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February 03, 2008
『Microsoft + Yahoo! 雑感』
しばらくぶりに別のテーマでエントリーを書こうと思っていた矢先のBreaking news。MicrosoftがYahoo! Inc.に対して買収提案を行ったとのこと。まぁ、やっぱり少しはこのことにも触れておかないといけないと思い、自分のメモのためにも雑感を述べておこうと思う。 スケール、タイミング、スキーム、様々な面から見ても、今回のMSが「本気」なのは明らか。MicrosoftがYahoo!に興味を持っており買収も検討しているというのは一昨年から言われていたことだが、これまではその動きがはっきりと表沙汰になることはなかったし、あくまでも噂の域を出ていなかった。 しかし、今回はMicrosoft自らYahoo!に送った買収の提案状を公開し、週末の朝だというのにすぐさまプレス発表まで行った。さらにこの日、CEOのSteve BallmerはMicrosoftの全社員に対して、この買収提案の成功に強い自信を持っていることをはっきりと示すメールを送っている。 今回のMicrosoftのYahoo!に対する公開買収提案は、Yahoo!が1/29に減益の四半期決算と1000人規模のレイオフを発表した直後のタイミングでここまで素早く且つ大胆に動いたということで、いかに綿密に練られた計画と周到な準備に基づいているかということを如実に表している。 日米双方のネット上のこれまでの議論では、「買収成立の可能性高し」といった意見が大多数のようだ。その根拠としては、ファイナンス面と事業シナジー面の2つがある。 まず、ファイナンス面からの買収賛成/容認根拠は、「あそこまで高いプレミアム(1/31のYahoo!の株価の1.62倍の価格=1株31ドルでの買収提案)を見せられたらYahoo!も無視できないし、Yahoo!の株主利益を考えれば、Microsoftの提案を飲まざるを得ないだろう」といういたって現実的なものである。 また、事業シナジー(相乗効果)の面からも、かなり大きなメリットが期待できるというのも買収賛成/容認論の根拠のひとつとなっている。もちろん既存サービスの重複も多いのだが、それでもYahoo!とMSNの顧客ベースが一緒になるスケールメリットと、インフラ共有によるコストメリットは極めて大きいだろう。 懸念材料としては、やはり明らかな企業文化の違いが挙げられている(参考(1)(2))。シリコンバレーのIT企業の代名詞のひとつであるYahoo!の人々にとって、この買収提案を飲むということは「Microsoft帝国の軍門に下る」というような意味さえ持つのは想像に難くない。 このMicrosoftのYahoo!に対する買収提案は、これから1〜2ヶ月のうちに急速に進展するだろうから、いま現時点で予測や評価をしても仕方がないが、僕としてはこの一件を比較的ポジティブに捉えている。 僕はGoogleという企業をこれ以上とないほど高く評価しているが、やはり一強体制はいろんな意味でよろしくないとも思うので、その対抗馬としてMicrosoft+Yahoo!がしっかりと機能するのであれば、一ユーザーとしては良いことだと思っている。 日本のヤフー(Yahoo! JAPAN)は、米Yahoo!ではなくソフトバンクが筆頭株主なので、今回のアメリカでの買収問題がすぐさま大きな影響を与えるわけではないのだが、もし本国でMicrosoft+Yahoo!が実現すれば、遅かれ早かれ日本国内のマイクロソフトとヤフーの協働も必然的に検討され実施されていくことになるのだろう。 Microsoft+Yahoo!の具体的な施策としては、やはり、 ・Microsoftのウェブブラウザー(IE)の初期画面がYahoo!になる などがすぐに頭に思い浮かぶし、それらの事業的可能性は極めて大きいと思う(MSNとYahoo!ブランドの混在した合体だけは勘弁してもらいたい!!)。さらにソフトウェア開発、サービス開発レベルで、もっとつっこんだ協働もいろいろと可能だろう。特に、エンジニアや研究者の間での情報交換や知識共有が、また新たなイノベーションを生むことも考えられる。 だが、Yahoo!が今回のMicrosoftからの提案を却下し、独立独歩路線を維持するという選択肢もまだわずかながら残っているとは思う。 せっかちな株主や投資家からのプレッシャーもかなり高まってくると思われるので、いまのままの独立路線は容認できないという意見も多い。しかし、昨年Yahoo!が発表した数々の動き、特に大型買収案件(自動ネット広告取引所のRight Media、オンライン広告ネットワークのBlueLithium、コラボレーションソフトのZimbra)は、苦しみながらも次の成長へと足を進め始めたYahoo!の力強さのようなものを感じさせてくれていた。また、次期Yahoo! Musicには、相当画期的な音楽サービスが用意されているとの噂もあり、僕としてはかなり期待していた。 せめてあと1年、Yahoo!のCEOのJerry Yangに時間を与えてあげられたら、もしかしたらYahoo!は単独でもしっかりと復活できるかもしれない。そう思える部分も多々あるのだが、そんな淡い思いを吹き飛ばすかのような今回のMicrosoftの買収提案である。5兆円近い手持ち資金を持って大胆且つ冷徹な力技で押し切ろうとする企業が他にどこにあろうか。その手法に疑問を感じるちょっと前まで中の人だった大物もいるのがさらに興味深い。 やっぱりこんなダイナミックな企業戦略や産業変化を生々しく見せてくれるIT/ネットの世界って、ほんとにおもしろい。とにかく、いまはこのドキドキ・ワクワク感を噛み締めながら、動向を静観していこうと思う。
・「MS敵対買収に発展か ヤフー側には毒薬条項あり」
・「ラウンドアップ:マイクロソフト、米ヤフーに買収提案--その時グーグルは?」
・「CNET Japan: MSのYahoo買収は実現するか、Googleへの勝算は?」 Permalink | Comments (0) October 12, 2007
『川の流れは何処へ:Radiohead, NIN, Oasis, Jamiroquai, Madonna, and More?』
堰を切ったように、というのはまさにこのことだろう。10月に入ってから、音楽業界において極めて重大なニュースが立て続けに飛び込んできた。
音楽業界に「激震が走った」と表現しても何の誇張もないだろう。 これまで、音楽業界というものは、レコード会社とアーティストが持ちつ持たれつの蜜月の関係で築き上げられてきた。アーティストがメジャーになるためにはメジャーなレコード会社と契約することが必須だったし、レコード会社としてもビッグアーティストを擁することには多大の努力と投資を行ってきた。 しかし、いまインターネット技術の普及とともに、音楽の「中身(コンテンツ)」は、レコード会社が用意した「智恵(ノウハウ)」や「道(チャネル)」が無くとも「お客(ユーザー)」に届かせることができるようになった。MySpaceやYoutubeを積極的に活用したインディーズバンドが突如としてビッグヒットを飛ばすことも、今ではそれほど珍しいことではなくなってきた。 こうした商品の「制作」→「流通」→「販売」のバリューチェーンのなかで、真ん中の「流通」フェーズがインターネットの普及により大きく変化し、その役割の価値が相対的に低下・もしくは喪失するという「ディスインターミディエーション(Disintermediation)」の事例は、僕らは様々な領域でこれまでに何度も見てきている。金融、旅行、パソコン、等々。 音楽業界では、このインターネットのインパクトは、まずは「川下」の領域から始まった。すなわち、販売チャネルのネット上での拡大であり、その代表格が言わずもがなAppleのiTunes Storeである。iTunes Store(スタート当時はiTunes Music Store)は、1曲99セントという革新的な価格設定と、その分かりやすさや使いやすさで、一気に普及した。その後も、様々な音楽配信・販売ビジネスが立ち上がり、ユーザーが音楽を購入する手は格段に増えた。 しかし、そんな音楽ビジネスの「川下」の革新的変化のなかでも、アーティストとレコード会社の関係は十分安定的なものだった。Appleも、iTunes Storeに幅広い楽曲を提供してもらうために、大手レコード会社と良好な関係を構築することは必須だったし、楽曲の制作やプロモーションや著作権管理において、アーティストはレコード会社のサポートは失うわけにいかなかった。少なくともこれまでは。 そしていま、冒頭の動きである。音楽というもの(コンテンツ)を最初に生み出す存在=アーティスト自身が動き始めたのである。これはまさに「川上」の変化だ。いや、もっと言うならば、「川の源流」がこれまでとはまったく違う方向に流れ始めたのである。 これまで「川の源流」が流れていくことで潤ってきた山や野原は、今後その姿を大きく変えていくに違いない。フリーエージェント宣言をしたNine Inch NailsのTrent Reznorは自分のサイトで次のように高らかに述べた。 「従来の音楽ビジネスの流通モデルはすでに限界が見えている。音楽ビジネスは今までの状態と本質的に異なる別物へと革命的な変化を遂げている。ついにわれわれの聴衆と直接的かつ適切な関係を結べるようになったことを私はたいへん嬉しく思う」 このアーティスト達の既存音楽ビジネスへの危機感は、これまでも様々な場所で垣間みられてきた。最近の新たな「川下」での積極的な動き(iTunes StoreやAmazon.comでのDRMフリーの音楽コンテンツ販売など)が、皮肉なようだがアーティスト達の危機感をさらに募らせた部分もあるのではないか。 ビッグアーティスト達がレコード会社に頼らない独自のやり方で今後活動していくという今回の立て続けのニュースは、音楽業界の本格的な構造変化における重要なメルクマールになったような気がする。 この流れはもう止められないかもしれない。堰は完全に切られたのか。Radiohead, NIN, Oasis, Jamiroquai, Madonna。次は誰だ? Posted by MK @ 12:15 AMPermalink | Comments (8) September 24, 2007
『スタンダードかギミックか:iPod touch』
とうとう我が家にもやってきました。Appleの最新型iPod「iPod touch」。 これまで僕が使ってきたのはiPod nanoだが、けちってメモリ容量の少ない2GBモデルにしてしまったため、メモリがいっぱいになってしまっていたので、ちょうど買い替え時期だった。また、以前にiPhoneに関するエントリーを書いた手前、やっぱり例の「マルチタッチインターフェイス」を自ら試したいというのもあった。 というわけで、早速驚いたのが家に届いた小包の小ささ。何せ、タバコケース2つ分くらいで、びっくりするほど小さいので本当に本体が入っているのか心配になってしまうくらい。というのも、ケータイやPCを買うといつも付いてくるあの忌々しい分厚いマニュアルが入っていないのだ。入っているのは、イヤフォンとUSBケーブルとペラペラの説明書のみ。らくらくホンもビックリである。 まさにこれがiPodの強みであり、Appleの競争優位である。これだけの先進技術の固まりの製品が、マニュアル無しでほとんどの機能を直感的に使うことができる。しかも、高齢者をターゲットにした製品ではなく、一般ユーザー向けの製品でそれを実現しているのである。尚且つ、今回はマルチタッチインターフェイスというAppleとしてもまったく新しいユーザーインターフェイスを採用した製品であるにもかかわらず、である。 そしてその注目のマルチタッチインターフェイス。まさにルック&フィールで何の迷いもなく使えてしまう。画面をスライド(ページ送り)をする際に、指で画面を滑らせて放り投げるような動作をすると、ものスゴい滑らかな動きで画面が滑っていく。初めて使った際には、「おおっ」と声を上げてしまいたくなるくらい。これまでにもタッチスクリーンのインターフェイスを採用した製品はいくつもあったのだが、それらが全て色褪せてしまうくらい違う次元に行ってしまっている。 こうした野心的なインターフェイスを自らの主力商品であるiPodにど真ん中ストレートで投入してきたAppleの決断には感嘆するばかりである。 僕はデザインは専門でもなんでもないのだが、製品開発におけるデザインに関して感覚的に思うのは、日本のメーカーは「足す(加える)デザイン」はそこそこ上手なのだが、「引く(削る)デザイン」はあまり巧くないということだ。何かしらの原型があれば、それに必要なものを付け足していくような作業には創造性を発揮するのだが、かなりの水準でユーザーのニーズが満たされたり絞られてしまっている状況において「何を引く/削るのか」という判断ができないということだろう。それは、多様な要素間の優先順位を付けるのがヘタということか、優先順位の低い要素を削るという大胆な意思決定をするのがヘタということか、その両方ということだ。 この点に関して、某家電メーカーの中の人が国内家電メーカーのユーザーインターフェイス設計の問題を指摘してくれている。設計の方向性としては、「操作回数を減らすのか」、もしくは「ボタンの数を減らすのか」という二極に分かれるが、ここで前者に向かったのが国内メーカー、後者に向かったのがAppleということになるのだろう。事実、Steve Jobsは「ボタンは製品を複雑にし、外観を損なう」と考えているようで、それがAppleの製品設計の根底にずっと流れ続けている。 このように、iPod touchのユーザーインターフェイスの革新性やAppleの製品設計思想の素晴らしさは、敢えて僕がここで繰り返さなくても五万といるAppleの熱狂的ファンの人々が十分答えてくれているが、僕の関心はこの前のエントリーでも書いたように、やはりこのユーザーインターフェイスの「市場性」にある。 確かに、この「マルチタッチインターフェイス」の革新性は疑問の余地はない。一度見てしまえば、他のメーカーでも真似はいくらでもできるだろう。しかし、最初に設計・開発し、実際に市場に投入するのはApple以外には無理だったと思わざるを得ない。 しかし、この革新的ユーザーインターフェイスが、QWERTYキーボードのような「スタンダード」になるかというと、その可能性は低いのではないだろうか。他のメーカーとしても、この「マルチタッチインターフェイス」をそっくりそのまま模倣してしまうことは、自らデザインの放棄を公言してしまうことにもなるので、タッチスクリーンは採用しても微妙にルック&フィールを変えてくるだろう。 さらには、Apple自身ですら、この「マルチタッチインターフェイス」を今後のiPodの主力インターフェイスとして採用していない。このiPod touchと一緒に、これまでのiPodのインフーフェイスを踏襲する「iPod Classic」と「iPod nano」もリリースした。Apple内でも、iPodシリーズ全体から完全に物理ボタンを消し去ってしまうほどの決意をもってiPod touchを投入したわけではないのである(まあ、それは賢明な判断だと思うが)。 となると、僕が手に入れたこのiPod touch。単なるギミック(おもちゃ仕掛け)のユーザーインターフェイスが付いた容量の少ない(16GB)iPodなのだろうか。やっぱりこれは「電話機能無しiPhone」でしかないのだろうか。僕はそんな製品を嬉しそうに発表日当日に予約注文した超ミーハーなガジェット好きユーザーなのだろうか。 うん。まあ、そういうことなのだろう。まあ、それで良いではないか。そうであったとしても、Appleの今後の動きにはやっぱり大注目であることには変わりはない。しばらく僕はおもちゃを与えられた子供状態だろうが、そのおもちゃ遊びから家電製品の未来を妄想してみたっていいだろうさ。 Permalink | Comments (4) September 08, 2007
『おっさんがWebを走り抜ける!?:1-click Award 2007』
今年もやってきました。リクルートMC主催のWebコミュニケーション企画コンテスト「1-click Award」。 今年はプロモーション用のブログパーツがなんともニクい。このおっさんに「カンチョー」をしてあげると、おっさんは慌てふためきながらこのブログバーツが貼ってあるいろんなサイトを走り抜けていく。こんな小ネタにも、Webの世界の可能性や奥の深さを感じさせてくれるところがほんとニクい。 このイベントはプロ/アマ関係なくエントリーできるし、また今年は企画一本勝負の「プランニング部門」もあるので、ぜひうちの学生の皆さんも腕試しにチャレンジしてみてはいかがだろうか。 Posted by MK @ 01:09 AMPermalink | Comments (0) August 26, 2007
『音楽の境界の融解と変わらない自分:元気ロケッツ』
僕の今年の夏は音楽漬けの毎日だ。こんなに音楽にどっぷりはまるのは何年ぶりだろう。中学から大学まではまさに「No music, no life!」って感じだったのだが、働き始めてから音楽に触れる時間は一気に減っていまに至っていた。そんなわけで、ヘタすりゃ10年ぶりぐらいのMy音楽ブームである。 そんな勢いもあって、前のエントリーではPerfumeを紹介してみたわけだが、もうひとついま僕のスーパーヘビーローテーションとなっているものを紹介したい。単に気に入っているだけでなく、大げさに言えば「音楽」というもの境界を深く考えさせられる事例となっている。 それは「元気ロケッツ」というユニットである。 "Heavenly Star" by Genki Rockets
