|
February 10, 2008
『実践主義の経営学に向けて:冨山和彦著「会社は頭から腐る」』
この本は産業再生機構の専務取締役COOだった冨山和彦氏の渾身の著作である。冨山氏は産業再生機構のすべての案件に関わり、現場を取りまとめる総責任者であった。2003年から2007年までの約4年間、冨山氏が具に見てきた経営の「修羅場」が、圧倒的なリアリティをもって描かれている。 この本は発刊から既に半年以上経っているので、既に読んだ人も多いと思う。僕も冨山氏の名前は当然知っていたし、この本の存在も知っていた。が、手が伸びなかったのである。僕はこの手の良く言えばキャッチー、悪く言えば趣味の悪いタイトルの本が嫌いで、「どうせコンサルタントの自慢話に毛が生えたエッセイ本だろう」と勝手に思い込んでいたのである。 しかし先日、ふと立ち寄った本屋でこの本を目にして、「ああ、あの本か」と思いつつ、何の気無しに手に取ってペラペラと読み始めてみたら、なんと一気に引き込まれてしまい、速攻レジに持っていった。普段ならハードカバーの本でも1時間もかけずに読んでしまうのだが、なぜかこの本はそうしてはいけない何かを感じ、自然にゆっくりゆっくりと読み込んでしまう自分がいた。
この本にはいくつもの印象的なフレーズがある。 「人も組織も、インセンティブと性格の奴隷である」 この本には「再生の修羅場からの提言」というサブタイトルが付けられている。まさにこの一言に尽きる。産業再生機構でカネボウやダイエーなど計41社の再生支援案件の「修羅場」を生き抜いていた冨山氏の言葉には、教科書的な経営理論などまったく空虚なものにしてしまう冷徹なまでのリアリティがある。 この本を読んで改めて思ったのは、経営学という学問分野にいる研究者の仕事は、本当にリアルな経営のリアルな現場で役に立っているのだろうか、ということである。 経営学には、数多くの「理論」と呼ばれるものがある。現代の社会科学において主流である論理実証主義(Positivism)に基づいて正当化(Justification)された概念枠組みである。それらのなかでも、実際の経営に対して多くの示唆や知見を与える有名な理論もある。 しかし、これらの経営理論はすべて「後付けの理屈」にしか過ぎない。現場の経営者やマネージャー達が自分や自らの組織を生き延びさせるために、日々悪戦苦闘しながら、手探りの試行錯誤のなかで見つけてきた「修羅場」を生き抜く術を、後から可能な限り客観的な視点と手法で調べて分析し、他の多くの人にも理解可能・実行可能なかたちに「言語化」する作業が経営学者の仕事である。その意味において、経営学者とは歴史家であり、翻訳家でもあるとも言える。 ただ、そうした経営学者の仕事やその成果物としての経営理論が、いま本当に実際の経営の現場にいかほどに役に立っているのかと問えば、大きな疑問符が目の前に立ちはだかるのである。特に、経営の危機に瀕し、いままさに生きるか死ぬかの瀬戸際にある企業に対して、現代の経営理論がどれほど手助けになっているのだろうか。 企業再生の「修羅場」をくぐり抜けてきた冨山氏が語る経営学や経営哲学は、驚くほどにシンプルである。「戦略とは仮説であり、実行のなかで検証し、絶えずフィードバックを繰り返しながら修正をしていく」というものだ。 「経営という社会科学の世界は、実験室で実験して効果を証明することができない。どれだけシミュレーション技術が発達しても、人間が介在する行為を完全に予測することはできない。そのため戦略の有効性を検証する唯一の方法は、実行してみることだ。実際にやってみるしかない。だから戦略が重要になるのである。戦略は正解を用意してくれるものではなく、あくまで仮説である。この仮説があるからこそ、正しい検証が可能となる。仮説なき実行は、宝くじを引くようなもので、当たるか外れるかは運次第となる。そしてほとんどの場合、宝くじのごとく当たらない。これでいいのなら誰でも経営ができてしまう。どのくらい精緻でかつ検証に有効な戦略仮説が立てられるかが、すなわち経営である。 冨山氏曰く、戦略はこれ以上でもないし、これ以下でもない。だからこそ、この戦略を実行する「人」が極めて大事なのだと説く。 「経営はとにかく人である。人の動きがすべてである。人の行動を支配している動機づけやその人の人間性と、組織として追求しなくてはならない目的や戦略とが同期するとき、両者は最小限の葛藤で最大限の力を発揮する。より多くの割合でこの同期が達成されれば、その組織はより大きな力を集団として発揮する。これができれば経営者自身も含めて個々には弱い人間の集まりを、企業体として極めて強力な戦闘集団として昇華させることが可能となる。しかもそれを市場や競争、技術革新、規制といった環境要因の変化に対応しながら持続的に行わなければならない。これがマネジメントなのだ。(中略) こうした主張は当たり前のことをただ繰り返しているだけかもしれない。しかし、自らもトップとして企業経営の経験があり、尚且つ企業再生の「修羅場」で繰り返し自分の経営理論を検証してきた人の言葉には有無を言わせぬ重みがある。 僕も含め、経営学という領域で研究や教育の仕事に従事している人間のうち、どれほどがこの冨山氏の言葉のような重みをもって経営理論や経営哲学を述べ、且つそれを必要とする人に届けられているのだろうか。自らを偏狭な学問領域に閉じ込め、偏狭なアカデミアの内側での評価にばかり気を取られるような経営学とは、いったい誰のための学問なのだろうか。 そんな自己否定に近い思いを、この本を読んで強く持ったわけなのである。 敢えて批判を覚悟で言わせてもらえれば、経営のリアリティ、特に、人の暖かさと冷たさ、強さと弱さ、深さと浅さ、そうしたアンビバレントな人間のリアリティに根ざさない経営理論など、空虚な屁理屈でしかない。理屈はいくらでも頭に入れることができる。しかし、それが実際に使えなければ屁理屈でしかないのである。 では、そのような実践主義(Pragmatic)の経営理論とは、はたして構築可能なのだろうか。もし可能だとすれば、どのようにすれば構築できるのだろうか。残念ながら、今の僕には十分に答える力も経験もない。ただ、これまでずっと探してきたし、これからも探し続けていきたいと思っている。 この冨山氏の本を読んで、こうした僕自身の経営に対する興味や、経営学に対する関心や、仕事に対する動機などを、改めて思い直すことができた。できることなら、もっと早く読んでおくべきだったと悔やむばかりである。 出版社の方々、お願いですから、こういった中身のある本に砕け過ぎたタイトルは付けないようにしてください。手に取るのが遅れてしまいます(笑)。 この本、ビジネスマンはもとより、いま経営学を勉強している学生や企業経営に興味がある学生たちにぜひ読んでもらいたい。安っぽいハウツー本や就活本を読むより100倍勉強になると思います。
Permalink | Comments (2) June 25, 2007
『ネット上のサービスの行き着く先は無料モデルか?』
KGの先輩であり、いまやネット業界の有名人となったタカヒロノリヒコさんのところからのネタパクリ。 「ネット上のサービスの行き着く先は無料モデル」 from mediologic.com インターネット上のサービスというのは、最終的には広告ビジネスに行き着く、というのが僕の持論。 いや、そうは思わない。タカヒロさんの慧眼にはいつも学ばさせることばかりなのだが、この点に関しては恐らくタカヒロさんと僕の意見の一番の相違点ではないかと思う。議論のために尊敬する先輩に敢えて噛み付いてみたい。 ここでタカヒロさんが、「ネット上のサービスの行き着く先は無料モデル」と言いつつも、全てのネットサービスが広告ベースの無料ビジネスになると言っているのではないことは百も承知である。ただ、「最終的には・・・」という表現は、ネットサービスのビジネスモデルのある種の理想型が思い描かれているのではないかと推察する。 あらゆるものが“無料”ないしはそれに近いプライシングで提供されなければ、使う人が集まらない世界なので。そのため、monetizationには広告モデルが欠かせない。 ここで、「無料」と「それに近いプライシング」との間には、理論的にも現実的にも極めて大きな隔たりがある。 消費者は、何らかの商品やサービスに対して、幾分かの価値を感じ取って、それに対して納得し得る対価を支払う。多くの場合、それは金銭の支払いによってなされる。この消費者の価値判断のフィルターを通じて、商品/サービスの淘汰が行われ、それに応じて商品/サービスの提供者の開発・改善努力が促され、結果的に「より良い(better)」な商品/サービスがより多く世の中に流通するであろうというのが、古典的な市場経済の考え方である。 ここでの価格設定において、商品/サービス提供者としては、できるだけ自分の売物を高い値段で売りたいのだが、高く設定し過ぎると消費者には受け入れられない(超過供給)。逆に、安い値段に設定すれば、お客さんはたくさん集まるかもしれないが、それに応じた供給量を確保できなくなる(超過需要)。特に後者のケースは、商品/サービスの製造コストや流通コストの面で、やりたくても低価格を実現することは難しかったわけである。 しかし、いまこの情報ネットワーク社会のなかで起きているのは、この商品/サービスの流通コストが劇的に下がったということである。端的に言えば、ネットを通じてこれまでに無い範囲で潜在顧客にリーチできるようになったことで、価格を下げることが可能になった。さらに、商品/サービスがデジタル化すれば、商品/サービスの製造(複製)コストがゼロに近づくことも、商品/サービスの価格低下をさらに後押しする。 