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September 24, 2006
『高速消費経済から「文化」は生まれるか - 東京カワイイ★ウォーズ』

久しぶりに刺激的なNHKスペシャルを見た。つい先ほどOAされていたNHKスペシャル「東京カワイイ★ウォーズ」である。僕はただ新聞のテレビ番組欄に載っていた「エビちゃんの一言が社運を握る!」というコピーに引かれてミーハー的に見ようと思っただけなのだが、予想外に充実した内容に嬉しい驚き。さすがはNHKスペシャル。

NHKスペシャル「東京カワイイ★ウォーズ」

製品の品質やブランドのネームバリューより、「かわいい」と感じたものをその場で消費するようになった女の子たち。そんな女の子たちが消費者代表となったファッション業界では、いま、長年の作り方や売り方を根本から問い直すような変革が始まっている。アパレルのプロを排除して企画されるデザイン。年々短くなる流行サイクルに対応するための超ハイスピード生産。実際の店舗を持たず、24時間女の子の消費をキャッチするネット販売の出現…。こうした動きに対応できなければ、たとえ老舗といえども生き残りは困難。数々のアパレルの名門が、いま女の子たちの「かわいい」という評価を求め始めた。

番組の内容のコアは、現代日本の若い女性が追い求める日常感あふれるファッション「リアルクローズ(real clothes)」と、パリに代表される欧米の長いファッションの歴史をもとに日本でも育まれてきた「モードファッション」の鮮烈な対比である。番組での描かれ方としては、今まさにダイナミックに躍動する前者と、それに脅威を感じ時代とのギャップに苦悩する後者という対比である。

渋谷109エビちゃん東京ガールズコレクション。これらに共通するキーワードは「カワイイ」。このマジックワードが徐々に現代の女の子文化の中心に据えられるようになったのは90年代後半くらいからだろうか。いまの10代・20代女性向けファッション業界はこの「カワイイ!!」という声をゲットするために日々様々な努力をしている。この努力が凄まじい。

番組で取り上げられていたのは、渋谷109内のアパレルショップの競争である。週単位で店頭の商品をどんどん入れ替えて、消費意欲満点の若い女性を常に飽きさせないようにする。そのために常に新しい商品の企画と開発をものすごいスピードで行っている。商品の企画から製造を経て店頭に並ぶまでなんと2週間。しかも、商品の企画やデザインは専門のデザイナーではなくギャルというお店もある(といっても普通のギャルではないが)。

よそ行きの気取ったファッションではなく、普通の女の子の日常をストレートに表現したファッション。それはいま「リアルクローズ」と呼ばれ、注目を集めている。若い女性に絶大な人気を誇るケータイサイト「girlswalker.com」を運営するゼイヴェルが主催する巨大ファッションイベント「東京ガールズコレクション」。つい先日9/3(日)に代々木体育館で2万人の女の子たちを集めて盛大に開催された。これはまさに「リアルクローズの祭典」だ。

エビちゃんをはじめとした女の子たちの憧れのモデルたちが自分たちでもちょっと背伸びすれば着られそうなカワイイ服を着て颯爽とステージを歩く。その姿はリアルタイムで続々とサイトで紹介される。そして、観客席の女の子たちはその場でケータイからイベントのサイトにアクセスして、ステージのモデルたちが着ていた服をその場ですぐに買っていく。イベント当日たった1日でのケータイサイトでの売り上げは2000万円を超えたそうだ。

若い女の子たちのなかでいま何が「カワイイ」かを肌で感じ、それを素早く具現化し、すぐに世の中に発信していく。現代の若い女性向けのファッションビジネスは、このスピード感が無ければ生き残りは難しい世界になってしまったようだ。

その一方で、これまで日本のファッション業界を支えてきた老舗の企業やブランドは苦戦を強いられている。特に、有名デザイナーが前面に立ってショーやコレクションで最先端のファッションを発表していく「モードファッション」は、時代の流れとの不調和を切実に感じているようだ。

パリ、ニューヨーク、ミラノ、ロンドン、東京が世界の五大プレタポルテ・コレクションだが、ここで発表される有名ブランドのファッションはまさに現代のファッションの「モード」を作ろうとする。素材やカラーのトレンドチェックから始まり、実際のデザイン、コレクションでの発表、そして商品化まで、ざっと1〜2年かかるそうだ。この時間軸のなかでデザイナーは腕を振るい芸術としてのファッションを作り上げてきた。