この曲は、2006年11月に欧米で先行リリース(国内は2007年2月)されたPSP用ゲームソフト「ルミネスII」に収録されたゲーム音楽である。そのゲームのリリース前である2006年9月11日にPVがYoutubeやMyspaceで配信されるやいなやいきなり大きな話題となり、その後様々なRemixバージョンも出され、iTunesのダンスカテゴリーではいまでも上位にランクインしている(2007月8月現在)。ちなみに、歌っている女の子は「宇宙で生まれ育ち、30年後に17才になるLUMI」という子だそうだ。宇宙ものSF好きのオッサンとしてはたまらない設定である。 圧巻なのは、先日2007年7月7月に世界同時開催された地球温暖化防止キャンペーンライブ「Live Earth」の幕張会場で、3Dホログラムでオープニングアクトを務めた映像である。こちらもネットで公開されているのですべて見ることができる。うーん、まさにレイア姫(若い人たちは分かるかなぁ)。 ・Live Earth_20070707_Genki Rockets_Live_originalA 音楽のPVやライブ映像は通常は著作権の関係でYoutubeなどでネット配信することには大きな障害がある。しかし、この元気ロケッツのPVやライブ映像はそもそもネットで配信されるの前提にしている。これは著作権はどのように処理しているのだろうか? Creative Commonsだろうか。(詳しい人教えてください) ネット配信を活用して口コミでプロモーションを仕掛けるアプローチは、これまでもさまざまなアーティストやレーベルによってされてきた。しかし、この元気ロケッツの場合は、さまざまな点が異なる。 まず、もともとの出自が音楽業界でなく、ゲーム業界であること(元気ロケッツのプロデューサーは著名ゲームクリエーターの水口哲也氏)。さらには、アーティストや曲自体のプロモーションが当初の主目的ではなく、PVの評判がネットで広がって結果としてアーティストや曲が立ってきたという経緯。また、それがLive Earthのような他の大きなイベントと絡んで、さらに大きな話題となっていること。ちなみに、Live Earthとの連動は元気ロケッツの当初の企画のなかには含まれていなかったと思うが、もしこれが計画通りなのだとしたら、本当にビックリ且つ拍手喝采の嵐である。 というわけで、この元気ロケッツの事例は、これまでの音楽ビジネスの枠をあまりに大きく飛び出してしまっている。しかし、結果としては、しっかりと音楽ビジネスになっている。これは音楽ビジネス、特にネットとの絡みでそれを考える際に、大きな示唆をもたらす。 いま音楽ビジネスで起こっている地殻変動は、端的に言えば「メディアの変化」×「チャネルの変化」ということにつきる。 「メディアの変化」とは、音楽というコンテンツがのっかる器(媒体)が大きく広がって行っていることである。レコードに始まり、テープ、CD、DAT、DVD、など物理メディアも大きく変化してきたが、音楽や映像のネット配信、ケータイの着メロ/着うた(フル)など、デジタルメディアとしても急速に拡大し続けている。 これに重なるように「チャネルの変化」が同時並行で進んでいる。チャネルとは音楽コンテンツを売る(ユーザーが買う)場の変化のことである。レコード/CD店だけでなく、レンタルショップ、ネット、ケータイなど、様々な場所で僕らは音楽に触れ、それを購入することができる。 この「メディアとチャネルの同時変化」が既存の音楽業界を大きく揺さぶらないはずはない。 同様の歴史を経てきた業界に、ビール業界がある。30年ほど前はビールは「酒屋さんから届けられる瓶ビール」で楽しむものだった。まさにサザエさんの世界である。しかし、80年代後半から急速にビールの「メディア」と「チャネル」が変化した。言わずもがな、「瓶→缶」というメディア(器)の変化と、「酒屋→量販店」というチャネル(売り場)の変化である。それまで市場シェアの6割超を押さえていた圧倒的リーダーのキリンは、その地殻変動の対応が遅れ急速にシェアを落とし、シェアトップの座をアサヒに明け渡したのである。このビール業界の事例を見ても、「メディアとチャネルの同時変化」がもたらすインパクトの大きさが容易に想像できるだろう。 音楽というかたちのないものを、著作権で保護しつつレコードやCDという物理メディアに載せることでモノ経済の中で商品として取引・流通させることで、アーティスト、音楽レーベル、ユーザーの相互満足を作り出してきた音楽業界。こうしたビジネスの仕組みを「時代遅れ」というつもりはさらさらない。生み出されるビジネスのボリュームを考えれば、少なくとも今後10年くらいはこの仕組みが有効且つ必要なものであることは明白だ。 しかし、「その先」、また「その先の先」を考えれば、事態は急速に不透明になる。メディアとチャネルの同時並行的な変化のなかで、音楽の(広い意味での)消費形態が大きく変わろうとしているなか、現在の音楽業界の構造やビジネスの仕組みは否応なく変わらざるを得ない。それは、いま僕たちが念頭においている「音楽」というものの境界そのものが変わってしまうかもしれないのである。 もともと音楽業界はテレビや映画などの映像系の業界との結びつきは強いが、今ではそこにゲームやネットサービスという業界も大きく絡みながら音楽業界に食い込んできている。映像・音楽・ゲーム・テキストをすべて含む国内コンテンツ産業の市場規模は2006年で14兆円である(デジタルコンテンツ協会調べ[PDF])。これら4つのコンテンツ領域がいま密接に絡みながらそれぞれ蠢いている状況だ。 今回の元気ロケッツの事例は、そのことを少なからず垣間見せてくれている。もともとのゲーム内音楽の企画ユニットという範疇を大きく飛び越えて、いまでは単体の音楽ビジネスとしても完全に成立している。さらにその成功にはYoutubeやMyspaceなどのネットサービスが密接に絡んでいる。ネット音楽配信サービスやSNSがかなり世の中に普及したこの現在だからこそ、元気ロケッツのブレイクが発生し得たわけである。こうなると、どこからどこまでが音楽ビジネスなのか、本当に分からなくなってくる。 ただ、こうした音楽の境界領域が他の様々な領域と浸食し合っている産業構造の巨大な変化のなかで、何か変わらないこともあるはずだ。それは、ユーザーの音楽を楽しむ姿勢や心ではないだろうかとふと思った。 僕はいまiPodで音楽を聴いたりYoutubeでPVを見たりしているわけだが、現在のこの僕の音楽とのふれあい方は、10年以上前にレコードやテープで音楽を聴いていた頃と比べて、何か変わったかと言えば変わっていないのではないかと思ったりするわけだ。スピーカーやイヤフォンから流れてくる音楽によって元気づけられたり癒されたりしている自分は、今も昔もまったく同じではないか。 そう思うと、この大きな産業変化も、一生活者にしてみれば、さして大きな変化でもないのかもしれない。音楽のメディアやチャネルが変わり、業界やビジネスの境界がいかに変わろうとも、音楽を聴いている自分は20年前も10年前も今も何も変わらないのだから。そう考えると、何とも言えず軽やかな気持ちになるのは僕だけだろうか。 そんな思いを馳せながら、宇宙から届けられた(笑)この曲に心癒される夏の週末の午後です。前回のPerfumeに引き続き、この元気ロケッツも個人的に超プッシュさせて頂きます。ぜひ聴いてみてください!!
Permalink | Comments (2) July 05, 2007
『外海へ出る国産ネットサービス:Fastladder』
日本のネットサービスビジネスにおいて、小さそうに見えるが実はとても大きな一歩だと思うニュース。約14万人のユーザーを持つ国内最大級のRSSリーダー(フィードリーダー)である「livedoor Reader」を英語化し、グローバル展開を目指すサービス「Fastladder」が7/3に発表になった。 「livedoor Reader」は後発ながらサービスインから8ヶ月で10万人のユーザーを集めたWeb型RSSリーダーで、Ajaxをフル活用した小気味良いユーザビリティが高い評価を得ていた。僕はRSSリーダーは使い始めからずっと「はてなRSSリーダー」を利用しているのだけど、「livedoor Reader」の高い評価を横目に見ながら、乗り換えようかどうしようかとずっと考えていた。だけれど、単に移行が面倒くさくてそのまま「はてなRSSリーダー」を使い続けてきた。 そして今回、「Fastladder」が発表され、いろいろ刺激を受けたので、思い切って使ってみることにした。 しかし、思い切る必要などまったく無く、あっけなく移行は済んでしまった。知らなかったのだけど、今はOPML (Outline Processor Markup Language)という規格があって、RSSリーダーの登録先を簡単に別サービスに移せるのだった。とうわけで、「はてなRSSリーダー」から「Fastladder」への移行は、1分もかからず(誇張無し)終わってしまった。 そしてさっそく「Fastladder」を使ってみたのだが、動きが速いのなんのっ!! 軽快な操作性で、大量の記事もサクサクとどんどん読み進められる。ビギナーからギークまで高い評価を幅広く得ているのも納得である。 僕がフィードを受け取っているサイトは30程度なのだが、それでも毎日数百の記事が入ってくる。いままで「はてなRSSリーダー」で見ていたのだが、全部処理をするのに結構時間がかかっていた。ということに、「Fastladder」を使ってみて初めて気がついた次第である。 「livedoor Reader」そしてこの「Fastladder」の開発の中心人物であるma.la氏がプレス発表の際に「できの悪い物を使っているとその程度のライフスタイル・使い方に縛られてしまう」と言っている。まさにその通りだろう。いや、「はてなRSSリーダー」のできが悪いと言いたいのではない。そんなことではなく、この「Fastladder(livedoor Reader)」のユーザービリティが良過ぎるのだ。「livedoor Reader」に関しては前から知っていたのに億劫がってそのまま放置してきたおかげで、随分と時間を浪費してきたに違いない。 この情報氾濫社会のなかで、情報処理の効率性は、アウトプットの生産性(量・質ともに)に大きな影響を与える。ウェブで毎日大量の情報(特にニュース情報)を得て恒常的に処理する必要がある人にとって、RSSリーダーはまさに画期的なソフトウェアだと思う。しかし、その普及は、ウェブ利用者の14%という調査もあり、まだまだといった状態である。 なので、RSSリーダーを使っているだけでも、ウェブ利用者としてはかなりデキる部類なのだろうが、そのRSSリーダーのなかでも、ものによってこれ程までに操作性・処理効率に差が出てくるわけである。つまり、情報処理の効率性に無頓着な人と意識的な人との間には、とてつもない差が生まれている可能性がある。僕自身、今回「Fastladder」を使ってみて、そんなことに愕然としたわけである。 さらに、この「Fastladder」の注目すべき点は、言うまでもなく国産のネットサービスが英語化されて、世界市場を狙うということである。 日本のIT産業、そしてネット業界はますます「ガラパゴス諸島化」してきていると言われている(参考記事(1)(2)(3))。この現象は、アメリカに次ぐGDP規模の巨大経済が、日本語という特殊な言語によって囲われて存在することで、この内側で相当な規模のビジネスが成立してしまうことに起因すると思われる。 この「国内だけでビジネスとして成立してしまう」という状況は、商品・サービスを開発する企業の立場に立ってみると、わざわざ苦労して英語ベースでの商品・サービス開発をするインセンティブが極めて低いという状況を生み出す。そして、この「ガラパゴス諸島化」現象はますます進んでいく・・・。 この状況は、中長期的には日本のIT/ネット業界のイノベーションを停滞させてしまいかねない。特に、ネットサービスの領域は、ユーザーからの評価を開発にフィードバックさせるサイクルを高速化し、サービスの質を急速に向上・進化させていく手法がよく採られるわけだが、この評価サイクルを回すユーザーのボリュームが、結局はその開発効率やイノベーションの度合いを大きく左右する。そうなると、英語圏の膨大なユーザー層相手に試行錯誤を続けたネットサービスと、日本国内だけで試行錯誤してきたネットサービスでは、そのイノベーションの速度に大きな違いが生まれるのは火を見るよりも明らかだ。 そうした懸念はネットサービス開発に携わる人であれば誰しも持っていると思うが、結局は作業労力の問題から、英語版の開発はどんどん後回しにされてしまい、別の新しい日本語サービスの開発に人もお金も回されることになる。 そんななか、今回の「Fastladder」は、国内でも極めて高い評価を得ているRSSリーダーを素早く英語化し、世界市場に向けてその真価を問う挑戦をした。そのことの意義はいくら高く評価してもし過ぎるということはないと思っている。 上の記事のなかで紹介されている開発者ma.la氏のさまざまなコメントは、非常に挑戦的であると同時に、極めて含蓄深いものがある。ぜひ読んでもらいたい。 言葉の壁。確かに低くはない。けど、死に気にならなくては超えられないほど高いものでもない。その壁を超えた先、いつもの慣れ親しんだ内海の外には、無限の可能性を秘めている大海原が待っている。 たしかに、その外海には内海にはない試練もたくさん待ち構えているだろう。けど、乗り越えられなければ、また内海に戻ってくれば良いではないか。人も、ネットサービスも、そんな気がしてならないわけである。なんかそんなことまで考えされた「Fastladder」の登場であった。 まあ、そんなこと抜きにしても、このRSSリーダー。本当に使いやすい。他のRSSリーダーをお使いの人は、ぜひ一度この「Fastladder」を使ってみてはいかがだろうか(Livedoorの回し者ではないけど)。もし使いにくいようであれば、また元のサービスに戻れば良いのだから。そんな試行錯誤をしなかった自戒も込めて。 Posted by MK @ 01:48 PMPermalink | Comments (5) February 12, 2007
『本格化するクロスメディア・プロモーション:宇多田ヒカル"Flavor Of Life"』
あのヒッキーがまたやってくれた。そんな気持ちでいっぱいだ。って、前回と同じ出だしで申し訳ない。けど、ほんとにそんな思いである。
2/28に発売予定の宇多田ヒカルの新曲「Flavor Of Life」のPVが、期間限定(2/9/〜3/8)ではあるがフルで無料配信され、またそのブログパーツが公開された(この上のものがそれを埋め込んだもの)。このプログパーツを使えば、著作権侵害などややこしいことを全く気にせずに、堂々とPVの映像をブログにはめることができる。 例の人気テレビドラマの挿入歌として耳にしてから、僕の脳内ヘビーローテーションだったので、個人的に非常に嬉しいのだが、それ以上に、これはネット映像配信を使った本格的なクロスメディア・プロモーションの事例として後に幾度となく取り上げられることになるのではないかと思う。 宇多田ヒカルがネットをプロモーションに活用するのは今回が初めてではない。彼女は、2003年1月19日、彼女の20歳の誕生日を祝ってスタジオから彼女が出演する映像をライブストリーミングで流すという大規模なネットイベントを実施したことでも有名である。 当時はまだブロードバンドがそれほど普及していなかった頃だったが、Youtubeのおかけで今でこそ「当たり前」になったネットで映像を見るということをこの時期にライブストリーミング配信で実現し、実際にこの1日だけで100万を超えるアクセスをはじき出したという点で、初期のネットプロモーションの成功事例として広く認知されている。 そして今回、この「Flavor Of Life」という新曲のプロモーションにもネットが本格的に活用されている。しかもその仕掛けにはちょっと工夫がされている。 まず、1月5日のドラマ初回放映の劇中でこの曲が初めて一般に公開された。それと同時に「着うた」としてケータイで配信が開始され、1ヶ月で既に100万ダウンロードを稼ぎ出したそうだ。そして、今回のネットでの(正式且つ合法的な)フルPV視聴+プログバーツの公開だ。 テレビでOA → ケータイで「着うた」配信 テレビで火をつけて、ケータイで煽り、ネットでダメ押しして、満を持してCD発売。恐らくその後はライブ活動へと繋がり、そしてDVD発売。一つ一つはまったく目新しくないが、それらが全体のプロモーション・パッケージとして体系化されている。これは僕の元同僚の井上哲浩氏が提唱している「オーガニック・マーケティング・コミュニケーション・ミックス」の一つなんだろうが、これを彼女クラスの超大物アーティストが本格的にやるとなると、やはり何とも感慨深いものがある。 国内の某著作権管理団体やコンテンツホルダーがこぞってYoutubeを目の敵にして、ネット上の映像配信にある一定の歯止めをかけようとしているなか、このように合法的にしっかりとネット映像配信をプロモーション手法として活用してくる事例は今後どんどん増えていくに違いない。 ただ、今回のネット上の映像配信プロモーションは、CDが発売されて間もなく終了するわけで、やはりまだ発売元としてはPVを無料でフル配信し続けることがCD販売を圧迫するリスクが怖いのだろう。 しかし、ネットでのPV視聴はCDを購入することのプラスのインセンティブにこそなれ、マイナスのインセンティブにはならないだろう。だって、この僕のブログで彼女のPVを見てCDを書おうと思う人はいても、ここでPVを見たからCDは買わないでおこうと思う人はいないだろうから(そもそも知らない人は買う訳もないのだから)。 というわけで、発売元の東芝EMIさんにはぜひともCD発売後もPVの無料フル視聴を続けてもらいたい。耳出しショートカットにしてますます僕好みになったヒッキーを僕のブログに貼り続けさせてください。何卒何卒よろしくお願い致します。・・・と、いくらここで主張しても聞いてもらえないんだろうなぁ。 Posted by MK @ 03:31 AMPermalink | Comments (4) February 06, 2007
『支え、支えられるコミュニケーション:スラムダンク奨学金』
あの「スラムダンク」がまたやってくれた。そんな思いでいっぱいだ。少し遅ればせながらではあるがぜひ紹介したい。