これがまさに「ネットワーク経済」であり「ロングテール現象」である。ひとつひとつの商品/サービスからは大きな売上が上がらなかったとしても、ネットを通じて大量の潜在顧客にリーチさえすれば、結果的には大きな売上になる。まさに、塵も積もれば山となるである。 ただ、ここで押さえておきたいのは、ロングテール化された経済において、商品が「無料」になったわけではないということである。たとえ10円だろうが100円だろうが、顧客は当該商品/サービスに価値を感じ取って支払い行為をしているわけである。 翻って広告モデルによる「無料経済」では、商品/サービスの便益を受け取る顧客が支払い行為をしなくなる。つまり、商品/サービスの便益の受益者が、その商品/サービスの開発/製造/流通/保守などの様々なコストをまったく負担しなくなるわけである。ここには、大きな経済の「外部性」が発生する。 この広告モデルは、20世紀の経済において最も重要な「発明」のひとつだと思っている。その重要性の高さを知るには、「もし広告が無かったら?」という仮想質問を考えれば十分である。この意味において、僕は現代社会における広告の重要性は十分以上に認識しているつもりである。 だがその一方で、この21世紀の現代経済のなかで、広告モデルにより支えられている領域が極めて限定的であることも認識する必要がある。2006年度の日本の名目GDPは約510兆円(速報値)、2006年の総広告費は約6兆円(電通調べ[PDF])。単純な比較はできない数字だが、それでも、事業運営の一部もしくは全体が広告収入によって支えられている経済は、全体の1パーセント程度でしかない事実は揺るがないだろう。 こうした商品/サービスの提供者と利用者の間に直接的な経済活動(支払い行為)が介在しない領域には、負の経済外部性(外部不経済)が発生しやすい。市場メカニズムによって劣悪な商品/サービスが淘汰されないからだ。 無料ビジネスの最たるものである民放テレビビジネスは、視聴者が支払い行為を行わずに番組を見られるために、視聴者の価値判断が商品(番組)の設計や開発に反映されにくい。視聴者の評価は、「視聴率」で計れるではないかと思うかもしれないが、この「視聴率」データは極めて不透明かつ独占的に決定されており、またタイムシフト視聴がここまで広がってきた今、そのデータとしての有用性に大きな疑問がある。少なくとも現在の民放テレビの「金太郎飴状態」を鑑みれば、この「視聴率」制度が優良な番組の選抜と劣悪な番組の退出を促すようにうまく機能しているかと言えば、否と答える人がほとんどではないだろうか。 話は戻って、タカヒロさんが引用した元ネタである無料音楽ダウンロードサービスの勃興についてだが、新規(alternative)のサービスが登場しつつあるという意味では歓迎する。しかし、ネット上の音楽配信ビジネスが軒並み無料サービスの方向に進むとは思えないし、進むべきではないと僕は考える。 この音楽サービスの支払い行為問題について、随分前に書いたことを今ふと思い出した。AppleのiTMSがサービスインした直後の2003年5月に書いたブログエントリーだ。ちなみに、この頃の僕のブログには各エントリーにタイトルさえない(笑)。 前置きが長くなってしまったが、今回のAppleの音楽販売サービスの話だが、ネット上における音楽データ流通に、できるだけ多くの人が参加できるように支払い行為を介在させようとする試みを本格的に始めたという意味で、僕は支持したい。 僕の基本的スタンスはこの頃からほとんど変わっていないようだ。違法な無料音楽ダウンロードが跋扈していたこの頃に、1曲99セントという価格設定で消費者に対価を「支払わせる」仕組みを提供したAppleのこの戦略は、この後大成功を収めたのは言うまでもない。Amazon.comと並んでロングテール現象の代名詞となったこのサービスは、今ではアメリカで第3位の音楽販売業者にまで成長した。デジタルコンテンツに対する対価の「支払い行為」を単純化・簡便化・顕在化させたことにより、(Mの取れた)iTSはこれまでネット経済だけでなく、リアル経済までも大いに活性化させたのである。 僕もこのiTSの事例ひとつだけで、ネットサービスの無料化の進展を全否定しようとしているわけではない。また、正直なところ、ネットサービスの無料化は今以上に多方面で広がっていくと思っている。 しかしながら、敢えてネットサービスの「最終型」を考えるのであれば、広告ベースの無料モデルではなく、超少額決済型のオンデマンド・モデルを描きたい。無料モデルは、所謂「公共財的な側面」の強い大手ポータルや検索サービスに留まるのではないか。しかし、そうしたポータルや検索サービスですら、公共財の定義である「非排除性」と「非競合性」を今後十分に担保できなくなってくるだろうから、ずっと先には無料サービスで無くなる可能性もある。 もちろん話はバランスの問題だってことは百も承知だ。有料モデルと無料モデル、その共存が一番現実に近いってことも分かっている。しかし、誤解を恐れずに言えば、いまネットの世界に必要なのは、ネット上の無料モデルを「当たり前」と思い過ぎずに、有益な商品/サービスに適切な対価を支払うという基本姿勢を思い返すことではないかと思っている。そうすることが、結果的には健全なネット社会ひいてはリアル社会の発展に繋がるのではないかと思っている。 最後は根拠のない完全な個人的思想になってしまった。まあ、これも僕の持論か。タカヒロさんともしばらく会ってないので、ぜひ今度お互いの持論についていろいろ議論してみたい。超多忙なタカヒロさんの時間をもらえれば(笑)。 Posted by MK @ 06:33 PMPermalink | Comments (2) March 30, 2007
『ETech 2007(かなりいい加減な)現地報告』
さあ、やって参りました。アメリカ・サンディエゴ。先日の宣言を盾に取って、この年度末の忙しい時期に無理して参加するO'Reilly Emerging Technology Conference、通称ETech 2007。このメモは最終日(3/29)に書いている。所用で今日のランチ後すぐに会場を離れなければならないので、その前に自分のためにも勝手気侭にメモを残しておこうと思う。
「Emerging Technology」というぐらいだから、ここにくれば「次のウェブ技術のトレンド」が見えていると思っていたのが、技術のコアなところはあまり詳しくない僕ですら、ほとんど知っていることばかりだったからだ。 今回、Zimbra、Yahoo! Pipes、Adobe Apollo、Amazon Web Servicesなどのプレゼンやデモがあったのだが、これらは日本でも前から注目されていて、いろんなブログで既に詳しくレビューもされている。正直、これらをいま「Emerging Technology」だと言われても「なんだかなぁ」という感じ。この辺の時差はアメリカと日本では本当に無くなったなぁと実感。
Web2.0の提唱者であるTim O'Reillyのキーノートスピーチも、もっとスゴいこと喋るのかと思っていたら、全然キレがない。初日(3/26)にTimとその周辺の業界リーダーたちが最近のウェブ周りの動向を丸一日延々と語る「O'Reilly Radar Executive Briefing」というものにも参加したのだが、脈絡無くずっと業界人のユルい世間話が続くばかり(といったら言い過ぎかな)。
そして、批判を覚悟で言えば、こんな内容がネット業界リーダーたちの最先端の内容なら、Web2.0なんて、本当に完全に終わったと思う。それこそTimが仕掛けた壮大なMagicだったのかもしれない。 本当に技術開発の最先端を知りたければ、ACMやIEEEが主催する学術系のカンファレンスに行ったほうが絶対良いと思う。去年僕も参加したICSE (International Conference on Software Engineering)のほうが新しい発見がいくつもあった。 こちらで出会った何人か日本人の人たちとも話したのだけど、みんなあんまり満足していないようだった。いまはO'Reilly のカンファレンスは、ETechだけでなく、Web2.0 ExpoやWhere 2.0などに細分化してしまっているから、相対的にETechの面白さが減ってしまっているのかも、と言っている人もいた。たしかにそうかも知れない。
そうはいってもやっぱり新しい発見はいくつかあったわけで、実際に聞いたプレゼンのなかから以下に気になった点を取り留めも無くちょっとだけメモっておきたい(あとでまた修正するかも)。詳しいことは、こちらで出会った「たたみラボ」の方々のブログで上がっているみたいなので、そちらを参照して頂きたい。 というわけで、そろそろ現地を発つ時間。日本に戻ったらまた仕事が山盛りで待ってます・・・。 【写真追加 4/2】 ++++++++++ 〈以下、いくつか修正済み〉 Threadless.com Metaweb: The Semantic Web Meets Web 2.0 O'Reilly Radar: Tim O'Reilly's Keynote Speech Creating Alternate Realities Digital Disney: the Mainstreaming of Web 2.0 Successful Open Communities on the Internet The Myths of Innovation The Core of Fun Big Company Hacks at Yahoo! A Manifesto for Web Innovation? 1/2 Baked Lessons Learned in Scaling and Building Social Systems Permalink | Comments (2) September 11, 2006