しかし、このゆったりとした時間軸が上記したような現代の若い女の子たちの感覚にはまったく着いていけないのはあまりに明らかである。有名ブランドであることや個性的なデザインであることより、女の子たちが素直に等身大の「カワイイ」を感じられるものが売れる。そして、その「カワイイ」は日々刻々と変化していく。

今月の「リアルクローズの祭典」と同時期に、実はもうひとつ大きなファッションイベントが行われていた。官民が一体となって日本のファッション・繊維業界を盛り上げるべく開かれた「日本ファッション・ウィーク」である。20年続けられてきた東京コレクションもこれに拡大して引き継がれ、まさに「モードファッションの祭典」となった。しかし、注目のファッションショーはバイヤーやジャーナリストなど関係者のみのクローズドイベントで、2万人の一般の女の子たちを集めたもう一方の祭典とは対照的だ。

コシノヒロコ氏は日本を代表する世界的ファッションデザイナーである。その彼女のインタビューが番組であった。そこで彼女は、「カワイイ」というキーワードで描かれる現代の高速ファッション文化を否定こそしなかったが、少なからず苦々しく思っているようだった。録画していなかったのでコメントの詳細はうろ覚えなのだが、「流行りを追いかけ次々とコピーを生み出していくファッションは、いまのビジネスとしては成功しているが、長い視点でファッションという文化やビジネスを見た場合、長続きしないだろう」というような趣旨のことを述べていた。

日本のオリジナルを作りたい」と40年以上日本のファッション界を牽引してきた実績の上で語る言葉には間違いなく重みはある。ただ、10代・20代の女の子マーケットに限って当てはめてみれば、この彼女の言葉はたちまち空虚なものになってしまう。

確かに有名デザイナーが華やかに創り上げるプレタポルテ・コレクションがファッションを牽引してきた時代はあった。しかし、ファッションが芸術性、作品性を追い求めるようになり、それを駆り立てるコレクションの制度が出来上がっていった過程で、街の女の子たちの素朴な欲求はどんどん忘れ去られていったのかもしれない。

番組のなかで、「日本ファッション・ウィーク」の実行委員でイッセイ・ミヤケ社長の太田伸之氏が、「東京ガールズコレクション」を主催するゼイヴェルの社長・大浜史太郎氏にアプローチし、今の女の子たちを熱狂させる秘訣や仕組みを少しでも学ぼうとする姿が描かれていた。太田氏は実際に「東京ガールズコレクション」のイベント会場に足を運び、観客席からこのイベントの熱気を感じようとする姿には、今のモードファッション界に対する彼の危機感がまざまざと現れていた。

番組制作の方向性としては、現代の「カワイイ」追求型ファッションビジネスをポジティブに描き、従来のモードファッションビジネスの時代についていけない姿を多少ネガティブに描こうとする意図が見えたのだが、この高速消費経済のなかで繰り広げられる「カワイイ★ウォーズ」の行く末には、ファッション業界の明るい未来が待っているのだろうか。

街中には「エビちゃん Wannabe」が大量にあふれ、ファッション雑誌片手にケータイで服を買う女の子が不思議でない今の世の中。目紛しく移り変わるファッションのトレンドに追い立てられるように服を買い続ける女の子たちには、まさにファッションそのものが「消尽」されていくかのようである。コシノヒロコ氏が抱く疑念もここにあるのだろう。

現代の若い女性のファッション消費は、大きなファッションの芸術性や作品性は背後に押しやられ、「カワイイ」という記号のもとで、個人それぞれが小さな物語を形成するのみである。東浩紀氏が言うところの「データベース消費」の図式にとてもよく当てはまる、こうした刹那の時間軸のもとファッションを高速に消費する現代の女の子の生活のなかで、「意味」を与えてくれるのは「表層の小さな物語=カワイイ!という感覚」だけなのだろう。

ファッションのことについてはまったくの素人の僕ではあるが、ファッションは「アート」と「ビジネス」の間の緊張感のなかで生まれることではないかと勝手に考えている。文化性と経済合理性の相克とも言ってもよいかもしれない。コインの両面のようで、片方を見ようとすればもう片方が見えなくなってしまう。しかし、コインには表裏があり、どちらか一方ではない。