ウェブ、新聞、オンサイトを繋げ、ユーザー一人一人の参加をベースにしたキャンペーンという点だけでも十分に画期的だったが、それ以上に素晴らしかったのは、作者の井上雄彦氏の読者への感謝の思いが本当に素直に伝わってきたということだろう。 陳腐な言い方になってしまうが、ポイントはやはり「愛」なんだと思う。井上氏のバスケットポールに対する愛や読者に対する愛、そして読者の「スラムダンク」に対する愛。それらがウェブ・非ウェブにかかわらず、様々なメディアの上で奇跡的なかたちで融合したことが、いまだにこれを超えるクロスメディア・キャンペーンが思い浮かばない理由なのではないかと思う。 そして、この「愛」はまだ終わっていなかった。 井上氏の「バスケットボールそのものに対しての感謝の気持ちを形にしたい」という強い思いが、今回奨学金というかたちで実現した。バスケットボールを愛し、その夢を追い続けたいという思いを持つ高校生に対し、アメリカのプレップスクールでの学業及びバスケットボールのプレー機会を提供するのがこの奨学金の趣旨だ。 僕自身、4年間のイギリス留学時代の学費と生活費のほとんどは奨学金のお世話になった。留学1年目こそ自分のなけなしの貯金で賄ったが、2年目以降のお金の用意はまったくできていなかった。2年目以降のあの奨学金がなかったら僕のイギリス留学は間違いなく1年で終わっていた(ということは、いまのこの仕事にも就けていないわけだ)。だからこそ、僕も奨学金の有り難さ、大切さ、そしてそれに対する感謝は人並み以上に感じている。 この「スラムダンク」という作品は、作者と読者の双方が互いを支え合いながら、またその支え合いがいかに大切で素晴らしいものかということを双方がよく理解しているという、非常に希有な作品であろう。漫画・アニメというかたちを通じたコミュニケーションが、ここまで多くの人に支えられ、そしてまた多くの人を支えてきている事実は、まさに「愛の奇跡」としか言い様がない。 そしていま、再び作者から一つのボールが投げられた。今度はバスケットボールというスポーツに対して。そして、バスケットボールを愛する若者の未来に対して。誰がこのボールを受け取るのだろう。本当に楽しみである。 P.S. Permalink | Comments (0) January 10, 2007
『インターフェースのイノベーションはキャズムを乗り越えられるか:Apple iPhone』
いろんな意味でものすごいモノが登場してしまった。Appleが昨日Macworld Expoで発表したスマートフォン「iPhone」である。 「3.5インチタッチパネル搭載の『iPhone』、6月に発売」by ITmedia 「ついに発表--アップルの携帯端末『iPhone』とは」by CNET Japan 「『iPhone』で携帯電話市場に殴り込み 米アップル」by iZa! ここ1年ほど出る出ると言われ続けていたiPhoneがとうとう発表されたわけである。通話+ネット+音楽。機能的には恐らく現段階の携帯デバイスを開発するにあたり、想定し得るほぼすべての要素を取り入れたものだろう。その意味で、想定の範囲内ではあるのだが、しかしながら、それでも僕らの多くが裏をかかれた製品でもあると思う。 それは、やはりアップルのお家芸ともいえるインターフェースのイノベーションが、ここまでストレートに現実化・製品化されるとは思っていた人は少なかったのではないだろうか。少なくとも、僕はそうだった。 携帯デバイスの開発にあたり常にボトルネックになってきたのは、インターフェースとバッテリーである。 できるだけ小さな筐体に容易且つ快適な使用感を実現するインターフェースをどのように実現するか、そしてその製品のバッテリーがどれほど長持ちするのか、この2点を同時実現する製品を具体化させるのがどれほど難しいことか。 特に、インターフェースは生身の僕ら人間と冷たい機械を繋ぐ架け橋である点で極めて重要である。別の言葉で言えば、リアルとバーチャル、デジタルとアナログを繋ぐ結節点である。コンピューティング・デバイスにおけるインターフェースのイノベーションの速度は、極めて緩慢だ。PCのインターフェースがQWERTY型のキーボードから一歩も進化していないことからも、その深刻さは明らかである。 ここで、AppleはGUI (Graphic User Interface)とマウスという画期的なインターフェースを採用したMacintoshというPCを世に出し、コンピューティング・デバイスのインターフェースの革命を起こした。その後、Microsoftが追従してWindowsにGUIとマウスを採用したのは言うまでもない。 そして、先進国では1人1台に近いレベルで世の中に広く浸透した携帯電話に目を向ければ、まさにこのインターフェースのイノベーションが待たれていたわけである。今回のSteve Jobsの基調講演のなかで使われた2枚のスライドがうまくこのことを示してくれている(写真はLingrチャットルームから)。
そこで、Appleはマウス、iPodと段階的に進めてきたコンピューティング・デバイスのインターフェースの設計ノウハウをもとに、今回のiPhoneのインターフェースを開発したわけである。もちろん僕もまだ実機は見ても触れてもいないが、写真で見るだけでも、そのインターフェースの設計の細かさ(例えば、筐体を横にすれば自動的に表示を横向きに変更する点など)は容易に見て取れる。 こうしたインターフェース設計のノウハウは、3〜5年程度の単発の製品開発のスパンでは決して蓄積されないもので、20年以上にわたり革新的なコンピューティング・デバイスのインターフェースを企画・設計・開発を続けてきたAppleだからこそ実現できたものであることは間違いない。 某家電メーカーの中の人が今回のiPhoneの発表を見て「全世界の家電メーカーが力を合わせてもApple1社に勝てなかった」と言うのも実感として非常によく分かる。MacintoshでPCのインターフェース革命を起こし、iPodでデジタル音楽プレーヤーのインターフェース革命を起こしたAppleは、いままさに携帯デバイスのインターフェース革命を起こそうとしている。 ・・・・・・・・・・ と、華々しくApple賛美をしてこのエントリーを締めることもできるのだが、もう少し書いてみたい。といのも、携帯デバイスとしてのiPhoneの革新性は素晴らしいの一言ではあるのだが、一方でこのiPhoneのビジネス的な成否を見通せば、それほど楽観的にはなれないのではないかと個人的には思っているからだ。 Appleを代表するイノベーティブな製品であるMacintoshとiPodを比較して、世の中への普及という点で見れば、前者は競合(Wintel)に対して極めて劣勢であるが、後者はデジタル音楽プレーヤー市場において圧倒的なシェアを確保し続けている。 この違いはどこから生まれたのかと言えば、いくつかの仮説が考えられるが、ひとつあると僕が思っているのは、「ネットワーク外部性」の違いである。 ネットワーク外部性とは、あるサービスの利用者が増えれば増えるほど、1ユーザー当たりの便益が増加するということである。つまり、ユーザーが増えることでますますユーザーが増えていくという正のフィードバックが生まれる状態のことである(参考資料)。 この点で、PCのOSという分野はネットワーク外部性があるが、音楽再生プレーヤーの分野にはネットワーク外部性はほぼない。つまり、ひとつの仮説としては、Appleの革新的なインターフェースを生み出す競争力は、ネットワーク外部性の低い製品領域では圧倒的な強みとなるが、ネットワーク外部性の高い製品領域では支配的なシェアを獲得するような競争力とはなり得ないということである。 AppleがWintelとの競争のなかで学んだ教訓としては、ネットワーク外部性の高い製品領域においては、素晴らしいインターフェースを持つ革新的製品が必ずしも一番世の中に受け入れられる製品になるとは限らないということである。後発であろうとも、類似のインターフェースを持つPCとOSが市場を支配してしまったのである。 この点に関して、Appleは十分理解しているとも思える。AppleはMacintoshのハードとOSをアンバンドルさせずに一体として市場投入し続けてきているが、ハードからアンバルドルさせてOS単体で市場投入したWindowsのほうが後発であるにもかかわらず急速に支配的シェアを獲得してしまった。これはもちろん結果論ではあるが、敢えてOS市場のネットワーク外部性を無視してまでハードとOSを一体化させたAppleは、その必然的な帰結として、世の中全体で見れば1割にも満たない一部のプロフェッショナルとデザイン・センシティブな人たちにのみ受けれられたものに留まっている。 いや、一般受けしないコアな点にこそAppleの素晴らしさがあるんじゃないか、と思う人も少なくないだろう。また、Apple自身もシェア拡大はそれほど目指していないんだ、という議論もあるだろう。まあ、この望ましいAppleのすがたについて議論しはじめると切りがないので止めておくが、いま議論するのはiPhoneのビジネス的成否である。 言わずもがな、携帯電話サービスというのはネットワーク外部性がある領域である。携帯端末としての単なるハードとして完結する製品ではまったくなく、携帯電話ネットワークと接続するために携帯電話キャリアのサービス契約が必要不可欠な製品である。端末として革新的なインターフェースが、キャリア乗り換えの強いインセンティブになるのかどうか、非常に判断が難しいところだろう。 また、iPodの爆発的普及は、これまでデジタル音楽プレーヤーを使ったことのなかった人たちが1台目としてiPodを買うというケースが多かったからだと思われるが、既に1人1台に近いレベルで普及した携帯電話市場において、iPhoneのインターフェースの革新性が多くのユーザーにとって製品買い替えの強いインセンティブになるのかも微妙なところだろう。 さらに言えば、携帯先進国としての日本における現状として、携帯電話とデジタル音楽プレーヤーの一体化にどれほどのニーズがあるのかも検証が必要だろう。上記したように、インターフェースの問題と並ぶ携帯デバイスのもう一つの問題がバッテリーである。通話機能と音楽再生機能をバンドルすれば、バッテリーの持ちは一気に下がるのは当然で、それを嫌って、最近の携帯電話のほぼ全てに音楽再生機能が搭載されているにもかかわらず、その機能をほとんど使わないユーザーは少なくないと思われる(統計データはないが、僕の周りの実感として)。 というわけで、革新的インターフェースを持つMacintoshがPCやOSの市場における「キャズム」を乗り越えられなかったように、同じく革新的インターフェースを持つiPhoneが同じ状況にならない保証はない。双方の市場に共通するのは、ネットワーク外部性である。言い換えれば、ネットワーク外部性の低いデジタル音楽プレーヤー市場で成功したiPodと同じアプローチ、すなわちインターフェースのイノベーションでユーザーを惹き付けるアプローチは、iPhoneのビジネス的成功を約束するわけではないということだ。 Appleは広告マーケティング的には非常に優れた企業であると良く言われる。MacintoshやiPodの広告キャンペーンはそれだけで多くの人の心を惹き付けてきた。ブランドとしてのMacやiPodの育成もなかなか巧くいっていると言える。しかし、上述してきたような市場のネットワーク外部性をふまえた事業戦略の展開では、これまでAppleはお世辞にも巧くやってきたとは言えない。 では、ネットワーク外部性をふまえたiPhoneの事業展開を検討すれば、シンプルにユーザーベースを増やす方法として、iPhoneを提供するキャリアの数を増やすということが考えられる。今回Appleはあくまで端末を提供するハードメーカーであって、携帯電話サービスまでは提供しない。そうなると、できるだけ大きなユーザーベースを保有する複数のキャリアとの連携が欠かせない。 しかし、今回の発表ではiPhoneが使えるキャリアはCingular Wirelessとの単独契約になっているようだCingularは5000万ユーザーを保有する北米最大手キャリア(シェア31%、2005年)だが、ほぼ同シェアのキャリアとしてVerizonとSprintもある。iPodとiTMSの成功は、幅広い音楽レーベルとの契約により実現した提供楽曲数の多さにあったわけだが、今回のiPhoneの場合は、Cingularとの単独契約によって同様の提携展開は不可能である。この点でも、Apple単独の事業展開だけではどうしようもないユーザーベースの壁があるわけである。 上掲の記事で、2008年には1年間で1000万台のiPhoneが売れるとJobsは見ているそうだが、これは世界の携帯電話市場シェアの約1%だそうだ。1%・・・。もとの市場規模が大きいだけに、単なるシェアの数字に拘り過ぎるのは良くない。シェアは低くても、革新的な機能とサービスで、それを求めるユーザーに確実に受け入れられて、十分な利益が出せれば良いという考えもある(特に投資家サイドから)。 まとめるとすれば、僕の今のところの見立てでは、AppleのiPhone事業の発展可能性としては、iPodのような爆発的な普及と成功を収めるのではなく、Macintoshと同じようなイノベーター層にのみ受け入れられるデバイスに留まる可能性が高いのではないかと考えている。もちろん、こうした僕の見立てを大きく裏切られるような事業展開をAppleがやってくれることを期待してやまないわけであるが。 企業名をApple Computer Inc.からApple Inc.に変えて、本格的に総合家電メーカーへの道を歩もうとしているApple。新生Appleの真価は、iPhoneの成否によって問われると言っても言い過ぎではないだろう。Appleの今後の動向からは目を離せない。 ちなみに、iPhoneの国内での販売の2008年になるそうだが、どこのキャリアから出るんだろう。ソフトバンクの孫さんがこのiPhoneの発表の場にいたそうだが、ということは・・・。 まあ、僕個人としては、どのキャリアから出ようがiPhoneが国内販売された時点でそのキャリアに躊躇無く乗り換えますが(笑)。 Posted by MK @ 10:32 PMPermalink | Comments (2) December 14, 2006
『学生をエンパワーするブログの可能性:れせぶろ!』
いくら忙しいと言えども、このことはぜひ書いておかないといけない。 僕の良く知っている本学商学部の学生である梶井雄介君が立ち上げた株式会社レセオが提供しているサービス「れせぶろ!」が急速に注目を集めている。
「レセオ、採用ブログポータルサイト『れせぶろ!』開設」by Yahoo! ニュース
そんな彼は、ショッピングサイト運営に安住せず、いち早くブログの可能性に目をつけて、自ら会社を立ち上げて新たな事業をスタートさせた。それが彼の会社であるレセオだ。 そのレセオのメインサービスが採用ブログポータル「れせぶろ!」である。簡単に言えば、就職活動を行う学生と採用活動を行う企業を繋ぐ新たな「メディア」としてブログを活用したサービスである。 学生の就職活動においてウェブは欠かせないものになった。情報収集、業界研究、企業へのエントリーや連絡、etc. もはやウェブ無しでは就職活動は何もできないと言っていいだろう。僕が10年以上前に就職活動をしていた頃と比べると、桁違いの量の情報を得ることができ、段違いの人のネットワークを活用できるようになった。 では、その結果として学生が一昔前に比べて満足度の高い就職活動ができるようになったかと言えば、まったくそうではない。情報量の拡大が、直接的に就職活動の効率性を高めるわけではない。情報量が増え過ぎることで、それまで以上に学生は混乱し、方向感覚を失い、藁をも掴む思いで、少しでも知っている「ブランド企業」に引き寄せられる。そこで待っているものは、昔以上に過酷な戦い・・・。そんな僕の思いは随分前にここにも書いた。ウェブの発展と普及により、今も昔も思い悩み戸惑う就職活動中の学生は少しでも救われるようになったのだろうか。 当たり前だが、情報の量が増えれば、情報そのものがコモディティ化する。単に情報が増えただけでは、それを利用する側からすれば効率や満足度の向上にはつながらない。今も時々刻々と増え続ける情報の大洪水の中で、価値ある情報は相対的にどんどん少なくなってきている。学生にとって就職活動に役立つ情報はどんどん見つかり難くなってきている。 そんななか、やはり学生が一番知りたいのが、企業の採用担当者の「ホンネ」だ。その企業はどんな人材を求めているのか。採用において重要視しているポイントは何なのか。新しい人材に何を期待しているのか。そうした採用担当者の「ホンネ」が分かれば、学生ももっと適切かつ効果的に企業にアプローチできるし、また企業側としても求めているイメージに近い学生にもっとエントリーしてもらえるはず。 そんな学生と企業の「橋渡し」をするため、せれぶろ!は企業の採用担当者にブログを書いてもらい、学生に対してダイレクトにメッセージを投げかけてもらう。学生はブログエントリーにコメントできるし、担当者に直接メールも送ることができる。いままでなかなか直接対話ができなかった学生と採用担当者をつなぐユニークなメディアになっているのである。 梶井君という直接知っている学生が取り組んでいる事業という点を脇に置いても、ビジネスモデルとして純粋に高く評価したい。僕らにとってネットの一番の可能性は「個人のエンパワーメント」。いままで個人レベルでは不可能だったいろいろなことがネットを活用することで可能になる。このれせぶろ!の狙いはまさに「就職活動中の学生のエンパワーメント」。それが採用担当者をもエンパワーする可能性を秘めている。 最後に余談になるが、この社長の梶井君と、営業部長をしている升遷君は、二人とも僕のゼミに入るはずだったのだが、二人ともこの事業に全身全霊をかけたいと思うようになって、僕は二人に「ゼミより面白いことを見つけました」なんて言われて去られてしまったという経緯がある。完全にフラれてしまった立場の僕としてはかなりheart brokenだったわけだが、彼らは今でも時々研究室に顔を出してくれ、またこうして彼らの頑張りが徐々に実を結んでいることをメディアを通じて知ることができて、本当に嬉しく思う。 というわけで、就職活動中の学生さんの皆さんには、「れせぶろ!」を強く強く推したいと思います。いっぱい使って、至らないところは彼らにぜひフィードバックしてあげてください。これから就職活動も本格化してきますが、就職活動中の皆さん、「れせぶろ!」を使いながらぜひ頑張ってください!