『マイクロソフトのLive戦略の行方』
先週金曜日は、同志社ビジネススクール教授の北寿郎氏が新たにスタートさせた研究会「イノベートビジネス研究会」のキックオフセミナーに参加してきた。 こういったネットビジネス関連の研究会や勉強会は東京ではいろんな方々が主催して頻繁に開催されているが、こちら関西ではそういった機会は本当に少ない。この部分が、関西をベースに仕事をしていて一番悔しい思いをするところである。東京ではこうした研究会や勉強会を通じて、ネットビジネス界の人的ネットワークを下支えしていたりするが、こちら関西ではこの横のネットワークが極めて貧弱である。こうしたなか、新たに京都で研究会をスタートさせる北氏の心意気には本当に頭が下がる。 さて、今回のキックオフセミナーのゲストはお二方。一人は、マイクロソフトのオンラインサービス事業部事業部長である塚本良江氏。もう一人は、野村総研の上席研究員である山崎秀夫氏である(尚、山崎氏はあくまで個人の立場でのご発表だった)。ちなみに当日の様子はこんな感じ。 山崎氏の「Web2.0(コモンズ、エクスペリエンス、集合知)と経験マーケティング」と題されたご発表も大変刺激的で面白かったのだが(刺激的過ぎてここには書けないくらい)、僕自身の研究との関連から、今回はMSの塚本氏のご発表の内容についていくつか気付いた点を書いておこうと思う。 塚本氏は、MS日本法人のオンラインサービス事業部門(旧MSN事業部)の責任者である。ということで、当然ながらご発表のタイトルは「Windows Live & Live Strategy」。昨年末に発表し、この秋から大々的にスタートさせようとしているMSのネットサービス戦略についてである。以前からぜひお会いしてお話を聞かせて頂きたいと思っていた方のプレゼンなので、過剰とも言える期待(笑)とともにプレゼンに聞き入った。ちなみに、塚本氏は小柄でとってもチャーミングな感じの女性で、外資系企業の役員とも思えないとても柔らかい印象の方だった。 塚本氏によると、MSのLive戦略の要諦は二つ。一つは「ソフトウェア+サービス」。もう一つは「広告ビジネスモデル」である。前者は、これまでのパッケージソフトのライセンス販売だけでなく、ネットを介したサービス提供をビジネスの大きな柱にしていくということ。そして後者は、前者を支える収益モデルとして、これまであまり注力されてこなかった広告のビジネスモデルを明確に構築していくということである。 いずれも、既にこれまで様々なメディアによって報じられてきた内容だが、MSの中の人からこのことを生で聞くとやはり感慨深いものがある。ソフトウェアビジネスはこれまでパッケージ販売収入がメインだったが、今後はソフトウェアの更新や保守などによるサービス収入が大きな割合を占め、いずれは逆転する傾向にあるということをMichael Cusumanoは実証的に分析したが、彼の分析はあくまでもエンタープライズ系ソフトに限ったもので、Office系の一般コンシューマ向けソフトの話ではなかった。しかし、この「ソフトウェアビジネスのサービス化("Servicization" of software business)」の流れは、今後はエンタープライズ領域だけでなく一般コンシューマ領域で間違いなく進んでいくと思われるが、問題は「いつごろ、どれくらいのスピードで」という点だ。 塚本氏のプレゼンは、MSのLive戦略のなかでも個人向けポータルサービスである「Windows Live」のことにほとんどの時間が割かれ、Live戦略のもう一つの軸である中小企業向けツールサービスの「Office Live」のことはほとんど触れられなかった。しかし、MSが「Office Live」を導入と展開を本格的に進めれば、当然のように現状のOffice系ソフトのライセンス販売は下方圧力を受ける。MSの現在の売上構成をざっくり言えば、OS:3割、Office系ソフトウェア:3割、サーバー:2割、その他:2割という感じなのだが(2005年アニュアルレポートから)、この売上の3割を占めるOffice系ソフト部門(MSの用語では"Information Worker"領域)がLive戦略の展開によって直接的なダメージを受ける可能性が高いのである。 こうした既存事業と新規事業のカニバリゼーションは避けられない所与のものしてMSが考えていることは当然だが、気になるのは、今後のソフトウェアのライセンス販売収入と広告をベースにしたサービス収入のバランスをどのようにシミュレートしているかということだ。 この日の塚本氏のご発表の質疑応答の時間に、この今後の売上構成の見通しについて質問した方がいたが、塚本氏は「さすがにそれは言えない」とのことだった。まあ、これは全社的な方向性の問題なので、一事業部門の責任者の立場としてはノーコメントも仕方がないだろうなと思う。ただ、前掲のSteve Ballmerの発表では、Live戦略の展開による広告収入を80〜100億ドル程度に大きくさせるとあったが、これは今のOffice系ソフトやサーバーの売上と同程度の事業にまで膨らませるということである。これによるOffice事業含め他の部門に対する影響(シナジーとカニバリの双方)をどの程度見積もっているのか、大変興味があるところである。 あと、今回のご発表で一番詳しく説明されていた「Windows Live」についても少し書いておきたい。要は、パーソナライズできる個人用ポータルなわけだが、いま提供されているベータサービスは僕はまだ使ったことがなかったので、今回初めて実際に動くところを見た。まあいわゆるひとつの流行りのAjaxってやつである。 が、正直あまり新鮮味はなかった。自分用のポータルを作るパーツとしては、ニュースやカレンダーやメールなど、どれも毎日使っているものなので、それがボータルとして新規性を出そうとすれば、よほど画期的なユーザーインターフェースがない限り、「こりゃスゲー!!」みたいなことにはならない。また、残念ながらAjaxを使った個人向けポータルインターフェースはGoogleのパーソナライズドホームページが実現してしまっている。後追いがもたらすユーザー側のインパクトは驚くほど小さい。 もちろん新規の機能がないわけではなく、ひとつ上げれば、このポータルサービスにはタブ機能があって、いくつもの自分用ポータル画面を用意できて(例えば、仕事用と自宅用とか)、それらを簡単に切り替えられるとのことだったが、複数のポータルを持ちたいというユーザーニーズがどれくらいあるのか不明だ。 当日質疑応答のときに僕も直接塚本氏に質問させてもらったのだが、僕の疑問は「このようなポータルのカスタマイザビリティをどれくらいの割合のユーザーが欲しているのだろうか」というものだった。 ここはこの「Windows Live」ポータルのユーザーターゲティングが問題になる。Live戦略のユーザーターゲティングの基本コンセプトは「User in Control」というものだそうだ。塚本氏も「日本語でなんと訳せばよいのか分からない」とおっしゃっていたが、ユーザーが自分のネット上のエクスペリエンスを自由に管理・編集できるようにするということだろう。無理に訳せば「ユーザーに力を!!」みたいに感じかな。 MS自身の調査では、このようなニーズを持つような先進的なインターネットユーザー(MSではこのユーザー層を"Internet optimizer"と呼んでいるそうだ)は2割程度いるとして、Liveサービスはこの層をターゲットにしているとのことだ。しかし、言い方を変えれば、2割程度のネットユーザー層しかこのポータルサービスは狙っていないということになる。このターゲティングで現在のOffice系ソフトでの売上に匹敵するような(100億ドル程度の)広告収益を生み出すような事業に仕立てていくことは本当にできるのだろうか。 当たり前だが、ポータルビジネスはスケールメリットが大きい。多くのユーザーに使ってもらうことで、多くのトラフィックを生み出し、それを基にして広告媒体として価値を上げていき、広告主から広告料を頂くという仕組みがある以上、マスユーザーを狙わないポータルとはどのようなものなのかイメージがなかなか掴めない。実際ここがMSとしても難しいところであるという認識があるが故に、現行のMSNポータルも今後も継続して運営していき、Windows Liveポータルと併存させていくという方針をとらざるを得ない状況にある。 ただ、Windows Live単体でMSのLive戦略のすべてを判断してはいけないのだろう。結局のところ、MSの競争優位は間違いなくOSのプラットフォームをほぼ独占的に支配していることである。今年末に予定されていたWindows OSの次期バージョン「Windows Vista」のリリースは来年にずれ込むことは確実なようだが、MSのLive戦略の本質は、やはりこの新しいOSとどのようにインテグレートしたユーザーエクスペリエンスを提供しようとしているのかという点で見ないといけない。現時点ではこの次期OSとLiveサービスとのインテグレーションの全貌はほとんど明らかにされていないが、MSがここをテコにしないはずがないと思うし、そうしなければMSの強みはまったくと言って良いほど活かされない。 