経済合理性の面では、「カワイイ★ウォーズ」は現代のファッションを取り巻く社会環境を鑑みればひとつの解答であることは間違いない。ただ、この高速消費経済が、これまでにない新しいファッションの「文化圏」を作ってくれるのだろうか。エビちゃんもいつかは消費され尽くす。問題は、その後に第二のエビちゃん、第三のエビちゃんがしっかりと生まれてこの高速回転する経済圏を支えつつ、これまでのファッション業界にはない新たなファッションの価値や意味などを提示できるのかということである。

はっきりしているのは、ファッションの文化子=ミームが生成される仕組みは明らかに大きく変わったということだ。これまでのファッションのプロ集団によって創られてきたファッションの様々な文化子は、現代の女の子たちのハートには徐々に響きにくくなった。「カワイイ」という得体のしれない目標に向かって、ファッション業界は今後しばらくは様々な試行錯誤が繰り返されるのだと思う。

僕もミーハー的ファッションウォッチャーとして眺めていきたい。

Posted by MK @ 10:38 PM
Category : Miscellaneous
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September 20, 2006
『怒れる教授 - 彼は間違っていたのか?』

"angry professor"

まずは上の映像を見てもらいたい。ネット上をうろうろして、たまたま出くわしたものだ。

恐らく大学の教室だろう。教員が話をしていると突然ケータイの呼び出し音がなる。一番前の列に座っている学生のものだ。なんと学生はそのまま電話に出て小声で話し始める。その学生に教員が静かに歩み寄っていき・・・。

このような状況を僕も一度だけ経験したことがある。状況のあまりの信じられなさに呆気にとられ、どのような対応をすれば良いのか分からず混乱してしまい、ヘタレな僕は学生が話し終えたあと軽く口頭で注意するだけしかできなかった。

はたしてこの教員の対応は受け入れられるものなのだろうか。それとも行き過ぎた対応なのだろうか。

この映像のコメント欄ではなかなか興味深いやり取りがある。学生の私物を破壊するのはやり過ぎだ、対応がプロフェッショナルではない等の意見。逆に、教室を静粛な状態にするようコントロールするのは教員の義務、そもそも学生の行為があまりに酷い等の意見。ざっと見たところ、教員の対応への批判が7割、逆に理解や同情が3割といったところか(この映像が「やらせ」ではないかという指摘もあるが、この際その可能性は無視する)。

僕個人的には、このような対応はしない(できない)とは思うが、それでもこの教員の心情は察して余りある。この学生の行為は教員に対してだけでなく、この教室にいるすべての者への侮辱とも言って良い。学生に対してより良い授業を提供したいと強く思い努力している教員であれば尚更その思いは強いだろう。

僕は法律の専門家ではないので、この問題の法的な是非について詳しいことはわからない。ただ、もしこの教員がこの学生から訴えられたら、少なくとも教員側が完全に勝つことは難しいのではないかと推測する。残念ながら。

この問題、皆さんはどう考えますか? 皆さんの意見が聞きたいです。

Posted by MK @ 12:36 PM
Category : Teaching
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September 11, 2006
『9.11』

今日はもう一件エントリーしておこう。

もう、5年も経ったんだ。遠い昔のことのように思える。

5年前の今日、僕はまだロンドン留学中だった。この日は朝からSupervisorのCarstenと一緒に外部の共同研究者とずっと打ち合わせをしていた。午後になってもずっと部屋にこもって打ち合わせをしていたのだが、夕方に近づこうとしていた頃、何やら学内がざわついてきた。

学科の事務スタッフの女性が慌ただしくノックをして部屋に入ってきて、「なんかアメリカで大変なことになってるわよ。知り合いとかニューヨークにいるんならニュースを見たほうが良いわ」と。

そろそろ打ち合わせも切り上げるかというタイミングだったので、研究の話を急いで取りまとめて、打ち合わせ終了。そして、Carstenと一緒に学内のPub(いわゆるバーである)に行くと、中にいる全員がなんとも言えない悲壮な顔でじっとテレビの画面を見つめている。

まだ様子が分からない僕とCarstenは近くにいた男性に「何が起こったんだ?」と聞くと、NYのWorld Trade Centerに旅客機が突っ込んだとのこと。「そんなバカな」と思った。そうしているうちに、なんともう一機突っ込んだとのBreaking newsがテレビ画面に飛び込んでくる。店内の方々で悲鳴とも溜息ともつかない声が響いてくる。「テロだ」。誰かが叫んだ。