Permalink | Comments (2) December 11, 2006
『これはヤバい!!:モバゲータウン』
最近仕事が立て込み過ぎて死にかけなのに、こんなときに限って強烈に面白いケータイネットサービスを使い始めてしまった。最近話題の「モバゲータウン」だ。 ・「成長速度はmixiの倍・9カ月で200万人 携帯SNS『モバゲータウン』の強さ」by ITmedia ・「絵文字も空気も読めません 10代がハマるSNS『モバゲータウン』を28歳(♀)が探検した」by ITmedia ・「【モバゲータウン解説】『モバゲータウン』という恐ろしいサイト」by モバイル魂 モバゲータウンの概要や特徴などは、上記記事でほぼ分かると思うのでここでは繰り返さない。ケータイのサービス、SNS、アバター、子供騙しのお遊びだろうと思っているそこのあなた。だまされたと思って使ってみなはれ。こりゃほんとスゴい。何がスゴいって、 ●僕のようなオッサンでも余裕ではまる ●反則技に近い縦横無尽のアフィリエイト ●リアルと切り離された世界で生まれる活発なコミュニケーション ●ケータイに最適化された心地よいユーザビリティ などなど。少し使ってみた感じでは、ユーザーは高校生とOL・主婦が多いような気がする。これまでSNSを使っていなかった層がどっと入ってきているような感じだ。少々頭打ち気味だったPCベースのSNSビジネスだったが、ニンテンドーDSの戦略と同じように、これまでの非ターゲット層の取り込みに成功したように思う。 まだまだ使い始めて間もないんだが、使い込めばもっと面白くなりそう。10代がmixiなんかよりこっちにハマるのは超納得。DeNAの回し者ではないが、登録・利用いっさい無料なので、一度使ってみることをオススメする。 ただし、パケ死と睡眠不足にはくれぐれもご注意を・・・。 Posted by MK @ 11:39 AMPermalink | Comments (2) November 06, 2006
『第2世代のSNSに向けて?:MySpace+Softbank』
今朝の日経新聞の1面にデカデカとこんな記事が載った。こんな記事が経済紙とはいえ全国紙の1面をかざるとは時代も変わったもんである。 「ソフトバンクと米ニューズが提携・SNS、最大手の日本語版」 by NIKKEI NET ソフトバンクと米メディア大手ニューズ・コーポレーションは、会員制ネット交流サービスのSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)事業で提携する。今月に日本で折半出資会社を設立し、ニューズ傘下企業が運営する世界最大のSNS「マイスペース」の日本語版サービスを始める。SNSは日本での利用者が1000万人を超えて急成長している。新規参入を狙うソフトバンクと、日本進出を検討していたニューズの思惑が一致、共同事業に踏み切る。 実は既にMySpace日本語版の試験サービスは始まっている。といわけで、早速僕もアカウントを取ってみた。ちなみに、招待制のmixiとは違い、MySpaceは誰でもすぐに参加できる。 これに関連して、MySpeceのCEOのクリス・デウォルフ氏のインタビュー記事がとても興味深い。招待制でテキストの日記を中心としたmixiは第1世代のSNSで、オープン制で動画や音楽を自由に使えるMySpaceは第2世代のSNSなのだそうだ。 「ロングインタビュー:mixiはもう古い? 新世代SNS『MySpace』に聞く」 by 日経トレンディ 第1世代と第2世代の分かれ目は正直曖昧なものだが、それでも明らかなのは、mixiが昔のパソコン通信の時代にあったような「クローズドであるが故の安心感」を醸し出していたのとは対照的に、MySpaceは明確に「オープンであるが故の価値の広がり」を追求してきたと言える。オープンであるということは、当然ながら検索エンジンにも引っかかることになる(当然いろんな設定はできるが)。そこは「MySpace(私有地)」であると同時に、誰でも入ってくることができる「CommonSpace(共有地)」でもあるのである。 この「オープン」であることの価値は、間違いなくウェブ(WWW)との親和性が高い。誰にでも開かれたインターネット上に広がったウェブ空間のなかで、同じアーキテクチャ(設計思想)を持った技術やサービスがいくつも生み出されてきた。そして、いまではApacheやLinuxに見られるように現代のウェブの根幹を支えるものになっている。 MySpaceの急速な拡大はこのことと無関係ではないように思う。MySpaceの登録アカウントは、2006年8月についに1億を超えたそうだ。ここには、700万ユーザーを擁する国内最大SNSのmixiでさえまだまったく実現できていない世界が広がっている。はたして、このオープン思想により支えられ急速に広がってきたSNSを僕ら日本のネットユーザーはどのように受け入れるのだろうか。 ひとつ余談になるが、以前にこのBlogでも紹介したYahoo!のSNS「Yahoo! Days(ヤフー! デイズ)」だが、その後目立ったサービス展開もなく、僕的には「ほんとにやる気あんの???」と言いたくなるくらいYahoo!ジャパンの姿勢にはガッカリしていたのだが、今回のニュースを見てなぜか腑に落ちたような気がした。というのも、これは完全に妄想なのだが、このMySpaceとソフトバンクの提携は、ソフトバンクがグループとして本格的に取り組むSNSのプラットフォームに、Yahoo! DaysではなくMySpaceを選んだということではないかということだ。 今回のニュースのタイミングから、恐らくMySpace側(News Corporation)とソフトバンクの交渉は夏前から進んでいたと思われるので、7月末にローンチしたYahoo! Daysのサービス拡充があまり進んでいないのも妙に納得してしまったのだ。もちろん、ソフトバンクがMySpaceとYahoo! Daysを併存させることも十分に考えられる。特に、モバイルに関してはYahoo!との連携を既に進めているソフトバンクが、携帯電話上のサービスとしてMySpaceをどう扱うのか難しいところもあるからだ。 まあ、いろんな意味で注目の動きである。僕ら日本のネットユーザーが、SNSの未来をあくまで現在の草の根メディアの延長線上に見るのか、それともMySpaceのようなパーソナルでありながらマスでもある新たなウェブメディアとしてSNSの価値を見いだすのか。 もちろん、未来は二者択一であるほど単純でも明白でもない。しかし、いまはいろんな妄想(笑)をしながら、もうしばらくSNSと戯れてみようかなと思う今日この頃である。 Posted by MK @ 11:57 AMPermalink | Comments (1) August 07, 2006
『Google Scholarの到来と日の丸検索エンジンの憂鬱』
8月になって、ようやくじっくりと研究に没頭できる時期に入った。しかし、僕がこの夏やらねばならない仕事はひとつだけ。そう、翻訳です。もう待った無しです。背水の陣です。この夏に仕上げなければマジでヤバいっす。 しかし、目の前に大きな仕事があればあるほど、心はどこか違うところへ飛んでいきがち。現実逃避するようにネットをふらつついていると、ここぞとばかり面白いネタがいくつも見つかり、頭は完全にそっちにもってかれてしまう。 Google周りの動きにはやっぱり目が離せない。今日、MTVの音楽クリップなどのコンテンツをAdSenseの広告ネットワークで配信するというモデルを発表した。YouTubeが掘り当てたネット上で動画コンテンツを簡単に見たいというユーザーニーズの大フロンティアを、Googleは自社の圧倒的な広告ネットワークに繋げて収益化を目指すのは当然の方向だろう。詳細はまだ分からないが、この動きには注目である。 けど、僕が個人的にもっと注目するのは、このニュースに隠れるようにひっそりと報道されたもう一方のGoogle関連ニュースだ。 ●「グーグル、学術論文検索サービスの日本語版を年内開始」by NIKKEI NET グーグル日本法人は、日本語の学術論文をインターネット上から無料で検索できるサービスを年内に始める。論文のデータベースを運営する国立情報学研究所などと連携し、入力したキーワードに関連した論文を選び出す。見つけた論文が他の論文から引用された件数もわかる。大学や民間企業で働く研究者の利用を見込む。 早い話が、Google Scholarの日本語版が年内に登場するというニュースである。Google Scholarはアカデミックな世界の人間には結構知られているネットサービスではあるが、一般的にはそれほどの認知はされていないのではないかと思う。要は、学術論文のデータベースなのだが、論文相互の引用(citation)の状況を簡単に見せてくれるので大変便利である。ちなみに、僕の論文について調べてみると、こんな感じで出てくる(注:一部他の人の論文が含まれています)。トップの論文はそこそこ引用されているみたい。 このニュースをさらっと読むだけだと、「なんだ、Googleのベータサービスがひとつ日本語化されるだけでしょ」と思うかもしれないが、注目すべきは「国立情報学研究所などと連携」という箇所である。つまり、国立大学法人法に基づく独立行政法人とはいえ、国のお膝元の組織が他でもないGoogleと連携するというのである。 国立情報学研究所というのは、ある世代以上の大学関係者の間では「学情」と呼ばれる学術情報センターが元となって2000年にできた組織である(今は文部科学省管轄の独立行政法人)。この組織の一番のミッションは、今では「情報学の統合的な研究・教育の展開」となっているが、設立当初から続く重要な仕事は「学術情報ネットワークの構築と整備」である。つまり、学術論文などの研究成果のデータベースづくりである。日本の大学で仕事をする研究者の研究成果はここのデータベースに登録されるようになっている(全部ではないと思うが)。 上掲の記事によれば、これまで自前で学術情報データベースを作ってきた国立情報学研究所が、登録データをこのGoogle Scholar日本語版に提供するというのである。本家アメリカのGoogle Scholarは、これまでIngentaやExtenzaなどの学術ジャーナルアグリゲーターと提携して検索可能な学術情報データを増やしてきたが、日本語版の導入にはこれと同じように日本語の学術情報のデータ仕入れ先を確保する必要があった。 そして今回の報道である。日本国内の包括的な学術情報は事実上この国立情報学研究所しか持ってないので、この流れも当然とも言える。国立情報学研究所としても、せっかく作ったデータベースをより多くの人に利用してもらいたいという思いは当然だし、今回の連携の意思決定も至極全うなものだと思う。とはいっても、やはり国内の学術情報を取りまとめる「本丸」がこんなにアッサリと落ちるとは思わなかったので、僕的にはかなりオドロキだったわけである(いや、実際はアッサリでもなかったかもしれないけど・・・)。 ここまで読んでお気づきの方も多いと思うが、当然のように気になってくるのは、経済産業省が音頭を取って産官学連携で国産の検索エンジンの開発を目指して設立されたコンソーシアムの姿勢とのコントラストである。 経産省の担当者の方が言うように、検索エンジン技術のGoogleの独占的状況が国の情報政策的には無視できない問題として捉えられている背景もよく分かるが、そこで、国をあげてGoogleに対抗する日の丸検索エンジンを開発しようというのがいかにも日本的である。池田信夫氏のブログ経由の情報によれば、このプロジェクトに対して経産省は来年度の予算として3年間で300億円の予算を要求するそうだ。 そうした動きのなかで、今回のGoogle Scholar日本語版のニュースで採り上げられたように、別のお役所の下にある組織ではGoogleとの連携姿勢が明確に出てきている。一方のお役所では、税金を投入して「国策」としてGoogleに真っ向から対決する姿勢。別のお役所のほうでは、割り切ってGoogleと連携してより便利なサービスを提供しようとする姿勢。お役所が違えば足並みも揃わないという、これまたいかにも日本的状況である。 一ユーザーとしては、どちらの姿勢が好ましいかは明らかだが、より長期かつマクロの視座に立って見れば、問題は複雑化する。 経産省が進めるこういった「国策プロジェクト」を強く批判する池田氏でも認めるように、科学技術の発展に政府予算はこれまでも大きく寄与してきている。問題は政府プロジェクトの事後評価がうまく機能していないというのも納得である。ただ、その事後評価というのは、dankogai氏が指摘するように、結局は僕たち生活者(納税者)自身が果たさなくてはならない役割でもある。 ただ、僕ら市民一人一人がその事後評価を行うために必要な技術基盤となるのは、結局のところ、個人が自由(フリー)に使えて網羅的に情報を検索できるサービス、すなわち検索エンジンなのであり、それを提供するのは国なのか私企業なのかという問題に再び戻ってしまう。ただ、その場合の検索エンジンは「ビッグブラザー」的な監視システムとして働くのではなく、東浩紀氏が言うところの「偏在するリトル・ブラザー」を支える技術基盤となるのだろう。僕らの課題は、そうした緩やか監視社会のなかでのインターネットの役割や、その中での情報流通の仕組みを考えることなのだろう。 そんな中で、シンプルに「ユーザー最優先」の理念を貫いてサービスの開発と導入を粛々と進めるGoogleには清々しさすら感じる。Googleにとって、大仰な政策論争や制度論争は二の次なのだろう。上場している営利企業なのだから、それで良い。ただ、そのサービスを利用する僕らは、こうした議論も頭の隅にちょっとは置いておかないといけないのだと思う。それが、次代のインターネットの制度設計の方向性に関わってくるのだから。 とまあ、Google Scholarネタからトンでもない方向への話題の飛躍だけど、そんな妄想に更けさせてくれるGoogle先生の偉大さに感銘を受けつつ、やらねばならない目の前の仕事に戻ります・・・(泣)。 Posted by MK @ 06:31 PMPermalink | Comments (2) August 02, 2006
『Yahoo! Days始動』
いよいよ真打ちの登場と言うところか。国内のSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)ビジネスにおいて、ブッチぎり先行しているmixiの真の対抗馬とも言えるYahoo!のSNS「Yahoo! Days(ヤフー!デイズ)」が一昨日正式にスタートした。 国内のリーディングSNSであるmixiの現在のユーザー数は約500万人。いまでは、ネットのことに詳しくない学生ですらmixiの名前はほぼ全員知っているほど若者の間では浸透している。 ここに、Yahoo! BB会員(508万人)とYahoo!プレミアム会員(635万人)の計1100万人を擁するYahoo!が攻勢をかける。国内最大級のネットユーザーのアカウントを保持するYahoo!が、国内最大のポータルサイトと各種サービスとの連携のなかで、mixiを追撃するわけである。いや、追撃というより、違うサービス体系を目指しているといったほうが良いだろう。 Yahoo! Daysの強み・弱みなどの分析は、山崎秀夫氏が素早くやってくれているので割愛するが、やはり良質かつ身元保証のあるユーザーアカウントを1100万も保持していることや、既存の各種Yahoo!サービスとの縦横無尽の連携を想像するだけで、ちょっとワクワクしてくる。今後の展開に大注目。 最後に・・・、自分のYahoo! Daysのお友達が一人もいないのは強烈に寂しすぎるので、お友達になってくれる人を大募集します。Yahoo! Daysに招待して欲しいという方は、下のコメント欄に一言書いてくれれば招待メールを送ります。いまならコミュニティのオーナーになり放題です(笑)。 【追記 8/26】 Permalink | Comments (18) July 15, 2006
『片翼の新聞2.0:産経「iza!」の挑戦』
