対価を「支払わせる」仕組みを提供したAppleのこの戦略は、この後大成功を収めたのは言うまでもない。Amazon.comと並んでロングテール現象の代名詞となったこのサービスは、今ではアメリカで第3位の音楽販売業者にまで成長した。デジタルコンテンツに対する対価の「支払い行為」を単純化・簡便化・顕在化させたことにより、(Mの取れた)iTSはこれまでネット経済だけでなく、リアル経済までも大いに活性化させたのである。

僕もこのiTSの事例ひとつだけで、ネットサービスの無料化の進展を全否定しようとしているわけではない。また、正直なところ、ネットサービスの無料化は今以上に多方面で広がっていくと思っている。

しかしながら、敢えてネットサービスの「最終型」を考えるのであれば、広告ベースの無料モデルではなく、超少額決済型のオンデマンド・モデルを描きたい。無料モデルは、所謂「公共財的な側面」の強い大手ポータルや検索サービスに留まるのではないか。しかし、そうしたポータルや検索サービスですら、公共財の定義である「非排除性」と「非競合性」を今後十分に担保できなくなってくるだろうから、ずっと先には無料サービスで無くなる可能性もある。

もちろん話はバランスの問題だってことは百も承知だ。有料モデルと無料モデル、その共存が一番現実に近いってことも分かっている。しかし、誤解を恐れずに言えば、いまネットの世界に必要なのは、ネット上の無料モデルを「当たり前」と思い過ぎずに、有益な商品/サービスに適切な対価を支払うという基本姿勢を思い返すことではないかと思っている。そうすることが、結果的には健全なネット社会ひいてはリアル社会の発展に繋がるのではないかと思っている。

最後は根拠のない完全な個人的思想になってしまった。まあ、これも僕の持論か。タカヒロさんともしばらく会ってないので、ぜひ今度お互いの持論についていろいろ議論してみたい。超多忙なタカヒロさんの時間をもらえれば(笑)。

Posted by MK @ 06:33 PM
Category : Research



コメント

- - - - - - - - - -

大学の先生はあたまでっかちやな笑。

広告モデル=無料、ではない。

価格を安くするときにも広告モデルが寄与する。

Posted by: タカヒロノリヒコ : June 25, 2007 07:05 PM

- - - - - - - - - -

うわっ、いきなり来た(笑)。ご無沙汰してます。

いや〜、あたまでっかちと言われても、あたまでっかちになるのが僕らの商売なもんで、ご容赦ください(笑)。

もちろん「広告モデル=無料」ではないですよね。どのようなモデルを組もうとも、広告の要素はネットサービス設計において重要なパーツです。

結局は上にも書いたように、主従の問題っていうか、分量のバランスの問題って感じでしょうか。

その意味でも、引用された無料音楽サービスの行く末にも大注目ではあります。

ぜひまたいろいろお話させてください!

Posted by: kakihara : June 25, 2007 07:43 PM


 
     

© Masao Kakihara 2003-2007
All rights reserved.