MSの強みは「あちら側」に行き切ってしまわない点、すなわち「こちら側」への確実な接点を確保しているという点にある。OSは我々のネット上のエクスペリエンスにおいて「あちら側」と「こちら側」の世界を繋いでくれている結節点—僕の言葉で言うところの「ゲート」—に他ならない。この「ゲート」を独占的にキープしていることがMSの一番の強みであることは明らかで、今後展開されるLive戦略でもこの強みを活かすように設計されるはずだし、僕らユーザーもそこに一番期待するのは当然である。 塚本氏も質疑応答のなかで、「MSがパッケージソフトのライセンスビジネスから手を引くことはあり得ない」とおっしゃっていた。Live戦略の展開でネットサービスを基にした広告収入を新たな収益の柱にしていくとのことだが、これはMSの既存ビジネス、特にソフトウェアのライセンスビジネスから手を引くということでは決してない。 いま僕らに見えているLive戦略の姿は、GoogleやYahoo!が展開する無料ネットサービスに対する一種の「防衛戦略」であり、言い方は悪いかもしれないが「とりあえず手を打っておく」程度の意味合いしかないのかもしれない。今はそれでも良い。本当の意味でのMSの将来戦略は、このLiveサービスと既存のOSやソフトウェアの事業をインテグレートさせていく先に、新たなユーザーエクスペリエンスの世界を見せてくれるかにかかっている。 Bill Gatesに代わって新たにMSのソフトウェア開発の統括責任者Chief Software ArchitectとなったRay Ozzieは、昨年末に今後のMSのソフトウェア開発の方向性を「インターネットサービスの破壊力(The Internet Services Disruption)」というタイトルの長い社内向けメモで示した。このメモで示されたような彼のネットサービスのイメージがいまのLive戦略にどの程度反映されているかは分からない。ただ、これまでの開発期間から推察するに、まだまだ部分的なものにしか過ぎないのではないかと思う。 ということは、Rayの本領が発揮されるのは、やはりWindows Vistaがリリースされる来年以降のLiveサービスではないかと思う。大いに期待したい。 【追記 9/14】 ●「Live.jp」はRSSとガジェットで理想のポータルサイトに - INTERNET Watch Posted by MK @ 12:47 AMPermalink | Comments (0) May 28, 2006
『刺激と喧噪の街、上海。』
5/19から5/22まで、上海に行ってきた。観光で、と言いたいところだが、もちろん仕事でである。International Conference on Software Engineeringという学会で論文発表するための出張である。 この学会は、その名の通りソフトウェア工学の分野における世界最大の学会なのだが、僕は今回初めて参加したのだが、結構僕的には「越境」した感がある。と言うのも、僕の専門分野である情報システム論(または経営情報システム論)は、このソフトウェア工学の領域と隣接しているのだが、実はこの両分野間の研究の交流はこれまで皆無に等しいからだ。 情報システム論のなかでソフトウェアのことを扱った研究は多いし、また同様にソフトウェア工学の領域で情報システムのことを扱った研究も少なくない。なのに、この両分野の断絶は深刻である。いま僕はソフトウェア・ビジネスに関する研究を進めているのだが、この両研究分野の断絶は非常に辛い。ある研究や文献は情報システム論の領域に、また別の研究や文献はソフトウェア工学の領域に、という感じで、関連深い既存研究が両分野にまたがって存在しているからだ。また、自分のなかの研究アイディアをどちらの研究コミュニティに向かって投げかければ良いのか、これもまた悩みどころである。 しかし、僕みたいにこの断絶を不可解に思う研究者は当然ほかにもいるわけで、今回僕が参加したワークショップ、WISER (2nd International Workshop on Interdisciplinary Software Engineering Research)は、まさに学際的な視座からソフトウェアを扱おうとする研究者が集まる場であった。僕は、いま進めているソフトウェア開発戦略の研究についての発表をしたのだが、かなりビジネス寄りの話をしたにもかかわらず、それなりに好意的に受け入れられたようで、発表後もいろんな人からいろんな意見や助言を頂いた。特に、その日ずっと隣に座っていたDr. Yunwen Yeとはいろんな話をさせてもらった。 実を言うと、僕はこれまで国内ですらソフトウェア工学のコミュニティに一度も参加したことがなかったので、ソフトウェア工学の人たちに自分の研究がどのように受け入れられるか正直かなりドキドキしていた。しかし、少なくとも僕の研究に関心を持ってくれる人がソフトウェア工学の分野にも存在することが分かっただけでも、今回参加して本当に良かったと思う。 さて、研究の話はこれぐらいにして、今回訪れた上海という街についても少し書いておきたい。実は僕は上海どころか、中国そのものが今回初めてだった。というか、日本以外のアジアの国に行ったことすらなかった。こんなアジア超初心者の僕には、上海という街は刺激が強すぎた。 一つ目は言葉の問題。なにせ英語がまったく通じないのだ。空港ぐらいはなんとか通じるだろうと思っていた僕が甘かった。なんとかタクシー乗り場を見つけ、乗り込んでみたものの、運転手がこれまた英語がまったく通じない。ホテルまでの行き方が書いてある英語の地図を見せてもまったく読めない(というか読んでくれない)。なんとか漢字の住所を見せてようやく行き先を分かってもらう。上海で一番有名なホテルのうちの一つを予約しておいて本当に良かった。 二つ目は車の運転の激しさ。ようやく行き先を理解してもらって走り始めたタクシーが飛ばす飛ばす。アクション映画のワンシーンかと思うほど車の間を大胆にすり抜ける運転手のテクに脱帽。さらに市街地に入ると、今度はクラクションの連打。ちょっとでも近寄ってくる車や前でつかえている車があるとすぐにクラクションを鳴らす。なので、ハンドルを握る手の親指は常にクラクションの上に載せてある。恐るべし。これがこのタクシーだけが特別なのではなく、路上のすべての車がクラクション連打しまくりなのだ。上海では車のクラクションはもはや挨拶程度の意味しかないらしい。 三つ目は、そんな激しい運転の車にまったく負けていない歩行者の度胸。上海の道路には、かなり道幅の広く車の交通量も多いところの横断歩道でも歩行者用の信号がついていないところが多い。そうなると歩行者はタイミングを見計らって気合いでエイヤっと渡るほかないのだが、それでも迫り来る車に激しくクラクションを鳴らされる。ここで日本人の感覚では完全にビビってしまうのだが、上海の人は眉ひとつ動かさず、悪びれもせずに堂々と渡っていくのだ。あの度胸は賞賛するほかない。 四つ目は、高層ビルの工事ラッシュ。香港に追いつけ追い越せで、近年急速に都市開発が進む上海だが、超高層のビルやホテルが所狭しと連なっている。さらに、いま建設中のところも至る所にある。上海市のGDP成長率は92年からずっと二桁成長を続けてきているが、2004年は13.6%と近年で最高の伸びとなっている。これまで数字でしか理解していなかったGDP成長率二桁という街の現実を目の当たりにすると、なんとも言えない刺激と圧迫を受ける。 まだまだ他にもいろんな感想を書けるのだが、このへんにしておこう。少々ネガティブな印象を述べてしまったかも知れないが、全体的にはとても楽しい滞在だった。特にご飯に関しては、上海通の同僚の先生に事前においしいレストランを聞いていったので、どこもハズレなくとても美味しい食事を毎晩頂けた。また日本からたった2時間で行けて時差も1時間しかないので、その点ではとても体に楽な出張だった。 ただ、なにせ今回は初めてづくしの上海出張だったので、多少面食らってしまっただけなのだと思う。今度はぜひ北京や香港にも行ってみたい。けど・・・、上海はもういいかな(小声)。 Posted by MK @ 11:51 PMPermalink | Comments (0) February 28, 2006
『束の間のシーズン』