いまや猫も杓子も「2.0」。ここ1〜2ヶ月ほどで、各種一般ビジネス誌がこぞって「Web2.0」絡みの特集を組んだ。週刊ダイヤモンド、週刊エコノミスト、週刊東洋経済などなど。こんな一般ビジネス誌までもWeb2.0を語り始めることに個人的にはどこか違和感を感じつつも、この次世代のウェブに対する期待感が、一部のギークの間だけではなく、世の中全体に広まりつつあるとだけは言えるだろう。 この流れに便乗して、ウェブ以外のいろんな分野でも「2.0」が使われるようになった。こうなったら、そろそろ僕も「大学研究者2.0」を語らないといけないのかなぁ。まあ、それはまたの機会に。 今回採り上げるのは、「新聞2.0」。全国紙のひとつである産経新聞が、本体のウェブサイトとは別に、Web2.0を強く意識したニュースサイト「iza!(イザ)」を立ち上げた。 要は、ニュースとブログの統合サイトなのだが、やはり旧来型マスメディアの本丸である全国紙が本腰を入れてウェブを活用としている姿勢はいくら評価してもおつりがくると僕は思う。 このiza!の登場の背景を以下の3本の記事はとてもうまく整理してくれている。ちなみに、担当記者はかのIT戦士・岡田有花女史。この人は本当に良い記事を書く。 この2番目の記事は大変興味深い。ネット人口がこの5年で5倍になったのに、新聞社のサイトの訪問者数は極めて緩慢な伸びしか見せていない。僕のような「ネット以前」の時代を知っている世代は、いまでもほぼ毎日各紙のサイトを見に行くが、「ネット以後」の世代の新聞離れは極めて深刻なレベルだと思われる。うちの学生でも、定期的に見ているニュースはなんとmixiニュースだけという者もいる。 こうした新聞離れに対して、大手新聞社はどれほどの危機感を持っているのだろうか。「持っているはずだ」という期待などではなく、「持っていて欲しい」という願望すら虚しくなるというが実態だ。記事の中で、萩原雅之氏@ネットレイティングスは「新聞社が編集するニュースパッケージの需要が落ちている」という言葉が引用されているが、まさにその通りだろう。 そんな中、「新聞の枠を取っ払ったサイト」を目指しスタートしたのが産経のiza!である。全記事にトラックバック可能、60名以上の記者やスタッフがブログを公開し、ユーザー視点での記事構成を行うことで、既存の新聞社サイトの枠を大きく超えようとしている。特に、「記者ブログ」は目玉だろう。古森義久氏などの産経の大物ジャーナリストがブログを書くというのは、やはり何か新しい時代の流れを感じるのは僕だけだろうか。 ベータ版の公開から1ヶ月ほど経ち、僕もこのiza!をほぼ日常的に使ってみた。一般的な新聞社のサイトと比べると、若者や女性が関心を持ちそうなホットトピックや時事ニュースが上位に表示され、誤解を恐れずに言えば、「昼間のワイドショー的」な記事構成になっている。これはこれで面白い。僕は、同じ産経の芸能・スポーツ系サイトのZAKZAKの愛読者なのだが、iza!はZAKZAKほど芸能・スポーツ一色ではないので、僕のような芸能ネタ好きのミーハーな者だけでなく、その他大勢の人にもiza!は取っ付きやすい構成になっているのではないかと思う。 全記事でトラックバックを受け付けるというのも、大手新聞社が運営するサイトということを考えれば英断と言って良いだろう。これまでにも、CNETのように記事にフリーにトラックバックを打てるニュースサイトはいくつも存在したが、大手新聞社にとって一番遠いところにあると思われたConsumer Generated Media(CGM)の価値観や機能を彼らが取り入れたのは画期的である(実際、このエントリーもiza!内のこの記事にトラックバックを打っている)。 しかし、僕としてはどうしても気になり、また口惜しく感じるのが、従来の紙ベースの産経新聞との連携の貧弱さだ。 正直言って、ブログを活用したニュースサイトにはなんの新規性も技術的独自性もない。ニュースソースの供給を確保すれば、どの企業でも始められるサービスである。記事構成のバッケージングによる差別化も良いのだが、その差別化競争には明確な競争軸がないことに加え、従来の産経新聞のイメージを否応無く背負ってしまうことが足枷になりかねない。 では、iza!がYahoo!トピックスやGoogleニュースやmixiニュースに対抗するためにはどうすれば良いかということを考えれば、競合には無いリソースを使うという当たり前の戦略がすぐに思い浮かぶ。すなわち、産経新聞本体との連携である。 全国紙5紙のなかでは発行部数が一番少ないとは言え、それでも産経新聞は220万部を発行するメジャー紙である。依然としてネット発祥の多くのニュースサイトがリーチしたくてもリーチできない生活者層を確実に押さえているのである。この紙ベースの新聞とネットベースのニュースサイトとの連携は双方にとって新しい競争力になり得る。 実際のところ、産経新聞は毎週水曜日の朝刊に「iza paper」という特集ページを1ページ全面で用意して、iza!の記事や特集内容を紹介している。ただ、ここで紹介されているのは、iza!の記事やブログエントリーの「焼き直し」でしかなく、紙⇔ネットの連携を意識したつくりにはまったくなっていない。 このようなサイトの内容を採り上げる特集を全面で週1回用意したというだけでも、全国紙としては画期的なのかもしれない。しかし、いくら「新聞2.0」を標榜しても、リアルの新聞とネットのサイトがこの程度の連携しかできないというは片手落ちではないだろうか。しかも、それこそが他のニュースサイトにできないことだというのに。 もちろん、「新聞2.0」は敢えてリアルの新聞との連動は目指さないというのも一つの方向性ではある。しかし、その戦略を全国紙を発行する新聞社が採るのであれば、ネット・ネイティブのYahoo!トピックスやGoogleニュースとの差別化競争は極めて厳しいものになるだろう。さらに言えば、ネットのニュースサイトの積極拡充はカニバリゼーションを引き起こしかねず、リアルの新聞を有するというリソースは逆に大きな足枷となる。 ただ、旧来のメディアの価値観に縛られたリアルの新聞と、Web2.0を目指すニュースサイトが、いきなりガッツリ連動し始めるというのも現実味のない話だろう。僕もそんなに急速な変革を期待しているわけではない。しかし、明らかなのは、いくら「新聞2.0」を目指そうが、それがネットの世界に閉じてしまっている限り、本当の意味での「新聞2.0」は実現できないということである。 繰り返しになるが、今回紹介した産経のiza!に関して、僕はとても肯定的な評価をしている。ここまで辿り着くだけでも、社内的には様々な障害を乗り越える必要があっただろう。スタートを切ったこと、そのことだけでも十分に賞賛に値する。 だが、「新聞2.0」を目指すとまで言うのであれば、ブログやらトラックバックやら、サイト内の工夫だけでなく、本体の産経新聞まで巻き込んだ、大きなリアルとネットの連携のなかで「新聞2.0」を語って欲しい。なぜならば、本当に変わらなければいけないのは、本体のほうなのだから。 今そこまで求めるのは、欲張りな注文だろうか。 Posted by MK @ 06:46 PMPermalink | Comments (2) June 15, 2006
『リアル-ネット間の「ゲート」を押さえるマーケティング?:決済・端末・アカウント』
先週・先々週と連続で東京出張だった。学会での発表に合わせて、いろんな人たちに会ってきた。昔の職場の同僚、いま東京で働いているゼミの卒業生、興味関心を同じくする研究者仲間、などなど。いろんな人と会うと本当にいろんな刺激を受ける。 CNETブロガーの渡辺聡氏もいつもそんな刺激をくれる人。忙しい渡辺氏の予定の合間を縫って品川でランチをご一緒した。その渡辺氏が最近あげたブログエントリー「マーケティングは変わろうとしているのか」を読みながら、僕も自分なりにいろいろ考えを巡らしていたら、こんな記事が目に飛び込んできた。 ●「噂のグーグル支払システム「Gbuy」、6月末にスタートか」 by CNET Japan ●「eBayのPayPalがSkypeにインテグレーション」 by Ad Innovator(解説記事) ++++++++++ 【追記 6/16 11:50am】 柿原正郎 ++++++++++ 【追記 7/22 11:50pm】 結局、こういうことになりました。よろしくお願い致します。 Permalink | Comments (4) April 27, 2006
『あまりに刺激的なYouTube』
最近はちょっと冴えない内容のエントリーばかりなので、久しぶりにちょっとまともな話題でも。 YouTube(ユーチューブ)という動画共有サービスをご存知だろうか? このブログを読んで頂いている多くの人は「何を今さら」という感じかもしれないが、この前ゼミの学生にYouTubeことを知っているか聞いたら、知っていたのは10人中1人だけだった。mixi(ミクシィ)のことは、うちのような所謂文系学部の学生でも今ではほとんどが知っているが、YouTubeの認知度はまだまだ低いようだ。 どんなネットサービスなのかというと、誰でも無料で動画をアップロードでき、それをいろんな人と共有できるというもの。個人で撮影したプライベートの映像から各種有名アーティストが登場する映像まで、ありとあらゆる動画が公開されている。建前上、著作権を侵害しない動画のみが投稿されるはずなのだが、実際は著作権侵害の点ではグレーなものや真っ黒なものまで公開されている。 しかし(というか、だからこそ)2005年春のサービス開始以降、爆発的な勢いでユーザーを獲得し、2006年3月には、YouTubeのサイト訪問者数が「iTunes Music Store」を擁するAppleのサイトの訪問者を超えてしまった。 人気の秘密はとにかく触ってみれば一目瞭然。日本語にはまだ対応していないが、例えばお好みの歌手の名前をアルファベットで検索してみれば、ズラッとその歌手のPV(プロモーション・ビデオ)が出てくる。例えば、「エロかわいい」で有名な某女性アーティストを検索すれば、かなりの数(ほとんど?)の彼女のPVを見ることができる。 僕は1980年代半ば〜90年代半ばにかけて、かなりの洋楽オタクだった。特にイギリス系のアーティストにはまって、超メジャーアーティストから、超マイナーアーティストまで、かなり幅広く聞いていた。YouTubeはそんな僕には涙もののサービスである。なんてったって、今ではなかなか見られないと思っていたPhil CollinsやGeorge MichaelやU2などの往年の名曲のPVがズラズラ見つかるからだ。さらには、Acid Jazz好きの僕には、Soul II SoulやJamiroquaiやThe Brand New Heaviesなんかが簡単に見られるのもたまらない。ここでPVを検索→見る→検索→見る・・・を繰り返していると、ほんといくら時間があっても足りない。 今回なぜこのYouTubeを採り上げたのかと言うと、こんなニュースを今日見たからだ。 『動画共有サイト「YouTube」、日本から212万人が訪問--利用率は米国内に匹敵』 - CNET Japan 日本ではまだまだ一部のネットユーザーの間でしか知られていないと勝手に思い込んでいたYouTubeが、実は日本でも劇的にユーザーを増やしているというのだ。 日本のユーザーのYouTubeへのアクセスは2005年12月から急増し、2006年3月には212万人に達した。日本国内での利用率は5.2%と、米国内での利用率5.4%に近づいている。また日本のユーザー1人あたりの平均訪問頻度は3.2回、利用時間は約33分と、いずれも米国ユーザーを上回り、「日本のユーザーの熱心な利用状況が浮かび上がった」(ネットレイティングス)という。 知らない間にここまで広まっていたとは、ほんとオドロキである。全ネットユーザー中の利用率5.2%というと依然低い利用率のように思えるかもしれないが、このサービスがスタートしてからまだ1年ちょっとしか経っていないことや日本語に対応していないことを考えれば、驚異的と言えるだろう。 しかし、このあまりに刺激的なYouTubeなのだが、ビジネス的にも非常に注目されているサービスなのである。 まずビジネスモデルの面で言えば、このサービスの収益化を今後どのように進めていくのかが極めて興味深い。今のところ無料のサービスだし、何の広告も載せていないので、このサービスそのものからは1円たりとも生み出されていない。しかしながら、アメリカのベンチャーキャピタル最大手の一つ、Sequoia Capitalは、2度続けて巨額の投資をしている。初回の投資は350万ドル*、そしてこの4月には2回目の投資として初回の倍額以上の800万ドル*を、このまだ何も収益を生み出していない**ベンチャー企業に投資した。 * 注)5/1 訂正。 こうなると、YouTubeの次の一手に注目が集まるのは当然なのだが、最近のWeb 2.0系の企業のように、GoogleやYahoo!に買収されるのを半ば目標にして事業を進めているのだったら、正直とても残念だ。YouTubeはそうでないと願いたい。いまのサービス構造では、やはり広告収益モデルが一番手っ取り早いアプローチではあるが、これもまさにWeb 2.0的ではあるのだが、それだけでは何か物足りない気がするのは僕だけだろうか。 さらに注目を集めている点は、著作権問題の対処である。上記したように、現状では著作権侵害に相当すると思われる動画が数多く投稿されている。実際、アメリカのテレビ放送局のNBCやCBSは自社のTV番組がYouTubeに投稿されていることを激しく非難している。こうした動きを受けて、YouTubeは柔軟な対応を見せており、投稿できる動画を最大10分間とする制限を加えた。 さらに著作権がらみの動きとしては、なんと音楽エンターテインメント専門チャンネルであるMTVと正式契約して、ビデオクリップをYouTubeで流すことにしたそうだ。既存のコンテンツホルダーと敵対するのではなく、提携・恊働することでお互いの相乗効果を狙うということだ。こうした動きも、既存企業から完全に敵対視されてしまい、結果的に潰されてしまったNapsterなどの一世代前のファイル共有サービスとは一線を画す動きである。 いままでこうした音声や動画の共有サービスは、良くも悪くも様々な話題を提供し続けてきた。音声や動画の共有・公開・交換などは、まさにネットの広大な可能性を見せてくれる一方で、その領域で既にビジネスを確立させている企業や団体からは激しい反発をくらってきた。 この対立には、既存企業の新しい技術イノベーションに対する理解の度合いなども問題ではあるのだが、僕はネット企業の既存ビジネスに対する理解や配慮や調整の努力の少なさも問題の大きな要素であったと思っている。あたかも「あちら側(ネット)」と「こちら側(リアル)」には埋めがたい断絶があるかのようもお互いが思い込み、それぞれがそれぞれの領域で完結するようなビジネス構造を作り、それを維持しようとしてきた。ネット側企業のビジネス構造がネット側で閉じてしまい過ぎるのは、自らの健全な発展にマイナスに寄与する可能性も十分ある。 YouTubeの話題に戻ると、ここまで注目を集めている大型ネットサービスは近年でも珍しいので、ビジネスモデルとしても「あちら側(ネット)」で完結させてしまわずに、「こちら側(リアル)」の既存企業やサービスとの連携で、もっとスケールの大きいビジネスモデル開発をしてもらいたいと僕は思っている。この意味で、MTVとの連携はひとつの試金石になるだろうし、同様の連携がもっと増えてくれば良いと思う。 これはWeb 2.0的な考え方で言えば、ある種の後退のように見えるかもしれないが、僕は今のネットビジネスにはこういったリアルビジネスとのリアルなリンケージを模索する努力が一番大切なのではないかと思う。AppleのiTMSが大手音楽レーベルと根気よく交渉を重ねて契約をまとめ、大きなスケールでサービスインしたからこそ今日の成功を成し得たとも言えよう。結局のところ、ネットビジネスの勘所は、最終的には技術の領域ではなく、これまでのビジネスと同じように、極めて人間的な領域にあるように思えるのだが、どうだろうか。 ここら辺は、最近いろんなところで良く議論されているGoogleのTechnology-centricなビジネス戦略の方向性とは相反するかもしれない。ただ、Googleのそんなengineering的アプローチを目の前にすると、頭では理解して受け入れはするものの、どこか落ち着かない気分になる僕はネット的にはもう古い世代なのだろうか。 いや、逆かもしれない。既視感だ。コンピュータシミュレーションで社会現象のメカニズムが精緻に解明可能だと考えられたり、人工知能が実現可能だと考えて開発に邁進したりしてきた1970〜80年代。その頃の雰囲気をいまのGoogleに強く感じる。もしかしたら当時実現できなかった夢が、この21世紀のいま、インターネット技術の発展によって可能になったのかもしれない。だから、Googleがここまで大きく成長したとも言える。GoogleのTechnology-centricな思想と戦略を見ていると、30年前に果たせなかった人類の夢がフラッシュバックしてくる。そんな感覚かもしれない。そして、逆に人間のウェットな感覚や領域に触れることで安堵したり、そこにビジネスや社会の希望を見いだしたりする自分は、やっぱり古い世代なのかなぁ。まあ、古くてもいいか。 話がだいぶ逸れたが、ま、とにかく、YouTube、いろんな意味で要チェックですよということです、ハイ。 Posted by MK @ 05:42 PMPermalink | Comments (5) April 02, 2006