いま思い出しても、本当に現実感の無い出来事のように思える。現実のニュースなのか、ハリウッド映画の一シーンなのか、頭ではすぐに整理できなかった。しかし、残念ながらそれは「現実」だった。

アメリカだけではなく、イギリスも例外ではなかった。その後、僕が帰国してからだが、まさに僕が通っていたロンドンの学校のすぐそばの地下鉄の駅でテロによる爆破事件があった。幸いにして、僕の友人・知人はみんな無事だった。けど、自分が暮らしていた街でテロがあった。そのことだけで、僕にとってのリアリティーは十分過ぎるくらいだった。

しかし、5年経ったいま、どうだろう。あれほどのリアリティーですら風化してしまったのか。誰一人として無関係ではないはずなのに。いや、僕自身ですらあの出来事は「遠い昔」に思えるようになってしまった。

JICAで働いている僕の同級生は、いまイラクの復興のために隣国のヨルダンで働いている。先日その彼が一時帰国していたので久しぶりに会った。5年前の今日をきっかけに始まった世界の激動の中で生まれた世の中の歪みと傷跡のど真ん中で彼は働いている。彼にとっては、9.11は過ぎ去った出来事なのではなく、いまだ目の前にある「現実」なのである。

この歳になると、時間が経つのが本当に早く感じられる。忙しない毎日のなかで、どうしても忘れていかないと精神的にキツいことも少なくない。けど、時間が経っても時々振り返って考え直さないといけない出来事って、長くて短い人生の中でもいくつかはあると思う。

今日もそんな日なのだろう。

Posted by MK @ 11:04 PM
Category : Miscellaneous
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『マイクロソフトのLive戦略の行方』

先週金曜日は、同志社ビジネススクール教授の北寿郎氏が新たにスタートさせた研究会「イノベートビジネス研究会」のキックオフセミナーに参加してきた。

こういったネットビジネス関連の研究会や勉強会は東京ではいろんな方々が主催して頻繁に開催されているが、こちら関西ではそういった機会は本当に少ない。この部分が、関西をベースに仕事をしていて一番悔しい思いをするところである。東京ではこうした研究会や勉強会を通じて、ネットビジネス界の人的ネットワークを下支えしていたりするが、こちら関西ではこの横のネットワークが極めて貧弱である。こうしたなか、新たに京都で研究会をスタートさせる北氏の心意気には本当に頭が下がる。

さて、今回のキックオフセミナーのゲストはお二方。一人は、マイクロソフトのオンラインサービス事業部事業部長である塚本良江氏。もう一人は、野村総研の上席研究員である山崎秀夫氏である(尚、山崎氏はあくまで個人の立場でのご発表だった)。ちなみに当日の様子はこんな感じ

山崎氏の「Web2.0(コモンズ、エクスペリエンス、集合知)と経験マーケティング」と題されたご発表も大変刺激的で面白かったのだが(刺激的過ぎてここには書けないくらい)、僕自身の研究との関連から、今回はMSの塚本氏のご発表の内容についていくつか気付いた点を書いておこうと思う。

塚本氏は、MS日本法人のオンラインサービス事業部門(旧MSN事業部)の責任者である。ということで、当然ながらご発表のタイトルは「Windows Live & Live Strategy」。昨年末に発表し、この秋から大々的にスタートさせようとしているMSのネットサービス戦略についてである。以前からぜひお会いしてお話を聞かせて頂きたいと思っていた方のプレゼンなので、過剰とも言える期待(笑)とともにプレゼンに聞き入った。ちなみに、塚本氏は小柄でとってもチャーミングな感じの女性で、外資系企業の役員とも思えないとても柔らかい印象の方だった。

塚本氏によると、MSのLive戦略の要諦は二つ。一つは「ソフトウェア+サービス」。もう一つは「広告ビジネスモデル」である。前者は、これまでのパッケージソフトのライセンス販売だけでなく、ネットを介したサービス提供をビジネスの大きな柱にしていくということ。そして後者は、前者を支える収益モデルとして、これまであまり注力されてこなかった広告のビジネスモデルを明確に構築していくということである。