先日久しぶりに昔の職場に顔を出したときに、当時の上司に「お前、ブログ書いてんだって?」と聞かれて、「ハイ、ただし月1~2回しか更新してないんですけど・・・」と答えると、「お前、それブログって言わねーだろ」と素で突っ込まれて、まったくその通りだと納得してしまった今日この頃。そのブログも、今日書かないと2月はエントリー無しの月になってしまうので、とにかく何か書いてみる。そんないい加減なブログで本当に申し訳ない。 そんなバタバタした毎日だが、それもそのはず。今は1年のなかで研究に専念できる貴重な時期だからだ。1年を通じて、自分の研究に集中的に時間と労力を投入できるのは、8~9月と2月中旬~3月中旬の計3ヶ月だけである。平たくいえば、学生の休みの期間(夏休みと春休み)が大学研究者としてのあまりに短い束の間のシーズンなのである。いまこの時期に研究をせずにいつするのか、というわけで僕も可能な限りの予定をいま詰め込んでいる。 先週は週末まで東京に滞在して、いくつかの企業訪問とネット業界関係者に対するヒアリングに行ってきた。これまでも少なくとも2ヶ月に一度は東京に出かけて情報収集と業界ネットワーキングを続けてきているが、こういったビジネスの最前線にいる方々とお話をするときが、実は一番ドキドキ・ワクワクする瞬間である。 今回もたくさんの方々にお会いしてきたが、それに合わせて2つのイベントにも参加してきた。 ●世界情報通信サミット まず2/23に東京国際フォーラムで開催された「世界情報通信サミット2006」に打ち合わせの合間をぬって行ってきた。テーマは「デジタル・ワークモデル」。これは僕が留学時代がやっているテーマなので、やっぱり気になって見に行ってみることにした。 キーノートスピーチは、このブログを以前から読んでくれている人にはお馴染みMITのトーマス・マローン教授。一昨年「フューチャー・オブ・ワーク」という本を出して、日本でも彼の名は一気に広まった。僕も英語原本の書評をいち早くこのブログに載せて紹介した。彼に会うのは去年8月に米クリーブランドであったカンファレンス以来だ。けど、今回は彼も忙しそうで声をかけられなかったのは残念。 相変わらず彼のスピーチは「Are you happy?」から始まった。まだこれやってんだ、なんて苦笑しながら聞き流す。内容はもう既にぜんぶ知っている話ばかり。けど、やっぱり彼のプレゼンは余裕があってゆったりしていて、とっても聞きやすい。彼のスピーチを受けて、最初のセッションでは國領二郎氏@慶應がカウンターの問題提起をして議論を盛り上げる。「組織の分権化とフラット化が必ずしも意思決定の効率化を実現するわけではなく、ある程度の制約条件があったほうが効率的/効果的な場合もある」との指摘はまったくその通り。けど、國領氏のおかげでせっかく議論の対立軸がはっきりしたのに、その後のパネリストたちの議論が全然広がらなくてガッカリ。 ランチタイムを挟んで、午後一のセッションは、技術インフラをテーマにした議論が進んだ。このセッションは非常に面白かった。僕自身が技術のコアな領域にあまり明るくないのもあるが、それでも紹介された各事例は極めて興味深いものばかりだった。音楽・映像配信サービスのReal Networks、家庭テレビの音声・映像をケータイから視聴できるようにするサービスを提供するSling Media、日本でもかなり普及が進んでいるIP電話サービスのSkype、そして日本からはPHSで音声定額サービスを提供するウィルコム。それぞれがいま展開するサービスと今後の戦略を紹介した。特に、ウィルコム、Skype、Sling Mediaの各サービスは、既存同業プレーヤーの収益構造を粉々に砕いてしまう可能性を秘めており、そんなことを想像するだけでいろんな意味でゾクゾクしてくる。 夕方の打ち合わせが入っていたので、このセッション終了時に失礼させてもらった。この「世界情報通信サミット」は日本経済新聞社が毎年この時期に開催しているイベントだが、一昨年にも僕は参加させてもらってその時との比較になるが、今回はパネリスト同士のディスカッションが有意義なかたちではまったく盛り上がらなかったのがとても残念だった。 ●Emerging Technology 研究会 もうひとつ今回参加したイベントは、2/25に開かれたEmerging Technology研究会。今回はたまたま東京出張のスケジュールが合ったため、迷うことなく参加を決めた。今回のテーマはちょっと難しくて「サーチエコノミー/アテンションエコノミー試論」。議論の入り口としてエンタープライズサーチが取り上げられた。事例としても扱われたエンタープライズサーチのソリューション・サービス企業であるウチダスペクトラムの長尾唱氏も今回ゲストとして参加されていた。 今回のテーマは、ほんと難しかった。サーチという技術やサービスそのものはさして難しくないのだが、それが人間の認知メカニズムやメディア行動なんかのトピックが絡んでくると、いっきに議論の領域設定がぼやけてしまい、議論の対象を見失ってしまいそうになる。主催の渡辺聡氏もその点を気にされているようだったが、敢えて領域設定せずにフリーで討議を進めていくということになり、それはそれで活発な議論ができたので非常に良かったと思う。 アテンション、すなわち人間の認知は希少な資源である。デジタル化とネットワーク化により情報の流通量がいくら増えようとも、人間のアテンションは一向に増えない。そうなると、膨大な情報量を圧縮し、それを自分の意図に繋げるような工夫が必要になる。研究会での議論はアテンションを巡ってぐるぐる回ってしまい、結果的に議論の落とし所が見えないまま時間終了となってしまった。 この点については、この議論の出口はアテンションではないのではないかと思う。では、それが何かというと、アテンションから一歩進んで、そこから実際の行動に繋げようとする人間の「意図=インテンション」にあるのではないか。そんなことを前日にランチを一緒にしたタカヒロノリヒコ氏@Googleが言っていた。その通りだと思う。各種の技術やサービスで人間の情報処理能力がいくら拡大されようとも、それで得た情報が自分の目的にしっかりと合致しているかどうかはまた別問題である。それは、単に「サーチ」という概念にとどまらない、いうなれば「情報の最適化(information optimazation)」とでも言うべき機能やサービスのことを、これからもっと考えていかなければいけないのではないかと考えさせられた研究会だった。 主催の渡辺さん、参加者の皆さん、今回もとっても楽しかったです。いつもながら感謝です。 ++++++++++ これが今回東京で参加してきたイベント2本。これ以外にも今回はたくさんの人に会ってきた。しかし、ここで書き始めるとまたキリがなくなるのでやめておく。お世話になった方々、ありがとうございました。 とにかく今は自分の研究に精を出す時期。また春になって新学期が始まるまでに、やることはまだまだたくさんあるけど、そんななかでもこのブログも少なくとも週1回ぐらいは更新するようにしたいなぁ・・・。けど、ムリっぽいなぁ・・・、と既に諦めモード。そんなこのブログを今後ともよろしくお願いします。 Posted by MK @ 11:51 PMPermalink | Comments (0) December 19, 2005
『[ET研] Googleの戦略分析』
気がついたら年末。ビックリするような寒さで、各地は大雪らしい。寒さが大の苦手の僕としては毎日朝がツライ。 先週の金曜日は、4年生ゼミの卒論発表会。その後、2・3・4年生合同でゼミ忘年会。3学年ぶち抜きでやるのは初めてなので、大人数でなかなか楽しかった。しかし、2・3年生は4年生のオヤジ/オバチャン乗りに着いてこれず、大多数が一次会で脱落。その後、二次会に流れるが、次の日の早朝発の出張が気になり、1:00am前にはお先に失礼させてもらった。次の日を気にするようになるなんて、自分も歳をとったもんだ。 次の日、2時間ほど寝てから日帰りの東京出張。研究関係で一件人に会いに行くのが目的なのだが、気持ち的なメインの目的は、随分ご無沙汰してしまっている「Emerging Technology 研究会」への参加だ。今回のテーマは「Googleの戦略分析」。やっぱりなんだかんだ言ってGoogleのこのところの動きは注目せざるを得ないので、ちょうど良いタイミングの頭の整理になると思って参加させてもらった。 以前に参加させてもらった時はもうちょっとこじんまりした感じだったが、今回はテーマの注目度が高いせいか、30人ぐらいとかなり規模が大きくなっていた。その分、論点が少し発散気味だったが、活発な議論が繰り広げられて、頭の刺激としては申し分なかった。 この日の冒頭に議論の出発点として紹介されたhiguchi.comの「ブログ、グーグル、アテンション [情報の“民主”化とメディア]」のスライド(PDF版)が面白かった。ダベンポートのアテンション・エコノミー(邦訳「アテンション」)の話は、2001年(だったかな?)のHICSSであった彼のキーノートスピーチで聞いて以来、僕も事あるたびに紹介してきた。 世の中に流通する情報がどれだけ増えようとも、それを人間がすべて認知・処理・理解できるわけがなく、結局は人間の認知処理能力の限界がボトルネックになるという話は、今をもって尚極めて重要な指摘だと思う。だからこそ、限りある人間の認知能力を有効に活用するための「ナビゲーション」が重要でそこが新たなビジネス領域になるというエバンス&ウースターの90年代後半の指摘の重要性も依然変わらない。もしかすると、ネットビジネスや情報経済の僕らの議論は、その時代から一向に進んでいないのかもしれない。 その情報氾濫時代のナビゲーションへのアプローチに関して、いわゆるGYM(Google・Yahoo!・Microsoft)各社の戦略は異なるのだろう。ベースとなる検索技術の圧倒的なスケーラビリティとサービス開発・導入のスピードで勝負するGoogleは、あの白くシンプルな検索ページに多くの人が「騙されている」(藤代氏の発言から)間に、急速にYahoo!的な方向へのサービス拡充を進めてきている。 こうしたGoogleの戦略展開に求められるのは、ユーザーベースを拡大し囲い込むようなマス・マーケティングなのか、これまで通りのInnovator/Early Adopter向けのギーク・マーケティングなのか、そもそもGoogleのブランド価値とはなんなのか、誰のため/何のためのブランディングなのか、みたいな点が頭でモヤモヤしつつ、多くの方の活発な発言で、寝不足の僕の脳味噌には十分過ぎる刺激になった。 いま、この研究会に参加した方のこの日のブログエントリーをパラパラ見させてもらった(つーか、皆さんあげるの早すぎ!!)。Masa33氏の当日の発言(だったと思う)とそれをまとめたエントリーにあった「自らがサービス提供して市場を創造し、API公開してアフィリエイト経由でマスへリーチする、というのがGoogle流」というのが、僕の研究的には一番ヒットした内容だった。競争優位なリソースをどのように戦略活用するのか、そこにオープン/クローズドの視点はどのように重なるのか、またさらに、戦略展開の時間軸・スピードの視点はどのように絡んでくるのか・・・。アイディアの種をまたたくさん頂いた研究会だった。 主催の渡辺さん、運営スタッフの方々、また参加された皆さん、ありがとうございました&お疲れさまでした。 Posted by MK @ 10:54 AMPermalink | Comments (8) November 26, 2005