『「シンプル」の強さ - タダコピ』
昨日から新年度に入った。気分一新、晴れやかな気分で新年度を迎えて・・・、と言いたいところだったのだけど、実はいま、酷い腰痛に苦しんでいる。正確に言うと、腰まわりの筋肉の左よりの部分の筋がかなり痛くて、夜もなかなか寝付けないでいる。 原因は明らかで、先々週に新しいゼミ生たちと一泊二日で合宿に行ってきたのだが、その2日目の午前に恒例(?)のスポーツ大会があり、年甲斐もなくバレーボール、バスケットボール、そしてドッジボールをした。しかも、すべて手を抜くことなく、全力で張り切ってしまった。その結果、この有様である。情け無いにもほどがある。実は今も痛くて、椅子にじっと座ってられない。あー、イタイよー(TAT)。 年度の初めなので、なんかしっかりとしたことを書きたかったのだけど、この腰痛で考えるのも面倒になってしまった。その代わりに、ネットをふらふらしていて見つけたあるビジネスプランが気になったので、そのことを書いてお茶を濁すことをお許し頂きたい。 そのプランの名は「タダコピ」。慶應の現役学生が会社をおこしてこれから展開しようとしているようなのだが、とにかくウマイ。目の付け所、シンプルな事業モデル、既に顧客を獲得している実績、等々。学生が立てるビジネスプランのお手本のように思える。 事業モデルは、学生が使うコピーの紙の裏側を広告スペースにして、企業から取ってきた広告を載せて、通常10円程度かかるコピー代をタダのしようというシンプル極まりないもの。 けど、学生(ユーザー)、企業(広告主)、大学(設置者)のベネフィットが明確で、時代の流れに左右されず恒常的に需要が存在する市場をターゲットにしている。しかも、単に学生サービスの域に留まらず、ネットや雑誌(クーポン誌等)などの既存の情報サービスとの融合や連携も可能であろう。何よりも、学生が学生の立場で事業展開することの意義が十二分にある。 僕のゼミではこれまで3年生の春にビジネスプランの作成ということを2年続けてやってきたのだが、まず学生が苦しむのは「ビジネスチャンスなんてそんな簡単には見つからない」という現実にぶち当たることである。学生も最初は嬉々としてプランニングに入るのだが、思いつくアイディアは大抵が既に存在しているか、既に廃れてしまっていることを徐々に知っていくと、一気にテンションが下がるのである。 しかし、それでもヤル気のある学生は、なんとか商品/サービスに新規性や奇抜さを持たせるような方向でアイディアを練るのだが、そうなると得てして事業構造が複雑になったり、莫大な先行投資が必要なプランになったりしてしまい、そのプランの「実現可能性」が一気に下がる。学生はまた壁にぶち当たり、どうしてよいか分からなくなる。 新規のビジネスプランは、結局は「既に存在する需要に応える」のか、「新たな需要(市場)を創り出す」のか、そのいずれかなのだが、どうしてか学生は後者のアプローチを採るプランを作りたがる傾向にある。「新たな市場の創造」。確かに聞こえはカッコイイが、そう簡単に市場を生み出せるなら誰も苦労しないし、景気も常に良好なはずだ。 初めてビジネスプランを作るとなると、どうしても必要以上に難しく考えてしまったり、複雑に仕上げてしまったりするけど、本当に大切なのは「シンプルさ」である。事業の目的、ターゲット、構造は分かり易ければ易いほど良い。 当然いろんなタイプのビジネスプランがあるので、すべてがすべてシンプルなプランばかりではないし、本当に新しい市場を創るようなプランはどうしても事業構造が複雑にもなってしまうかもしれない。しかし、初めて作るビジネスプランということであれば、できるだけ「既に存在しているがまだ満たされていない日常のなかの需要」に目をつけ、その需要にできるだけシンプルに応える仕組みを考えることを目指したほうが得策だと思う。 この「タダコピ」の事業モデルは、極めてシンプルである。学生が日常的に使うコピー機。特に試験前などコピー機無しでは学生は生活すらできない。だからこそ、1枚10円というコピー代を惜しげもなく払う。けど、これがタダになるのであれば、ほぼ全ての学生が喜ぶのは間違いない。そこにこのプランは目をつけた。そして、広告というこれも極めてシンプルな収益モデルを持ってきた。いつの時代にも学生に対して情報を届けたいと思う企業は必ず存在する。その企業から広告を取れば良いだけである。 既存の需要に対して、既存の仕組みで応え、既存の収益モデルで儲ける。それぞれのパーツに新しいものは何もない。しかし、これを組み合わせるだけで新しいビジネスプランになるのである。ビジネスプランの基本は、やはり自分の生活の足元を見つめ、その中で潜在的な需要を見つけ出し、シンプル且つ具体的な仕組みでサービスを提供するモデルであることを、この「タダコピ」は鮮烈に教えてくれている。 この「タダコピ」。今後の事業の継続性を考えると、もちろんそう簡単なわけではない。例えば、コピー用紙の裏面を使う広告手法は斬新だが、広告主が厳密な広告効果を求めてきたら、それに対してどう答えるのか。また、多数の広告主の様々な広告を、どのコピー機にどのような配置するのかなど、様々な工夫が必要だろう。 けど、そんなこともこの事業を展開しながらでないと解決できない問題である。だからこそ、まず始めてみることが大切なのである。そして、このプランはすぐに実現し展開することができるという点でも極めて優れている。また、事業のスケーラビリティ(拡張性)についても、今は単に学生サービスとして提供しているが、企業向けのサービスとして展開することも十分可能だろう。 まあ、あまりこのプランのことを褒めすぎても仕方ないけど、既に事業拡大に向けて頑張っている「タダコピ」運営者の学生さんたちには、ぜひとも頑張ってもらいたいと思う。そして、こういった元気一杯の学生と溌剌としたビジネスプランに、うちの学生さんたちも大いに刺激を受けてもらいたいなぁと思う次第である。 最後に、こじつけのようだけど、今年度の僕の生き方も、ぜひ「シンプル」をテーマにいきたいと思う。ややこしいことを考えずに、シンプル且つ具体的に取り組む。これやっぱり基本。今年度もどうぞよろしくお願い致します。 Posted by MK @ 11:54 PMPermalink | Comments (1) January 20, 2006
『IT新改革戦略 - 根強いハードウェア・ベース思考』
前回の新年のご挨拶からちょっと間が空いてしまった。その間に、世の中いろいろと動きがあった。 今はなんといっても、例の「ライブドア・ショック」の真っ只中である。東京地検特捜部がいつもにも増して気合が入っている印象を受ける。それだけ問題は根深いのかもしれないが、いま僕に出来ることは、風説風評に左右されずに、しっかりと動向を静観することかなと思っている。 それよりも、ネットとかITとかいう領域をメシの種にしている人間ならば、もう一つ別のニュースにも注目しておかなければならない。今日(時間的には昨日だが)、政府のIT戦略本部が「IT新改革戦略」を発表したのだ。 これは、過去5年間にわたり政府が実施してきた「e-Japan戦略」(2001年1月)、そして「e-Japan戦略Ⅱ」(2003年7月)に続く、今後5年のIT戦略構想を示したものである。 客観的に見て、過去5年のe-Japan戦略はかなりの部分で大きな成果をあげたと僕は思っている。2001年に「5年以内に世界最先端のIT国家になる」という大風呂敷を広げたわけだが、ブロードバンド環境の普及(特に低価格化)や、ケータイに関連する様々なビジネスの拡がりなど、日本のIT環境はこの5年で急速に進展したといえる。これは、構造改革とIT推進を密接に関連付けてIT政策を実施してきた小泉内閣の大きな成果のひとつ言えると思う。 ただ、e-Japan戦略で当初掲げていた施策のなかで、これまでのところ実現が遅れている領域がいくつかある。その最たるものが、行政と医療である。この2分野におけるITの導入と活用は、重点課題としてこれまでも取り上げられてきてはいたが、実際の現場での展開は極めて遅々としたペースでしか進んでいない。これら以外にも、当初描いていたITの活用がうまく進んでいない領域があるが、こうした過去5年の反省を踏まえて、これからの5年のITの戦略的活用のビジョンを提示したのが今回の「IT新改革戦略」である。 以下が今回提案された内容を1枚にまとめた図である。 まあ、いかにも政府がまとめた図という感じで、当たり障り無く無難にまとまっている(悪い意味ではなく)。 実は、この発表に先立って、昨年末から年初にかけて行なわれていたパブリックコメントの募集に対して、僕も軽くコメント(PDF)を送っておいた。こうしたパブリックコメントの募集は、実施主体(政府)としては、「パブリックコメントを募集した」という事実が重要で、投稿されたコメントをもとに内容が本質的に修正されるわけではない。あって細かな文言の修正ぐらいである。ただ、自分のアタマの整理するという動機が9割9分、一市民としての意見表明の動機が1分で、僕も僭越ながらコメントを送らせてもらった。 今回僕が送ったコメントの概要は、「本IT戦略案は、ハードウェアの視点からの議論に偏りすぎている。今後のIT戦略に考えるにあたり、戦略的なソフトウェアの研究開発と利活用の問題を検討する必要がある」というもの。このような指摘をしたのは、単に僕がいまソフトウェア戦略に関する研究を進めているから(笑)。というのは半分冗談だが、半分は大マジメである。 今回の「IT新改革戦略」にも書いてあるように、「e-Japan戦略」と「e-Japan戦略Ⅱ」の5年は、キャッチアップの戦略だったわけで、とにかく欧米並みのITインフラの整備が最優先だった。それは自ずとハードウェアとしてのITをいかに普及させ、幅広く活用してもらうようにするかという意図が前面に出てくる。上にも書いたように、それはそれで大きな成果をあげたことは疑いようのない事実である。 しかし、これからの5年を考えるにあたって、引き続きハードウエアとしてのITの開発と整備・普及が大切であることは変わらないが、今回はソフトウェアの問題ももっと掘り下げて扱うべきだろう。 ソフトウェアと言えば、WordとかExcelなどのアプリケーションソフトや、ドラクエやFFなどのゲームソフトが一般的には一番分かり易いが、少し考えてみれば、現代の僕らの生活のほぼすべての場面で何らかのソフトウェアにお世話になっていることにすぐ気付くはずだろう。家電製品、ケータイ、車、電車、etc. これらに内蔵されている組込みソフトウェアが不具合でちょっとでもおかしな動きをすれば、僕らはたちまちパニックに陥ってしまうだろう。それほど僕らの生活はソフトウェアに依存しているのだ。 そんななか、今回の「IT新改革戦略」の内容は、依然ハードウェアをベースにした提案が多い。繰り返すが、ハードウェア的なITインフラの整備は今後も継続的に進めていく必要がある。ただ、それに加えて、その先進的ハードウェアを活かし、また僕たち生活者のニーズに的確に応えるようなサービスを提供するためのソフトウェアの開発支援や導入推進についての議論があって然るべきだと思うのだが、文中ではほとんど触れられていない。 僕はそんなことをつらつら思いつつ、ひとまずコメントとしてまとめて送ったわけだが、まあ当然のように、今回発表になった最終版に反映されるわけもなし(笑)。一応今回届けられたすべてのパブリックコメントとそれに対するIT戦略本部の考え方と対応をまとめた一覧表(PDF)を見てみると、僕のコメントに対する考え方と対応は「ご指摘の内容については、今後の政策の推進に当たっての参考の1つとさせて頂きたい」とのこと・・・。ふーん。 しかし、今回発表になった最終版を読み直していて、上記のソフトウェアの問題に加えて、もう一つ盛り込んで欲しかったなぁと思った点がある。それは、「参加のアーキテクチャ」の視座である。 この「IT新改革戦略」における大きな理念のひとつとして、「利用者・生活者重視」というものがある。これは、主にこれまで供給者の視点から議論され、また導入・活用されてきたITを、それを実際に使う立場の視点で捉えなおし、より多くの生活者がITによる利便性の向上を実感できるようにするという意図がある。これは大いに賛成するところである。 しかし、そうした「利用者・生活者重視」という理念を実現するアプローチはどうかというと、これまでと何ら変わらないハードウェア重視のゼネコン的政策である。ハードとしてのITを問題領域にぶち込んだら解決するに違いないという安易な姿勢は、「道路や橋を作れば景気は回復する」という発想に通ずるものがある。これでは、生活者は「お上」の施しをただ待つだけの受身の姿勢のままである。 ここで思い出したいのが、IT、なかでもインターネットが僕たちに何をもたらしてくれたのかということだ。大げさに言うなれば、社会変革というものに対して、(特にここ2~3年の)インターネットの発展は「参加」することを可能にしてくれたのではなかったかということだ。 マクロレベルでの世の中の動きに対して、これまで僕らが持ちえる行動オプションは、「傍観」か「意図的無視」ぐらいしかなかったわけだが、インターネットの急速な発展と普及により、おぼろげながら「参加」というオプションを手に入れられるようになってきた。Googleをはじめとする検索エンジンやRSS技術の活用にによる広範な情報収集、ブログによる個人の情報発信、各種ネットサービスの活用による情報ハンドリングの圧倒的効率化などなど、インターネットによって情報の「収集」・「整理」・「発信」が強力にエンパワーされるようになった僕らは、一つの行動主体として、いろんな社会現象に「参加」できるようになった。そのひとつひとつの「参加」は極めて小さなものではあるが、その小さな「参加」の集合が、世の中全体に対して意味ある行動の束として、少しずつではあるが存在を認められつつあり、また少しずつではあるが世の中に影響を与えるようになってきている。 これがまさにオライリーが「Web 2.0:次世代ソフトウェアのデザインパターンとビジネスモデル」で述べた「プラットフォームとしてのウェブ(The web as a platform)」という視点だ。ブログや広告サービスなどのネット上の様々な機能やサービスを組み合わせて活用しながら(Mushup)、生活者が主体的に社会の営みに参加できるアーキテクチャ(社会的仕組み)を提供し始めているのが、いま現在のインターネットである。いまネット上でさかんに議論されている「Web 2.0」という標語も、単なる新しいネット技術/サービスの一覧なのではなく、そうした次代のインターネットに対する期待感をざっくりと一纏めにしたものだと僕は理解している。 今まさに僕らの目の前で沸々と湧き上がってきているこうしたITやネットの可能性、そしてそれをもとにした生活者の社会参加の視座が、今回の「IT新改革戦略」のなかには明示的には盛り込まれていないのは残念に思う。文中ではいろいろ具体的な政策が提案されてはいるのだが、上記したようにそれらの多くはハードウェア・ベースの解決でしかなく、生活者自身がその取り組みに自発的に参加することを誘発するような仕組みの提案はほとんど見えてこない。そうしたことから、今回の提案の理念や具体的施策の部分に、今後のIT社会がもっと具体的なかたちで僕らに提供するであろう「参加のアーキテクチャ」の視座を少しでも盛り込んでもらえたらなぁと、いま改めて読み直して感じている。 最後に整理すれば、今回発表になった「IT新改革戦略」を読んで、基本的な提案の方向性には賛同するものの、依然として強くハードウェアに依存した視点からの問題設定、そしてハードウェアをベースにした問題解決のアプローチに少なくない不安を感じた。そこで、僕はひとまず上記したように、(1)ソフトウェアの問題の重要性と、(2)「参加のアーキテクチャ」の視座の盛り込み、の2つを問題提起(というほどでもないけど)させてもらったわけだが、皆さんはいかがだろうか? 当たり前だが、もっと違う視点からの切り込み方もあるだろう。正直僕は医療分野の問題には詳しくないので、今回いろいろと提案されている医療分野の施策(レセプトの完全オンライン化など)について、正確に議論する力を持ち合わせていないが、もっと掘り下げて議論する必要はあるだろう。また、上で述べたソフトウェアの問題に関連して、ハードとソフトを融合させた各種ITサービスの開発と普及についても、もっともっと議論が必要だろう。例えば、日本にGoogleに匹敵する企業を今後5年内に育て上げるには、どんな環境整備と仕掛けが必要なのか、こんなことも考えてみても面白い。 今回発表になった「IT新改革戦略」は、いろいろ不備や問題もあるだろうが、それでも今後5年の日本のIT戦略を考える上で、幾度と無く振り返られる一つのメルクマール的資料になるだろう。ぜひ皆さんも一度軽く目を通して、ブログ等でこの国家IT戦略の議論に「参加」してみるのはいかがだろうか。 Posted by MK @ 01:05 AMPermalink | Comments (0) August 24, 2005