いずれも、既にこれまで様々なメディアによって報じられてきた内容だが、MSの中の人からこのことを生で聞くとやはり感慨深いものがある。ソフトウェアビジネスはこれまでパッケージ販売収入がメインだったが、今後はソフトウェアの更新や保守などによるサービス収入が大きな割合を占め、いずれは逆転する傾向にあるということをMichael Cusumanoは実証的に分析したが、彼の分析はあくまでもエンタープライズ系ソフトに限ったもので、Office系の一般コンシューマ向けソフトの話ではなかった。しかし、この「ソフトウェアビジネスのサービス化("Servicization" of software business)」の流れは、今後はエンタープライズ領域だけでなく一般コンシューマ領域で間違いなく進んでいくと思われるが、問題は「いつごろ、どれくらいのスピードで」という点だ。

塚本氏のプレゼンは、MSのLive戦略のなかでも個人向けポータルサービスである「Windows Live」のことにほとんどの時間が割かれ、Live戦略のもう一つの軸である中小企業向けツールサービスの「Office Live」のことはほとんど触れられなかった。しかし、MSが「Office Live」を導入と展開を本格的に進めれば、当然のように現状のOffice系ソフトのライセンス販売は下方圧力を受ける。MSの現在の売上構成をざっくり言えば、OS:3割、Office系ソフトウェア:3割、サーバー:2割、その他:2割という感じなのだが(2005年アニュアルレポートから)、この売上の3割を占めるOffice系ソフト部門(MSの用語では"Information Worker"領域)がLive戦略の展開によって直接的なダメージを受ける可能性が高いのである。

こうした既存事業と新規事業のカニバリゼーションは避けられない所与のものしてMSが考えていることは当然だが、気になるのは、今後のソフトウェアのライセンス販売収入と広告をベースにしたサービス収入のバランスをどのようにシミュレートしているかということだ。

この日の塚本氏のご発表の質疑応答の時間に、この今後の売上構成の見通しについて質問した方がいたが、塚本氏は「さすがにそれは言えない」とのことだった。まあ、これは全社的な方向性の問題なので、一事業部門の責任者の立場としてはノーコメントも仕方がないだろうなと思う。ただ、前掲のSteve Ballmerの発表では、Live戦略の展開による広告収入を80〜100億ドル程度に大きくさせるとあったが、これは今のOffice系ソフトやサーバーの売上と同程度の事業にまで膨らませるということである。これによるOffice事業含め他の部門に対する影響(シナジーとカニバリの双方)をどの程度見積もっているのか、大変興味があるところである。

あと、今回のご発表で一番詳しく説明されていた「Windows Live」についても少し書いておきたい。要は、パーソナライズできる個人用ポータルなわけだが、いま提供されているベータサービスは僕はまだ使ったことがなかったので、今回初めて実際に動くところを見た。まあいわゆるひとつの流行りのAjaxってやつである。

が、正直あまり新鮮味はなかった。自分用のポータルを作るパーツとしては、ニュースやカレンダーやメールなど、どれも毎日使っているものなので、それがボータルとして新規性を出そうとすれば、よほど画期的なユーザーインターフェースがない限り、「こりゃスゲー!!」みたいなことにはならない。また、残念ながらAjaxを使った個人向けポータルインターフェースはGoogleのパーソナライズドホームページが実現してしまっている。後追いがもたらすユーザー側のインパクトは驚くほど小さい。

もちろん新規の機能がないわけではなく、ひとつ上げれば、このポータルサービスにはタブ機能があって、いくつもの自分用ポータル画面を用意できて(例えば、仕事用と自宅用とか)、それらを簡単に切り替えられるとのことだったが、複数のポータルを持ちたいというユーザーニーズがどれくらいあるのか不明だ。

当日質疑応答のときに僕も直接塚本氏に質問させてもらったのだが、僕の疑問は「このようなポータルのカスタマイザビリティをどれくらいの割合のユーザーが欲しているのだろうか」というものだった。

ここはこの「Windows Live」ポータルのユーザーターゲティングが問題になる。Live戦略のユーザーターゲティングの基本コンセプトは「User in Control」というものだそうだ。塚本氏も「日本語でなんと訳せばよいのか分からない」とおっしゃっていたが、ユーザーが自分のネット上のエクスペリエンスを自由に管理・編集できるようにするということだろう。無理に訳せば「ユーザーに力を!!」みたいに感じかな。