『現場の大切さ』
そういえば去年の今頃も強烈に忙しくて半死状態だった。ちょうどこの時期は、いろんな仕事が押し寄せてきて、僕の仕事処理能力の上限を大幅に上回る仕事を抱え込んでしまう。これがこの時期毎年恒例になりそうでコワイ。 とは言いつつも、バタバタ動いている分、収穫も大きい(と信じたい)。 11/12-13の週末は福岡での学会発表。この週末の慌しさはある意味異常。まず、土曜の早朝の飛行機で東京に飛び、10時半からパークハイアット@新宿で行われる留学時代の親友の結婚式に出席。留学先で一番親しくしていた友人なので、その彼の結婚式は外すことはできない。 しかし、羽田からのリムジンバスが渋滞で遅れ、なんと式に間に合わないという事態に(泣)。なんとか11時半からの披露宴には間に合う。しかし、14時の便で今度は学会先の福岡に飛ばなければならないので、美味しい料理もそこそこに12時半に披露宴を中座する。なんて失礼なヤツだと自分でも思うが致し方ない。そして17時に学会会場である中村学園大学に到着。この日のセッションはほとんど終わってしまっていたけど、何とか間に合ったいくつかの発表を聞いた。 そしてその晩、次の日のプレゼンに使うパワポをまったく準備してないにもかかわらず、F大学のS先生とK大学のK先生と落ち合ってご飯を食べに行く。盛り上がりすぎて、ホテルの部屋に戻ったのは午前3時。それから泣く泣くパワポの用意をし始めて、完成したのが7時半。それからシャワーを浴びて一睡もせず発表会場に向かい、9時半から本番。徹夜明けのハイテンションのまま発表したのが良かったのか、難なく終了。何人かの先生方から貴重なコメントも頂き大満足。しかし、本当に疲れた。 11/15には僕の授業にゲストスピーカーをお招きした。今回は、女性インナーメーカーのワコールのインターネット販売事業の担当者の方。現場のリアルなお話に学生(特に女性)はとても刺激を受けていたようだった。けど、その後すぐにこのサイトに対する不正アクセスにより5000人弱の顧客情報が流出するという事故が発生。今回お招きしたのは、まさにこの担当の方だったので、とってもお気の毒・・・。頑張ってください。 11/23-24は、毎年恒例になりつつある3年生ゼミの東京ツアー。今回は、サイバーエージェント、ニューズ・ツー・ユー、アイスタイルの3社にお世話になり、ゼミ生と共にお邪魔させてもらってきた。ゼミ生はもちろんのこと、僕自身にしてもとっても良い刺激をたくさん頂いた。各社の担当者の方々、いろいろと本当にありがとうございました! 上記した以外にも、この2週間ほどは学外のいろんな方とお会いする機会が多く、なかなか得がたい経験や情報を得ることができた。やはり間違いなく事件は「現場」で起きている。僕はやっぱり現場が好きなんだなぁと改めて実感した。 今週からは少し落ち着いて仕事ができそう。今年もあと残すところ1ヶ月あまり。頑張っていきませう。 Posted by MK @ 07:34 PMPermalink | Comments (3) 『ソフトウェア開発とシンプル・ルール戦略』
Web2.0に関するいくつかの考えを書きなぐったメモをここにあげて以来、なんだか随分と時間がたってしまったように感じる。ウェブ上でも、このテーマについて活発に議論が進んでおり、この議論の発信源のひとつであるTim O'Reillyの記事が邦訳されたことで、さらに怒涛の勢いで議論が発展していっている。この議論のスピードの速さにはただただ驚くばかりだ。 僕が上記のWeb2.0に関するメモを書いてから、何人かの方から詳細なコメントを頂いた。特に、渡辺聡氏から、鋭い指摘をいくつももらった。Web2.0時代の事業ポートフォリオの考え方、製品/企業ブランドの捉え方の問題、新しいメディアミックスのあり方などなど、渡辺さんの視野の広さには驚くばかり。 当初こうして頂いた質問やコメントにここで詳細にお答えするつもりだったのだが、恐らく渡辺さんのアタマのなかはとっくに先に行ってしまっているはずで、いまさら答えるのもヤボなような気がしてきた。だから、僕は僕で議論を絞って考えを膨らませて、ひとまず論文のかたちにまとめてみた。 「ソフトウェア開発とシンプル・ルール戦略」(PDFファイル) 渡辺さんからも指摘を受けたのだが、僕のメモの議論は話が発散しすぎて、いろんなことを言い過ぎていたので、ひとまずソフトウェア開発の話に議論を絞ってみた。いわば、「Web2.0時代のソフトウェア開発」といったところか。なんて偉そうに書いたけど、そんなところまでぜんぜん考察は進んでいないか・・・。まあ僕もこのテーマで研究を始めたばかりで、自分自身のアタマの整理も兼ねた「試論」として書いた論文なので、またいろいろコメント/批判頂ければ幸いです。 今回の論文は、9月にタカヒロ氏にアレンジしてもらった「グリー」の田中良和社長に対するヒアリングをもとにした簡単な事例を入れてみたが、今後また各方面へのヒアリング調査を重ねて、来年度には質問票調査を実施して、実証分析にもっていきたいと思っている。自分自身、今後の成果に期待したい。 Posted by MK @ 06:10 PMPermalink | Comments (0) November 05, 2005
『仕事の秋』
ご無沙汰してましてスミマセン。あっというまに1ヶ月近く間が空いてしまった。Web2.0関連のエントリーを書いて以来、その続編を書くと言っておきながら、そのまま放置プレー。さらには、渡辺聡氏からこのエントリーに対して詳細なコメントをもらっているのに、なんの回答もしないまま。渡辺さん、本当にゴメンナサイ・・・。 けど、けど・・・。本当に忙しいんですぅ・・・。時間は作るものなので、他の仕事の忙しさなんて言い訳でしかないのだけれど、この雑務の多さは尋常じゃありません。秋学期は学内業務が一気に増えるし、その他の業務もあわせてると、10月は毎週末仕事でつぶれてしまった。もしやと思い、いま11月の予定を見たら、今月も毎週末仕事がある・・・(鬱)。 けど、その忙しさも関係あるのか無いか分からないけど、いろんな方面で仕事が動き始めている感じがする。 これまで僕の研究は、ざっくり言えば博士論文のテーマを発展させたものだけだったが、それと同時並行で、新たに完全に新規のテーマを一本立ち上げることにした。端的に言えば、「ソフトウェア工学と経営戦略論の架橋」。いや、ほんとそのまんま。今まで理論的にも実証的にも空白地帯だったこの領域を埋めてみようかなと。今年に入ってから事前ヒアリングを各方面で繰り返してきて、ようやく本格的にスタートさせてみようと決心した。 まあ、どう転ぶかまだ全然分からないけど、とにかく新しいテーマを立ち上げるときはほんとワクワクするもの。まずは軽くアタマの整理に、一本ワーキングペーパーのようなものを書き上げたので、来週末福岡で開催する経営情報学会で発表する予定。ペーパーはまたこのサイトにも上げる予定なので、ぜひまたご意見頂ければ幸いです。 そして、昨年に引き続き、今年も「情報ネットワーク論」を開講している。扱うテーマがテーマなだけに、去年の内容ですら古くなっている箇所が多々ある。ホットなトピックを冷めないうちに扱いながらも、できるだけ骨太の議論を講義に盛り込んでいこうと鋭意努力中。そして今年も何名か実務の方がゲストスピーカーに来てくれる予定。とっても楽しみ。 あっ、そうだ。翻訳の仕事が完全に遅れていることを忘れちゃイカン。これは来春までには必ず出さないといけないんだ。これはClaudioとの約束だもの。某出版社Nさん、仕事が遅くて本当にスミマセン。年末までには頑張って仕上げます。 なんだか謝ってばかりで、ほんとスミマセン。あれ。けど、こうやって忙しく仕事が出来ているのは、ある意味本当にありがたいことだなぁとも思う。お世話になっている方々には本当に感謝感謝です。こんな仕事の遅い僕を、どうか見捨てないでやってください。よろしくお願いします。 Posted by MK @ 12:26 AMPermalink | Comments (3) September 20, 2005
『Web2.0時代の経営戦略論メモ(4)』