『デスクトップ検索とアテンション・エコノミー』
僕も含め、ネットに関連したビジネスや研究をしている人間にとって、検索エンジンサービス会社のGoogleのビジネス展開は、中学生にとっての人気アイドルタレントのように、熱烈な追っかけの対象になっている。この分野に身を置く者として、Googleの動きからはやはり目を離すことはできない。 そのGoogleが現在積極的に展開しているのがPCのデスクトップ(ディスプレイ画面)上に表示させる「デスクトップ検索ツール」サービスだ。このたび、その新しいバージョンである「Google Desktop 2」のβ版が公開された(現時点では英語版のみ)。 このテスクトップ検索というのは、小さなプラグインソフトをインストールして、自分のPC上に保存している各種ファイルからネット上の情報まで自由に検索できるようにするほか、メールの確認、スケジュール管理、リアルタイム情報の受信など、ユーザーのデスクトップ上の使い勝手をうまくパーソナライズしてくれる。Googleはこのテスクトップ検索ツールの展開では昨年10月に大手ウェブ企業では一番早く展開を始めたが、現時点でのアメリカにおける普及では「Yahoo!ツールバー」の後塵を拝しているようだ。 けど、今回の新しいGoogle Desktop 2はなかなか素晴らしい。特に、画面横に表示されるサイドバーには、メールの通知機能、To Doリスト、ニュースヘッドラインの表示、気象情報、株価情報、RSSフィード機能など、様々なものを追加・編集できる。僕の画面デスクトップには、To Doリストや時計・カレンダーなどを表示させるソフトをそれぞれ別々に入れているので、これを全て統一できることになる。使い勝手も良さそうだ。 この画面上のデスクトップのユーザーインターフェースは、これまでOS(WindowsやMac OSなど)が機能提供する領域だったが、ここにGoogleやYahoo!などネットサービス会社が「殴りこみ」をかけるように進出してきている。もちろん、Microsoftも「MSNサーチツールバー」を開発・公開し猛追しており、また次期Windows OSのWindows Vistaでは、上記したサイドバーのようなものが標準装備されるらしい。 いまや僕らの目の前にあるPCのディスプレイ上では、ハードウェア、ソフトウェア、ネットワークが複雑に絡み合いながら、ひとつの使用環境を実現している。この融合が益々進むことで、求める情報や機能がローカル(自分のPC内)にあるのか、グローバル(ネットワーク上)にあるのかなど気にする必要もなくなってくるのだろう。1980年代の創業時からSun Microsystemsが使っている「The network is the computer」というスローガンがいまや現実になりつつある。 ただ、いくらハード、ソフト、ネットワークが融合されようとも、ユーザーの情報行動やニーズにうまくはまらないと、結局商品/サービスとして市場に流通しない。特に、それが特殊な高機能ソフトウェアや先鋭的なウェブサービスではなく、日常的に使用するコモディティ(日用品)であれば、なおさらユーザーの利用パターンの「すきま」にうまく入り込まなければならない。 この意味で、画面上のデスクトップは、PCを使う上で定常的にユーザーの目に触れる場所であり、まさにこのスペースの奪い合いとして、Google、Yahoo!、MSという三大ネット企業がガチンコで戦っているのである。 結局のところ、ネット系に限らず、コモディティ商品/サービス市場では、生活者の3つの有限な資源の奪い合いが行われていると言える。すなわち、 (1) 生活者の「おサイフ」をめぐる競争 上2つはこれまでも自明のことである。限りある可処分所得をどのようなニーズ充足に割り当てるのか、また、1日24時間のなかで、どの時間のすきまで利用するのか、どの時間を減らして新しい時間を作るのか、日々生活者は悩んでいる。そして、それに対してコモディティ商品/サービス提供者は、その限りある生活者の「おサイフ」と「空き時間」をめぐって、熾烈な競争をするわけである。 さらに、今回のトピックに一番関連が深いのが、3つ目の生活者の「気付き」をめぐる競争である。産業社会の発展とともに世の中にモノが溢れるようになったのと同様、情報社会の進展により情報も溢れるようになった。毎日の生活で僕たちは、必要な情報もそうでない情報も、浴びるように受け続けている。現代の生活空間では、さまざまな情報が望まなくとも「プッシュ」されてくる。それに比べて、人間の認知能力、特に情報処理能力は一向に伸びないし、今後も伸びることはないだろう。その結果、人間が認知・処理できる情報は、世の中に溢れている情報の渦のほんのごく一部にしか過ぎなくなる。 というわけで、限界がある人間の認知能力=「気付き」をめぐって、情報ベースの商品/サービス市場は極めて熾烈な戦いがあるのである。こうした競争環境のことを、Davenportらは、「アテンション・エコノミー(認知の経済)」と呼んだ。 いままさにPCディスプレイ上のデスクトップは「アテンション・エコノミー」の戦いの舞台となっていることが良く分かる。資源に希少性があれば、そこにはおのずと市場が現れ、それをめぐる経済が出来上がる。PCユーザーの希少な認知能力をめぐって、デスクトップ上では、様々な情報が「認知されよう」と迫ってくる。 パッケージソフトウェア販売で大部分の収益が成り立つMSはウェブ上の商品/サービスの収益性などあまり気にしなくてもよいが、アクセス数に強く依存するウェブ広告料収入が収益の核となっているY!やGは、こうしたユーザーの認知獲得競争は、ビジネスの根幹といっても言い過ぎではない。ユーザーが目的ベースに利用する「コンテンツ」という競争の場とともに、その背景としての「デスクトップ」も競争の場となったのである。 このデスクトップ上の認知獲得競争は、ユーザーの情報ニーズ充足と、インターフェースのユーザビリティ確保が危ういバランスで成り立っている。デスクトップ上が遠慮を知らないプッシュ情報で溢れてしまうと、使い勝手はすこぶる悪くなる。逆に情報がまったくプッシュされてこないテスクトップというのも、静かだが味気ないものだろうし、ユーザーの潜在的な情報ニーズはまったく満たされない。 先日参加してきた学会でキーノートスピーチを行ったPaul Dourishは、そのスピーチのなかで「様々な空間と同様、人間とコンピュータのインターフェースはinformativeでなければならない」と言っていた。ここで彼が言う「informative」の意味を日本語に訳するのは難しいが、「単に情報として読まれたり処理されたりするのではなく、意味あるものとして経験されること(experienced as meaningful, not read or processed as information)」がinformativeということらしい。認知科学分野のアフォーダンス理論の考え方に近いと思われるが、人間の日々の実践(everyday practice)をより意識した概念化だと感じた。 まあとにかく、今回Google Desktop 2の公開で考えさせられたのは、「適度にinformative」な情報環境とはどのようなものなのか、またそうした環境を実現するツールやサービスとはどのようなものなのか、さらにはそこにどのようなビジネスモデルを絡めるのか、などということである。もちろんこうした問いかけに対して、答えなんてそうそう簡単に出るものではないが、巨大ソフトウェア会社、巨大ポータル会社、巨大検索エンジン会社ががっぷり四つに組んで争うデスクトップ検索市場において、そうした情報利便性とユーザビリティの両立の問題、そしてそこに絡む経済原理の問題が見え隠れするのである。 テスクトップ検索に限らず、様々なウェブ関連商品/サービス市場おいて、アテンション・エコノミーにおける競争はますます熾烈になっていくことだろう。テレビ等のマス媒体が広告主に宣伝の場所と時間の「枠」を切り売りするように、僕たちネットユーザーも自分たちの希少な認知の「枠」をどのように切り売りするのか、ゆくゆく考えなくてはいけなくなるのかもしれない。 僕個人としては、一ユーザーとしても、一研究者としても、いまはとにかく試行錯誤しながら自分なりの「informativeな情報環境」をつくり、それを身を持って「経験」していくしかないと思っている。というわけで、僕が今回Google Desktop 2を使い始めてみる長い長い理由と屁理屈でした。 Posted by MK @ 01:04 AMPermalink | Comments (2) August 10, 2005
『Stay hungry, Stay foolish』
おそらく本Blog史上初めての3日間連続更新!!! というか、これまたちょっと遅ればせながらだけど、ぜひともここでも取り上げておきたいので、簡単に紹介したい。 何かというと、米Apple Computerの共同創設者で現CEOのスティーブ・ジョブス(Steve Jobs)が、今年6月に行なわれたStanford Universityでの卒業式で行なった祝賀スピーチである。これがウェブで公開されるやいなや、Macユーザーのみならず、多くの人の心を打って話題となっている。 ●スティーブ・ジョブスのスピーチ PLANet blog (日本語訳) 僕のまどろっこしい説明や講釈などジャマになるだけだ。ちょっと長いけど、日本語訳で良いのでぜひ読んで欲しい。いろいろと考えさせられるとっても良いスピーチだと思う。 Stay hungy, stay foolish. ・・・そう、そうなんだよね。胸の奥にズシンと響きます。 Permalink | Comments (1) April 11, 2005
『Blogのこれまでとこれから』
OCNが運営しているBlogサービス「ブログ人」の1周年記念企画で、Blogのこれまでとこれからを様々なキーパーソンが語る特集をやっている。なかなか面白いので紹介したい。ちなみに、今後も随時記事がアップされる模様。 第1回目のテーマは「データで見るブログこの1年」。先日参加してきたET研究会で、ブログ人を運営している某氏と、この記事にも登場しているテクノラティ・ジャパンのY氏が色々相談していたのはこの企画だったのだろう。感覚的に語られることが多い昨今のブログブームにしっかりとしたデータ根拠を与えてくれている。メチャ助かる。けど、このところET研究会には予定が合わなくて参加できていない。メチャ残念。 第2回目は「ブログとメディア」。CNET Japanの御手洗氏とタワーレコード社長でbounce.comの運営会社の社長でもある伏谷氏の対談。個人的には、現時点ではこれが一番興味深かった。うちの3年生ゼミでの恒例としてまずやるのがタワーレコードのケーススタディ。TRは店舗販売を拡充させるべきのか、新たなチャネルを創るべきなのか、そのための課題と解決法とは・・・、なんてことを学生と一緒にいろいろ考えるわけなのだが、そのヒントがこの記事にもいろいろ隠されている。伏谷氏にはぜひ一度お話を伺いに行きたいなぁ。 第3回目は「ブログというCGM(Consumer-Generated Media)と広告の微妙な関係」。書いているのは、ウェブ広告の世界ではタカヒロノリヒコ氏と共に方々で引っ張りだこのAd Innovatorの織田浩一氏。タカヒロ氏の言葉でいう「experience」のメディアとしてのインターネット、そしてそれを強く志向するブログをはじめとしたCGMの活用・実践が拡がる背景を知ることができる(追記:タカヒロさんもやっぱりこの記事のことをBlogに書いてた(笑))。 明日(4/12)には第4回目の「企業がブログをつくるワケ」の記事が掲載予定で、全部で8回分あるようだ。注目して読んでいきたい。皆さんもぜひ。 Posted by MK @ 12:09 PMPermalink | Comments (0) January 12, 2005
『日米IT企業の「戦略の同質性」』
新年早々、いつまで持つかわからないけど、Blogの更新頻度上げる努力をしてみたいと思います。 CNET JapanのBlogで有名な梅田望夫氏の産経新聞「正論」欄の記事から。 【正論】IT産業の潮目が読めぬ日本勢 モノづくりの強さ過信を危惧す (Sankei Web) 相変わらず時代の切り取り方が上手い。この記事の内容に続いて、梅田氏のあたまの中には様々なシナリオや仮説があるのだろうけど、そこまでは書いていない。しかし、昨年のeビジネス環境を振り返るにあたり、ひとまずの分かりやすい見取り図を与えてくれる。 ただ、梅田氏の意見は、まさに「正論」なわけだが、ところどころで違和感も感じる。 一番気になったのが、分析の視点が、国レベルと企業レベルでコロコロと変わるところ。IBMやレノボなどの個別企業の話をしながら、最後には「日本は・・・」、「アメリカは・・・」となるのである。インターネットの「あちら側」と「こちら側」という表現は良いが、それに対する姿勢は当然ながら個別企業ごとに異なるはずで、そこに様々な個別企業のビジネス戦略が絡むと、「日本」というユニットでは議論を整理できなくなるのは当然だ。 モノづくりの世界としての「こちら側」に没頭する日本、とあるが、それはあまりに十把一絡げというものだろう。もちろん、Googleに匹敵するような「あちら側」プレイヤーは日本には存在していないが、まだまだ旧態依然ながらも「コンテンツ」という見えないどじょうを追いかけ始めた国内メディア産業もある。IBMやレノボに関するニュースも、極めてシンボリックなニュースだったが、そこからいきなり議論を国レベルに持ち上げるのは乱暴なように見える。 ただ、梅田氏のこの記事は新聞に掲載された一般大衆向けのものなので、あえて分かりやすい表現や問題の切り取り方をしている。それを踏まえて、もはや国というユニットでIT産業やeビジネスを見ることの危うさは、梅田氏は十分すぎるほど分かった上での記事だというように理解すれば、この記事で梅田氏は、あえて「あちら側 vs. こちら側」や「Google vs. 東芝・富士通・NEC」という目を引きやすい(が、多分にミスリーディングな)図式を持ち出して、日本の経営者や政策立案者たちに「(モノづくりに注力するという)目の前の最適解が長期的にベストな戦略ではないかもよ」ということを知らせたかったのではないだろうか。 「選択と集中」の標語のもと、「日本の得意分野で頑張るしか生き残る道はないのだ」という脅迫めいた経産省あたりからのメッセージを受け取った国内IT関連企業の経営者たちは、当然オートマティックに「俺たちはやっぱモノづくりでしょ。しかもすり合わせで作るっきゃないしょ」という結論に行き着く。 しかしながら、インターネットの怖いところは、それまでの産業構造や市場セグメントを崩してかき混ぜてしまったことであり、音楽配信ビジネスに見られるように、これまで競合とも思っていなかったプレイヤーと、同じ生活者の限られた財布を巡って争わなければならなくなったことだ。競争の軸が変われば、これまで重要と考えられていた説明変数が突如として意味をもたなくなり、そして問題の本質に気がついたころには、競争のステージは次に移ってしまっており、その製品や事業はいかにゆるやかな死を迎えられるかという点でしか語る意味がなくなる。これは、まさにクリステンセンがいう「イノベーターのジレンマ(The Innovator's Dilemma)」であり、「破壊的技術(Disruptive Technology)」に対する対応戦略の難しさである。 情報環境がますます整い、生活者の目の前の製品やサービスはコモディティ化の道をスピードを上げながら進んでいく。変化の緩やかな競争環境では、いまいる産業の枠組みを前提にして、競合に対しいかに優位な「ポジション」を取るかという戦略が功を奏したが、競争の枠組みそのものが変わる環境では、保有する資源を基に「模倣困難性」を高めるべきというのが、バーニーらの資源ベースの戦略論(Resource-based View of Strategy)だが、この意味では、Googleも東芝も富士通もNECも、愚直にこれを実践しているまでだ。 Googleは、生活者間の情報流通の流れを、検索というフェーズで切り取り、それを圧倒的な技術力を持って囲い込もうとしている。