MS自身の調査では、このようなニーズを持つような先進的なインターネットユーザー(MSではこのユーザー層を"Internet optimizer"と呼んでいるそうだ)は2割程度いるとして、Liveサービスはこの層をターゲットにしているとのことだ。しかし、言い方を変えれば、2割程度のネットユーザー層しかこのポータルサービスは狙っていないということになる。このターゲティングで現在のOffice系ソフトでの売上に匹敵するような(100億ドル程度の)広告収益を生み出すような事業に仕立てていくことは本当にできるのだろうか。

当たり前だが、ポータルビジネスはスケールメリットが大きい。多くのユーザーに使ってもらうことで、多くのトラフィックを生み出し、それを基にして広告媒体として価値を上げていき、広告主から広告料を頂くという仕組みがある以上、マスユーザーを狙わないポータルとはどのようなものなのかイメージがなかなか掴めない。実際ここがMSとしても難しいところであるという認識があるが故に、現行のMSNポータルも今後も継続して運営していき、Windows Liveポータルと併存させていくという方針をとらざるを得ない状況にある。

ただ、Windows Live単体でMSのLive戦略のすべてを判断してはいけないのだろう。結局のところ、MSの競争優位は間違いなくOSのプラットフォームをほぼ独占的に支配していることである。今年末に予定されていたWindows OSの次期バージョン「Windows Vista」のリリースは来年にずれ込むことは確実なようだが、MSのLive戦略の本質は、やはりこの新しいOSとどのようにインテグレートしたユーザーエクスペリエンスを提供しようとしているのかという点で見ないといけない。現時点ではこの次期OSとLiveサービスとのインテグレーションの全貌はほとんど明らかにされていないが、MSがここをテコにしないはずがないと思うし、そうしなければMSの強みはまったくと言って良いほど活かされない。

MSの強みは「あちら側」に行き切ってしまわない点、すなわち「こちら側」への確実な接点を確保しているという点にある。OSは我々のネット上のエクスペリエンスにおいて「あちら側」と「こちら側」の世界を繋いでくれている結節点—僕の言葉で言うところの「ゲート」—に他ならない。この「ゲート」を独占的にキープしていることがMSの一番の強みであることは明らかで、今後展開されるLive戦略でもこの強みを活かすように設計されるはずだし、僕らユーザーもそこに一番期待するのは当然である。

塚本氏も質疑応答のなかで、「MSがパッケージソフトのライセンスビジネスから手を引くことはあり得ない」とおっしゃっていた。Live戦略の展開でネットサービスを基にした広告収入を新たな収益の柱にしていくとのことだが、これはMSの既存ビジネス、特にソフトウェアのライセンスビジネスから手を引くということでは決してない。

いま僕らに見えているLive戦略の姿は、GoogleやYahoo!が展開する無料ネットサービスに対する一種の「防衛戦略」であり、言い方は悪いかもしれないが「とりあえず手を打っておく」程度の意味合いしかないのかもしれない。今はそれでも良い。本当の意味でのMSの将来戦略は、このLiveサービスと既存のOSやソフトウェアの事業をインテグレートさせていく先に、新たなユーザーエクスペリエンスの世界を見せてくれるかにかかっている。

Bill Gatesに代わって新たにMSのソフトウェア開発の統括責任者Chief Software ArchitectとなったRay Ozzieは、昨年末に今後のMSのソフトウェア開発の方向性を「インターネットサービスの破壊力(The Internet Services Disruption)」というタイトルの長い社内向けメモで示した。このメモで示されたような彼のネットサービスのイメージがいまのLive戦略にどの程度反映されているかは分からない。ただ、これまでの開発期間から推察するに、まだまだ部分的なものにしか過ぎないのではないかと思う。

ということは、Rayの本領が発揮されるのは、やはりWindows Vistaがリリースされる来年以降のLiveサービスではないかと思う。大いに期待したい。

【追記 9/14】
「Windows Live」日本語版(Live.jp)が正式に発表された。この日の塚本氏の発表にもあるように、Googleと比較したWindows Liveの強みとしては、「Googleのサービスの大半はWeb上で完結している。マイクロソフトは、PC(Windows)上のソフトウェアとWeb経由のサービスをシームレスにつなげることがポイント」と主張されている。ただ、GoogleもDesktop Searchなど、こちら側への「ゲート」を確保しつつあるので、これからが本格的な勝負になるのだろう。

「Live.jp」はRSSとガジェットで理想のポータルサイトに - INTERNET Watch

Posted by MK @ 12:47 AM
Category : Research
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