◆サービス・オリエンテッドの「セミ・オープン戦略」 僕のネットビジネスにおける関心は、目を見張るような先進技術で市場に殴り込みをかけるようなビジネスモデルにはなく、適度に「枯れた技術」をうまくサービス化しているサービス・オリエンテッドなビジネスモデルだ。Google Mapはその圧倒的なユーザビリティにおいて目を見張る技術だが(しかし、Google Mapも技術的にはJavaScriptという「枯れた技術」で作られているらしい)、僕が注目するのはその技術をAPIというかたちで一般のユーザーやサードパーティーが自由に活用できるインターフェースを公開したことだ。Amazon Web Serviceも然り。あの膨大な書籍DBを外部から活用できるようにしたことで、様々な書籍サービスが生まれ(例えば、はてなの伊藤CTOがつくった amazletなどはその最たる例)、結果的にAmazonはさらに書籍購入トランザクションを増やすことができる。 こうした一連のWebサービスの展開を見ていると、内部資源の単純なブラックボックス化だけがネット企業が採り得る戦略でないことを強く感じる。付加価値の高い希少な資源を内部活用するだけでなく、外部活用できるインターフェースを用意し、他のプレーヤーが利用できるサービスとして提供する。そのことが、結果的に自社の収益構造にプラスの効果をもたらす。その資源の構築に関しても、内部で秘密裏に研究開発し完成してから一気に市場導入をするという従来型の製品/サービス開発ではなく、製品/サービスそのものをユーザーと共に開発していき、そのプロセスも公開して進める。 言うなれば、ネットビジネスならではの「セミ・オープン戦略」とでもいえる戦略ではないだろうか(もしくは「セミ・クローズド戦略」でも良いが)。内部資源やビジネスプロセスが外部に対してオープンにはなっているが、完全にはオープンにはなっていない状態。コア資源はクローズドだが、ビジネスユニットのインターフェースや展開プロセスはオープンで、多様な外部プレーヤーと緩やかに疎結合している。このセミ・オープン戦略が、変化の早いネットビジネスの競争環境のなか、世の中に散在する外部資源(Web2.0風に言えば「Wisdom of crowds」)を素早く柔軟に活用し、それが「結果として」競争力の形成に繋がっている。 既に強固な経営資源を保持している企業は別だが、これから新規にネットビジネス市場に参入しようとする企業は、何かしらのレバレッジ(梃子)を効かせないと変化の速い競争環境のなかでは生き残れない。小さいスケールから始めるからこそ、内部にはない外部の資源を有効活用する仕組みが重要となる。外部に対してセミ・オープンのスタンスを取ることで、最低限の収益を確保すると同時に、成長のスピードを一気に上げる。 さらに、技術ベースで競争するのではなく、サービス領域での革新性を追及する。技術ベースの競争優位性に比べ、サービスベースの競争優位性は模倣されやすいかもしれない。しかし、既存市場で勝負するのではなく、まだ誰にも荒らされていない「ブルーオーシャン」領域を自ら創造することで、またここで外部資源を最大限に活用したシンプルな戦略を実践することにより、ネットワーク外部性をもとにした競争優位を素早く築く。こんな感じのネット特有の戦略論がありえるのではないかと感じている。 ここでの事例はやはりWebサービス、特に自社資源を外部プレーヤーの活用に繋げるAPIの公開戦略である。API公開戦略で注目を浴びているのは、やはりAmazon Web Services(AWS)やGoogle Map APIの事例だが、このことの経営戦略的意義はあまり語られてはいない。いろいろググッてみたが、目ぼしいものは見つからなかった。 一番まとまっていたのは、またまた伊藤氏@はてなCTOのこのエントリーだ。内容は、AWSの経営的意義をさらっと整理して、はてながWebサービスを積極的を活用する理由が書いてある。ポイントは、エンドユーザーに対するサービス提供と、デベロッパーに対するサービス提供、この相乗効果(このエントリーの図が分かりやすい)が、顧客ベースを急速に増やし、サービスの収益化とメディア価値の向上に繋がることだろう。 ここで伊藤氏も書いているように、APIの公開によりオープンになるのは、自社の「コア資源」ではなく、「コア機能」である。機能を公開することで、その機能を世の中の多数のユーザー(一般ユーザー+サードパーティー)に活用してもらう。しかし、その機能を支える資源(自社顧客のデータやトランザクション履歴など)は外部から完全に自由に使えるわけではない。この「資源面でクローズド、機能面でオープン」このセミ・オープン戦略が、AmazonやGoogleのような既に確固たる市場地位を獲得している巨人だけでなく、はてなのようなスタートアップ企業にとってのハイスピード成長戦略として有効である可能性を示唆している。 従来の経営戦略論は、時間軸の設定が恐ろしく緩慢で、尚且つ、競争領域の設定が極めて固定化されている。既に存在している市場のなかで、多数の競合に対して、どのような対抗戦略を実践するのか。こんな従来の戦略論フレームワークはネットビジネスにはそぐわない。 まだ市場化されていないサービス領域(クリステンセン風に言えば「サービスの非消費領域)を素早く認識し、小さな組織で外部リソースを柔軟に活用し、外部に対してセミ・オープンの姿勢を採ることで、素早く強固な顧客ベースを作り、参入障壁を構築する。こういったスピード感溢れる戦略論のフレームワークをいま頭の中で必死に整理しているところである。 ++++++++++ というわけで、極めてダラダラといまアタマのなかにある「モヤモヤ」を書いてみた。いま軽く読み返したが、あまりにまとまりが無さ過ぎて冷や汗が出てきたが、僕自身も研究者として、こうしたアイディアの萌芽は可能なかぎりオープンにして、議論を固めていくWeb2.0的なアプローチを採ってみるのも面白いかもしれないと思って、このブログに書いてみた。これが研究者としていかに危険なことも良く分かっているのだが・・・。 このシリーズの冒頭に書いたように、ご意見・ご批判などぜひコメント/フィードバック頂ければありがたい。「お前の書いてることなんて、周回遅れだぜ」という指摘も甘んじて受けます・・・。よろしくお願いします。 Posted by MK @ 07:40 PMPermalink | Comments (3) 『Web2.0時代の経営戦略論メモ(3)』
◆ネット特有の戦略論の可能性 経営戦略論には、ポーターに代表される「ポジショニング・ベース」の戦略論の流れと、バーニーに代表される「リソース・ベース」の戦略論の流れがあると言われており、この両者のあいだで近年論争が繰り広げられてきている(僕個人的には論争する理由はないと思うが)。端的に言えば、前者は企業組織の外部環境の条件や変化に着目し、後者は企業組織の内部にある競争優位の源泉となる資源に着目する。 しかし、日本のビジネスパーソンだけでなく経営学者の間でさえあまり人気のないもう一つの戦略論の流れがある。それは、アイゼンハートが提唱する「シンプル・ルール戦略」である。内容の詳細は当該論文に譲るが、「市場環境が複雑な時の戦略はシンプルがよい」というメッセージにすべてが集約されている(エッセンスはここがまとめてくれている)。この「シンプル・ルール戦略」に注目する理由は、いまいくつかのネットビジネス企業にヒアリングに行って、彼らが実践しているのがまさにこの戦略アプローチのような気がしたからだ。 先日のお話を伺った田中氏@GREEは、「戦略の視座を長くとるか短くとるかに関係なく、変化にいかに素早く柔軟に対応できるかが大切」というようなことを言われた。これは田中氏に長期の展望が無いというのではまったくなく、日々のビジネスオペレーションにおいて、長期の展望からの逆算で現在の意思決定をするよりも、日々目くるめく押し寄せる環境変化に対して、迅速且つ柔軟に対応するマインドセットと方法論が大切ということではないかと僕は勝手に解釈している。他にも何人かのネットビジネスに従事される方からも似たような返答を得た。 この「シンプル・ルール戦略」に基づくスピード感溢れる意思決定は、やもすれば短期収益至上主義に陥る危険性もある。また、「ビジョン(ミッション)→戦略→戦術」という従来型のトップダウンの戦略モデルに慣れ親しんだ人には、あまりにシンプルすぎて逆に落ち着かないところもあるだろう。しかし、1年先どころか半年先も読めないネットビジネスの世界の環境変化の速さに対応するには、複雑な戦略モデルは逆に意思決定を遅らせかねない。田中氏が言っていた「インターネット的」な経営や戦略とは、こういった経営における時間軸認識の大幅な短縮化が極めて大きな要素として考えられる。 ソフトウェア開発やサービス開発も、「インターネット的」なアプローチが求められるのだろう。開発プロセスにおいて、ネットを通じたフィードバックを積極的に受け入れていくことで、オープンソース的な開発とプロプリエタリな開発をうまく混ぜたハイブリッドな開発アプローチも可能になった。なかでも、はてなアイディアの予測市場のやり方で自社サービスに対する要望を吸い上げる仕組みは極めて興味深い。 根来龍之氏@早稲田大は、「ネット特有の戦略論は存在しない」と喝破する。しかし、はたしてそうだろうか。もちろん、ITの普及により、インフレ無き持続的成長が実現されたなどというノー天気なニューエコノミー論的な戦略論はありえない。それに、根来氏が指摘するように、「リソース・ベース」の戦略論の視点でネット企業を分析すれば、非ネット企業と同じように、バーニーが言う「VRIO」をしっかり満たして競争優位を獲得している。 ただ問題は、そうした競争優位を生み出す資源の「形成プロセス」は、ネットの世界と非ネットの世界ではまったく異なるのではないか。半年先も読めないネットビジネス市場において、「まず模倣困難な資源をつくってから、それを動かすビジネスモデルを考える」というステップを悠長に踏んでいる余裕はない。これからネットの世界に参入して生き抜いていこうとする企業にとって、「リソース・ベース」の戦略論など、成功企業の後付の分析でしかない。「そんな差別性の高い資源がはじめからあれば誰も苦労しない」というのが本音ではないか。また、市場の「ポジション」といっても、ビジネスドメインの領域設定そのものが短期間に大きく変化する環境のなかで、既存の競合、供給者、需要者などの外部プレーヤーとの関係も極めて流動的である。 