確かに、Googleという「あちら側」の企業も、収益の源泉は広告という「こちら側」で作られた従来産業の枠組みでしかないという意見(from 切込隊長Blog)もある。その通りだろう。しかし、Technology-orientedな差別化戦略は競合に容易く模倣されてしまうので危険だという従来型の戦略論の真逆を行くGoogleの超Technology-oriented戦略は、それが構築されてしまった今では有無を言わさぬ説得力を持ち、「こちら側」のプレイヤーが掴んでいた生活者の財布を強引に横取りするようになる。 国内のIT関連企業も、自分たちの競争優位な資源をもとに戦略を立て、当然現時点での強みである「モノづくり」に回帰しようとする。欧米のプレイヤーには模倣が難しい「すり合わせ」型のモノづくり戦略で勝ち残ろうとする戦略である。この意味では、Googleと国内企業の「戦略の同質性」のほうに着目すべきではないかと思う。 梅田氏は、「あちら側」「こちら側」という分かりやすい隠喩を用いながら、日米IT関連企業の「戦略の同質性」ゆえに、異なる市場セグメントで棲み分けることなどムリで、インターネットにより「ガチャガチャポン」された産業構造の中、いずれ思わぬフィールドでガチンコ勝負することもあるのだから、「あちら側」「こちら側」という事前規定そのものが意味がないのだ、と逆説的に言いたいのではないか。 「リアル vs. バーチャル」、「モノの経済 vs. 情報の経済」という区分けは分かりやすいが、経済活動のなかで交換されているのは、何らかのサービスとその対価としての何か(多くの場合カネ)であり、その交換の仕組みやプロセスが「リアル」か「バーチャル」であるかはあまり意味を持たなくなってきている。金融業はもちろんのこと、「リアル」な商品を扱う物販の世界ですら、もはや情報サービス産業となっている。だからこそ、「モノづくりの強みを過信し、そこにしか生き場所がないと自己規定するあまりに『こちら側』に没頭する日本企業」や、それ以上に、そうした戦略志向を企業に促すような政策メッセージへの警鐘なのではないかと(極めて勝手に)思った。 長くなったが、梅田氏のこのような記事(とそれに対する切込隊長のエントリ)を読んでいろんなことを考えさせられたわけで、けど、自分自身でまだまだ整理できなくていて、かなりムズムズした感じではあるが、このBlogの(前回の年賀エントリを除いて)今年はじめてのエントリとして紹介するに相応しいものであると強く思ったわけである。 けど、柄にもなくこんな長文エントリをいきなり年初から書いてしまい、ちょっとマズイなぁと思う次第でもあります・・・。 P.S. Permalink | Comments (0) November 02, 2004
『音楽業界とP2Pファイル交換の新たな関係へ?』
新学期が始まり、早くも一月が経ち、このBlogも1ヶ月近くも更新されないまま・・・。というのはやはり良くないので、久しぶりに時事ネタでも。 「ソニーBMG、ファイル交換ソフト会社と提携検討」(Asahi.com) いや~、とうとう来ました。いつか来るとは思っていましたが、思ってたよりは早かった。これまで強烈な敵対関係にあった音楽業界とP2Pファイル交換会社が、新たな関係構築への小さく、そして大きな一歩を踏み出したように思う。 音楽業界には新たなビジネスモデルが必要だ、なんて言われるようになってからもう随分経つけど、いまだに解決の糸口さえ見つかっていない。著作権侵害を助長させたとして音楽業界から訴えられていたP2P関連企業だが、ひとまず「技術は中立」という判決が出て落ち着きを見せ始めている。しかし、そのことで問題が解決されたとは到底言えない。 これまで音楽業界は、音楽という「情報」をレコードやCDといった「物財に帰着」させることで、収益を上げる仕組みを築いてきた。しかし、ネット環境の急速な発展とP2Pファイル交換技術の普及で、その「情報」と「物財」のつながりは解けてしまい、当然その結果これまでの収益モデルも崩れようとしている。 しかし、僕らは既にP2Pという「パンドラの箱」を開けてしまった。もちろん、このP2P技術そのものは、使い方次第で薬にも毒にもなる「中立」的なものである。しかし、これまでの「物財帰着」型の情報ビジネスは、その前提条件を変えられてしまったことは明らかであり、いまさらこの流れを戻すこともできない。 というわけで、音楽業界の話に戻すと、話はハナっから「いかにP2Pとうまく付き合っていくか」ということで進む方向は見えている。しかし、そうしたムードに音楽業界が変わるまでもう少し時間が必要だと思っていたところ、冒頭のニュースなのでちょっとしたオドロキだった。けど、依然「どうやって?」の部分は不明瞭だ。 新事業は「Mashboxxx」と呼ばれ、詳細はまだ固まっていないが、Sony BMGが保有する楽曲のプロモーション版を無料でダウンロードできるほか、有料でライセンス版を購入できる形になると、この合弁事業に詳しい筋が匿名を条件にAssociated Pressに語った。 (中略) このほか複数の業界筋が、Sony BMGとGroksterが著作権付き音楽ファイルを無許可で交換する行為――音楽業界はこうした行為が売上の足を引っ張っていると主張している――を伴わない新しい事業モデルを模索していると認めている。(上掲ITmedia記事) 言ってしまえば、これもありきたりの話で、中身は別段新しくもなんともない。P2P経由の流通はプロモーション目的、収益はDRM技術付きのデータで確保するという感じ。2002年、アメリカではCDの総販売数の2.6倍の曲がP2Pで無料ダウンロードされたのに、CD売上は「たった」6.7%しか落ちていない(レッシグ「Free Culture」から、類似情報)という話もあって、P2P経由の流通にはかなりのプロモーション効果があるとも言える。けど、その効果はまだまだ未知数だ。 それに、ライセンス付きの音楽コンテンツの有料販売に関しても、いまのようなフォーマットやDRM技術の乱立状態では、これまでの収益モデルに取ってかわるようなモデルに発展しない可能性もまだまだある。DRM技術規格の統一化への動きも出てきているが、ここがクリアされないと音楽業界の足並みが揃うことはないだろう。 いまの音楽配信ビジネスは、大成功しているAppleのITunes Music Storeでさえ、コンテンツ販売では収益は出ず、再生プレーヤーのiPodのハードの収益で支えるという微妙なビジネスモデルのうえに成り立っている。当然ながらこのモデルはAppleにしかやれないわけで、音楽業界全体がこのモデルで救われるわけもない。 結局、P2Pという新しい「技術」によって生まれた問題は、DRMという「技術」で解決するしかないという現代社会のお決まりのループたが、その新しい「技術」もまた新しい問題を生むわけで、なんとも鬱な気分になる。けど、それしか方法が無いことも僕らは暗黙的に知っている。 とにかく、今回のこのニュースは、このような状態からちょっとばかし前進したような気にさせてくれるニュースであることは確かだ。行き先に何があるのかは、依然分からない(恐らく誰にも)。けど、僕らはそうやって一歩一歩進んでいくほかない。 Posted by MK @ 05:23 PMPermalink | Comments (1) March 05, 2004
『さようなら、Vodafone...』
年初からの懸案だったケータイの買い替えを昨日ようやく済ませた。 昨年3月に日本に戻ってきてすぐに購入してこれまで使っていたのは、ボーダフォンのパケット非対応の激安端末だったが、昨年後半ぐらいからケータイからのネット接続頻度が劇的に高まり(スケジュール・メール確認など)、さらに今年に入ってから早くもバッテリーの持ちが悪くなってきたので、年初からいろいろと新しい端末を物色してきた。 ところで、僕が初めてケータイを買ったのは、サラリーマン1年目の1995年の秋のこと。キャリアは今は亡き東京デジタルフォンで、端末はこれも今は亡きケンウッドのものだった。その後、ロンドン留学時代には、現地でVodafoneのNokiaの端末を使っていた。そして昨年日本に戻ってきてすぐにJフォンに再加入し、それが秋にボーダフォンに変わった。こうやって振り返ると、Vodafone系にずっとお世話になってきたことになる。やはり、それなりに思い入れはある。 しかし・・・、である。今のVodafone。ちょっとヤバイんでないですかい? 英Vodafoneによる日本テレコム買収、そして長距離部門の切り売り、ケータイ部門への経営特化、という一連の経営変革に多大な労力と時間を割いてきた結果、NTTドコモやauと比較すると肝心の端末開発やサービス拡充が後手後手になってしまったのは明らかだ。ようやく最近になって、価格面でのサービスを拡充しているようだが、端末のお粗末さは覆い隠せないばかりか、「いまさら感」アリアリである。 僕も最初は今回もボーダフォンの端末を選ぼうと思っていたんだが、あまりに魅力的なものが少ない。Vodafoneの第3世代(3G)サービスであるVodafone Global Standard(VGS)にかなり期待してたんだけど、なにせ新しい端末がいっこうに出てこない。ケータイ端末の世界トップメーカーNokiaのオサレな3G端末がVGSからこの春に出るとの報道があったので、これを待っていたのだが、その後まったく音沙汰無し。もう待ちきれまへん。 ということで、節操の無い僕はあっさりと今一番勢いのあるauに乗り換えることにした。さようなら、Vodafone。こんにちは、au。 ほんでもって、どうせ買うなら一番目新しいものをということで、ブロードバンド定額料金サービスのWINのものにすることにした。端末は京セラのW11Kというやつ。auのデザインプロジェクトの一環の商品で、INFOBARも手がけた深沢直人氏のデザインだそうな。僕が買ったのは白いヤツだが、この端末のイメージカラーは鮮やかな赤で、しかもその特徴的なデザインから、ある筋では古典的ロボットアニメのキャラの名前で呼ばれているそうな。ちなみに、僕もバッチリのその世代の人間です・・・。 そういえば、深沢氏が最近まで日本の代表だった世界的デザイン会社IDEOの日本事務所は、僕の前の職場のビルに入っていた。今や時の人となってしまった深沢氏ご本人とは仕事でからむことは結局なかったが、今の代表の佐々木千穂氏にはとってもお世話になった。佐々木さん、ご無沙汰してスミマセン・・・。 というわけで、さようなら、Vodafoneということになってしまったわけだが、この会社、これからどうなるんでしょ? 上記したような割引サービスの展開や販売面のテコ入れなどでコストが上がり、2004年の業績見通しを下方修正することになった。グリーン社長の発言もなんか弱気に聞こえるし、導入に向けて議論が進んでいるナンバーポータビリティが実現した際には顧客大量流出ということにも・・・。電話番号などに執着しない僕なんかは既に流れはじめているわけだし。 既にあっさりと見捨てた僕が言うのもなんだが、ボーダフォンには、ゴーン氏によって復活した日産と同じように、徹底的なコスト削減と魅力ある商品の開発を推進し、写メールで日本のケータイ市場にイノベーションを起こしたかつての勢いを取り戻して欲しいと切に願う今日この頃である。大きなお世話か・・・。 Posted by MK @ 04:09 PMPermalink | Comments (0) February 12, 2004
『今度は、ComcastがDisneyに買収提案!』
なんかスゴイニュースが続くなぁという感じで、なんと今度は前回取り上げたDisneyが米ケーブルテレビ最大手のComcastから買収提案を受けちゃった。ということで、珍しく更新頻度が上がっている本ウェブログ。 Disneyは既にテレビ局のABCやESPNを傘下に持っているが、これをケーブルテレビのトップ企業が買収するとなると、いまのDisney単体ですら十分巨大メディア企業なんだから、そりゃぁもう巨大なんてもんじゃない。記事にもあるけど、まともに相手できるのはAOL Time Warnerぐらいだろう。 なんかスゴイ時代になってきたなぁ、という感じがする。デジタル化の進展により放送・通信などのメディア産業は垂直統合から水平統合の時代に移ってきたなんて言われてるけど、いま実際に起こっているのは、垂直とか水平とか関係なく、全体統合的なメディアコングロマリットの出現のようだ。コンテンツの制作から流通まで一貫してメディア企業が押さえる流れが強まると同時に、横の市場でみると寡占状態に近づきつつある。 今回のComcastによる買収提案がDisneyの経営陣や株主、そして政府当局に受け入れられるかはまだ不透明だが、こうしたアメリカの動きを横目に見ながら、日本のメディア産業の変革はやはり一歩も二歩も遅れているような気がする。う~ん。
MTを使い始めて間もないので、新しい発見やオドロキが続出。そのなかでも、このポスト内でリンクを張ったCNet Japanの記事へ自動的にTrackbackが送られてしまった。これは、CNetの記事がTrackbackを受け付けるようになっているのと、こちら側のMTの設定で何の気なしに「Trackback auto-discovery」をオンにしてたからなのだが、記事のTrackbackのトップに入ってしまったようだ・・・。つまんないポストなのに・・・。恥ずかし・・・。 CNetのTrackbackに関する方針は、編集長の山岸氏のウェブログに書かれているが、この方針に対する辛口の評価(1、2)もある。いやいや、まんまとレベルの低いTrackbackの良い例になってしもうた・・・。 とは言いつつも、恥ずかしながらTrackback auto-discoveryはしばらく続けてみようと思う。このウェブログの意図も遅ればせながらのウェブログの社会的・ビジネス的意義の体験的調査なのだから、Trackbackの効果や功罪などを自ら試していきたいなと。 それに、そもそもウェブログサイトの「レベル」とか「質」とかなんなのかという問いにも体験的にせまって行きたいと思う。ウェブサイトに関しては、Yahoo!のような一定の評価コードに基づいた(独断的な)ランク付けや、Googleのページランクの考え方などがあるが、ウェブログに同様の評価システムが適しているのかどうか。 ウェブログは、情報共有の一手段としてネット上の相互ハイパーリンクの促進メカニズムとして機能しており、その結果として氾濫する情報がさらに並列化・同質化し、これまでの情報流通のヒエラルキーが崩れるという流れをさらに強めている。これは、東浩紀氏が「データベースモデル」と呼ぶものだろうが、そうした「データベース」構造を促進するウェブログそのものに対してもランキングのような序列構造を与えるということの意味は何なのか・・・。またゆっくり考えます。 というわけで、今後もここからアホなTrackbackがいろんなところに飛びますが、まあ笑って見てやってください。けど、批判コメント祭りはご勘弁を。 Posted by MK @ 03:10 PMPermalink | Comments (0) February 09, 2004
『Disney、コンテンツ配信・保護でMicrosoftと提携』
ちょっと前にIT業界における提携戦略の重要性を書いたけど、きましたきました。新たな大型提携ニュース。メディア業界の巨人、Disneyがデジタルコンテンツの分野でMicrosoftと提携することになったそうな。 Disneyはアニメーション映画の制作において、AppleのCEOのスティーブ・ジョブスが経営するPixarとの提携関係を解消する発表を行ったばかりだが、一般コンシューマ向けコンテンツビジネスへの本格参入を狙うMSとの思惑とうまく合致したようだ。DisneyはMSからデジタルコンテンツの配信・保護技術の供与を受ける。 言わずもがな、Disneyは米メディアビジネスの本拠地ハリウッドを代表する企業だが、そのコンテンツの世界的知名度とブランド力に関して比肩するライバルすらいない。Disneyは自社のコンテンツの著作権保護に対して多大な関心と労力を割いてきたが(参照:1、2)、そのDisneyがIT業界の巨人であるMSと組んでデジタルコンテンツの配信の保護に本格的に乗り出すことの意味はとてつもなく大きい。 とはいえ、この提携は独占的・包括的ではない比較的緩やかもののようなので、実際にはそれほど明確な提携の成果はあがってこないかもしれない。しかし、いずれにせよ一般コンシューマに対して強烈な影響力を持つ両社なので、今後の動きを注意深く見守りたいなと思う今日この頃である。 Posted by MK @ 05:40 PMPermalink | Comments (3) |
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