ここでもやはりGoogleは例外だろう。圧倒的な技術開発力を持ち、自らの力で極めて差別性の高い技術リソースを構築しながら、それを同時並行的に素早くビジネスモデル化し市場導入させる速い意思決定をできる企業になっている。ただ、当たり前だが、皆がGoogleになれるわけでもないし、なる必要もない。ネットビジネスの勝者が、Googleのような高い技術力を持つものだけになってしまったら、それは僕個人的には極めて退屈な市場に思える。そんな市場への新規参入は徐々に減り、長期的には市場は活力を失うに違いない。 怒涛の変化が日々押し寄せるWeb2.0時代のネットビジネスにおいて、圧倒的なスケールメリットや技術力でこの荒波を乗り切れるのは極一部のネット企業だけで、その企業リストはすでにほぼ固まっていると言えよう。「ポジション・ベース」の戦略論や「リソース・ベース」の戦略論を頼りにすれば、まだまだ立ち上がったばかりのネット企業やこれから参入しようと考えているプレーヤーにとっては、「あんたらに勝ち目は無いよ」と言われているに等しい。 いや、そうではないはずだ。歴史上いつの時代も新規参入が市場を活性化させ、市場を「破壊的」に変化させてきたのだ。そうした新規参入のビジネスチャンスが、クリステンセンの言う「ローエンドの破壊」か「新たなマーケットの破壊」のいずれに起こるかは、それこそ戦略次第だ。環境変化が緩慢な時代の戦略論をベースにしつも、Web2.0時代の経営戦略の枠組みを考えることは、いままさに焦眉の急であろう。その際のキーワードは、間違いなく「スピード」、「柔軟性」、「ネットワークを活かしたレバレッジ」だろう。そしてそのカギは「サービス・オリエンテッド」と「セミ・オープン(もしくはセミ・クローズド)」の戦略実践にあると僕はいま考えている。 ・・・『Web2.0時代の経営戦略論メモ(4)』につづく Permalink | Comments (0) 『Web2.0時代の経営戦略論メモ(2)』
◆ネット広告市場の拡大と古典的ブランディングの無力化 こうしてWeb2.0の世界観が、RSS/ATOMのようなXML技術をもとにブログなどで実感できるようになったり、Amazon Web ServicesやGoogle Map APIの公開などのWebサービスの一般コンシューマー向け展開により、一気に生活実感を伴ってきた。Web2.0の世界観というのは、テクノロジーギークの人たちにしてみれば、既に実現しているお話なのかもしれないが、これが世の中の多くの一般生活者が具体的なサービスとして便益を実感できるかどうかが重要なことなのだ。 あとはこの競争空間に参入してくるプレーヤーが増えれば、この市場はますます活性化する。しかし、ネットビジネス企業の安定的収益確保の苦労はまだまだ大きいものがある。ネットビジネスのスタートアップ企業は、例外なく初期の収益基盤の構築に一番苦労する。 ただ、近年のネット広告市場の膨らみと、それを支える様々なネット広告ツール/サービスの普及は、これからネットビジネスに参入しようとするプレーヤーにとっては朗報だろう。萩原氏@ネットレイティングスやタカヒロ氏@電通とのお話のなかで、ネット広告市場の広がりと可能性についていろいろお話伺ったが、コンテンツやサービスそのものに対する課金がまだまだ難しいなか、今後しばらくは広告収入がネットビジネス企業の収益の根幹を支えていくのは間違いない。 広告収益依存型のビジネスモデルは、得てして旧来型のマスメディア型ビジネスを想像してしまうが、Web2.0時代のネットビジネスにおける広告とは、単に情報の受け皿(ビークル)の情報量とその吸引力の追求ではなく、より一層分散化される情報のトラフィックのなかで、いかに細かくしかし効果的にユーザーに対して情報の露出と浸透をなし得ていくかがカギとなる。 もちろん、Yahoo!のような巨大ポータル型の広告モデルやブランディングは市場規模的には当面主流を形成するだろうが、これも近年よく語られるようになった「ロングテール」の議論に見られるように、市場取引の上位集中の度合いは、ネットビジネスに限って言えば、今後も徐々に下がってくると思われる。それも、グローバルに分散化された情報に対するアクセスする技術とフィルタリングの技術がここ数年で一気に進んだからだ。 古典的な広告やブランディングのアプローチは、そもそも生活者の情報処理能力が低いことを前提に、マスメディアを使って定型化された情報の幅広い露出と継続的な刷り込みを追及してきたが、分散化された情報への効果的アクセスとサービス間のシームレスな連携が実現されるWeb2.0の世界では、そうした人間の情報処理能力のボトルネックから解き放たれた新たなブランディングが実現される可能性が垣間見られる。いや、もしかしたら、Web2.0の世界では、「人の心に対する認知的刻印」という意味におけるブランド概念そのものが通用しないのかもしれない。 そもそもブランドというのは経営の実践の「結果」のようなもので、ブランド構築が目的化してしまっている経営戦略というのは、ネットビジネスにはそぐわないような気がしている。変化の緩やかな市場において既に何かしらのブランド資産といえるものを保有している企業に関しては、その資産の効果的活用を考える必要もあるのだろうが、常に環境変化し続け、新規参入の脅威が大きいネットビジネスの領域において、ブランド資産を溜め込んでいくことを目的にすると、どうしても戦略視座がロングスパンになってしまい、目の前の競争で負けてしまいかねない。 Web1.0/1.5時代の競争環境では、古典的なブランドオリエンテッドなマーケティングや戦略実践が功を奏した面も多々ある。ただ、Yahoo!、Google、Microsoft、eBayなどの強力なブランド力を持つ巨大ネット企業は例外でしかなく、それ以外のネットビジネス企業(特に新規参入を狙う企業)にとって、ブランドオリエンテッドな戦略実践はかえってリスキーではないかという仮説を僕は持っている。 ブランド戦略とは、消費者の情報アクセスや処理能力のボトルネックが大きい状況において、購買意思決定のコストを軽減するために、他者の評価の累積効果としてのブランドに頼るという構造があり、結果としてブランドの自己強化サイクルが出来上がることを前提にしている。「人が良いと言っているんだから良いものに違いない」というわけだ。そして強いブランドはますます強くなる。 しかし、Web2.0の世界では、一般生活者の情報アクセス能力・処理能力が上がり、これまで光の当たらなかったニッチなコンテンツやサービスにも、それが有用だと分かれば自然に手が伸びるようになる。そこには、ユーザー自身による編集(Web2.0風に言えばRemix)によるさらなるサービスの多様性の拡大もある。ブランドという魅惑の幻想に人が群がるのではなく、あるとすれば、ユーザー間のネットワーク効果をベースにした具体的な利便性と編集可能性に人は群がるようになる。そして、そこに人が群がれば、メディアとしての価値が生まれ、広告で収益が出せるようになる。 広告収入に収益基盤を依存しているネットビジネスモデルは、どこか脆弱な印象を与えるところもあるが、僕はネットビジネスはもっと広告に依存しても良いと思っている。メディア全体の広告量を考えれば、まだまだネット広告市場は小さいが(2004年の国内総広告費6兆円弱のうちネット広告は2000億円弱で3.1%(電通調べ))、それでも前年比50%増で急速に拡大している。ネット広告市場が5000億円レベルになれば、サービス提供しながら広告収入でスタートアップ後数年はきちっと食べていけるネット企業がもっともっと出てくるに違いない。そうすれば、その間に他の収益基盤を構築する余裕も生まれ、安定成長・拡大のステージへ進めるネット企業も増えてくるだろう。 しかし、そのような企業のブランディングに対するアプローチは、既にブランド価値を構築したプレーヤーが取るような、情報弱者を食い物にするような「まやかし」のブランディングアプローチ(言い過ぎかな?)ではなく、ユーザー間のネットワーク効果をベースにしたサービス提供と、その結果として生まれるユーザーの集積効果によるメディア価値とその収益化だろう。変化の速いネットの世界におけるブランドとは、所詮過去の証明でしかなく、未来の保証にはなりえない。Web2.0時代のブランドとは、自分の購買決定の動機付けや理由付けなどではなく、「単に好きだから選んだのだ」という素直な誇りのようなものに回帰するのではないだろうか。 これまでのブランディングの考え方やアプローチを全否定するつもりはない。ただ、Web2.0時代のブランディングとは何か、そしてそれを戦略化する枠組みとはどのようなものなのか、一度総ざらいして考え直してみる必要はある。 ・・・『Web2.0時代の経営戦略論メモ(3)』につづく Permalink | Comments (0) 『Web2.0時代の経営戦略論メモ(1)』
というわけで、前回エントリーの続き。ヒアリングの内容はできるだけ早く整理しておくのがフィールドワークの鉄則。うまくまとまらないかもしれないけど、それもまたご愛嬌。すべてはこのモヤモヤ感から始まるのさ(自己弁護)。長くなると思うので適当に分割してエントリーします。 ※内容に関して、間違いや疑問や批判などあれば、ぜひコメント/トラックバックください。ぜひウェブ上のフィードバックをもとにポリッシュしたいので。特に批判は大歓迎!!!
仕事柄、今回のように定期的に東京に行って、いろんなネット関連企業の方や専門家の方にヒアリングをするのだが、ネットビジネスの世界は本当に変化が速くて |