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March 27, 2008
『それぞれの旅立ち』

今年もこの時期になった。毎年恒例の行事なのだが、それでも毎回新鮮な気持ちになる。教え子を送り出す。ただそれだけなのだが、やはり2年あまりかなりの深さと近さで付き合ってきた若者たちを送り出すというのは、やはり感傷的な気分にならざるを得ない。

送り出すゼミ生も今年で3期目。1期、2期とも違って、これまた個性的な面々が集まった学年だった。一言で言えば「やんちゃな奴ら」だった。

僕はこの「やんちゃ」というのをある時期の若者が持つべき重要な要素だと思っている。得てして最近の学生は、お利口でお行儀が良く、なんでもそつなくこなすスマートな若者が多いのだが、そんな「収まりの良さ」は僕は正直あまり好きではない。せっかく若いのだから、大人が決めた枠組みや慣習などを窮屈に感じ、葛藤しながらそれを乗り越えていったり壊していったりするような「若者が持つべき当然の若者らしさ」が僕は好きだ。

今回卒業していったゼミ3期生は、そんな「若者らしさ」を存分に持っていた連中だった。彼らと接していると、こちらまで元気になるばかりか、自分ももっと頑張らないといけないと、叱咤されるような気分にもなった。彼らのやんちゃぶりには時には非常に困らされることもあった。それも今となっては懐かしい宝物のような思い出だ。

彼らのおかけで僕もいろんなことを気づかせてもらった。シンプルにいえば、「挑戦」、この一言に尽きる。ここ数年、歳を重ねるごとに知らず知らず保守的になってしまっているのではないかと感じていたのだが、彼らのやんちゃなチャレンジングスピリットを傍で感じて、「いや、自分もまだまだ」と思うようになった。

語り尽くせない感謝の思いを込めて、彼らの門出を祝いたい。

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愛して止まないゼミ第3期生の皆さんへ

皆さん、ご卒業おめでとうございます。

これまで何度も皆さんに言ってきたことですが、皆さんとは本当に深い縁を感じます。僕が皆さんからもらった勇気と元気は言葉では言い尽くせないものがあります。

皆さんに会っていなかったら、僕は多くのことを知らないままだったと思います。皆さんに会っていなかったら、僕はやる気のない怠惰で退屈な人間のままだったと思います。皆さんに会っていなかったら、僕は前に踏み出せなかったと思います。皆さんに会っていなかったら、僕は挑戦する心を忘れてしまったままだったと思います。

皆さんにこのゼミに入ってもらえて、皆さんと仲良くなれて、皆さんと多くの思い出を共有することができて、本当に本当に嬉しいです。ありがとう。そんな言葉でこの感謝の思いは伝えきれません。

皆さんと同じように、僕もまたこの4月から新しい一歩を踏み出すことになりました。皆さんと同じ時期に、こうした人生の節目を迎えることができたこと、これを縁と呼ばずして何と言えば良いのでしょう。

皆さんとのご縁は、こんな大学の卒業ごときで切れるものではないと信じます。ぜひこれからも末永いお付き合いをさせて頂ければ嬉しく思います。この2年間のゼミで過ごした日々は、これからの長いお付き合いのほんの始まりだったのだと思えるようになれれば望外の喜びです。

皆さんの大いなる前途を祝し、このブログエントリーを捧げます。ご卒業、本当におめでとうございます。

柿原正郎


Posted by MK @ 11:03 PM
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June 01, 2007
『はしか全学休校!!』

緊急業務連絡です。

ついに本学にもやってまいりました。はしか感染拡大防止のため明日6/2から6/15まで全学的に休校になります。

麻疹(はしか)による全学休校について-関学生の皆さんへ」

学生の皆さんは学内に入ることもできないようです。ちなみに、教員・職員はいつも通り仕事をするようです・・・(泣)。

取り急ぎご連絡まで。

Posted by MK @ 09:45 PM
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March 25, 2007
『卒業、そして新たな旅立ち』

卒業式はとっくに済んでいるのに、ここに書けるようになるまで随分と時間がかかってしまった。どうしてか分からない。ここ1週間ほど本当に忙しかったのはある。けど、今年は本当にいろんな思いがあって、さらっと書けるような気分ではなかったのは事実だ。

いやもちろん、卒業していった学生たちに問題があったわけではないし、彼らに対してなにか複雑な感情があるわけでもない。あるとすれば、今回卒業した第2期生たちと過ごした2年間が、僕にとってもなかなか大変な時期だったということしかない。

特にこの2006年度の1年間、僕は本当にいろんなことで迷い惑い悩み続けた。迷惑をかけた人たちも少なくない。ことさら誇張するつもりもない。でも、本当にそうだった。その一つ一つをここに詳細に書けるような気持ちには実はいまでもなっていない。ただ、いろんなことを考え、いろんなことを試み、そしていろんなことを失敗した。

彼らに対する教育に関しても、多くの失敗をしたと思う。そのことによる彼らに対する申し訳無さもあって、なかなかキーボートに向かうことができなかったのだろう。しかし、もう書かなければ彼らに対して失礼だろう。

今回卒業したゼミ第2期生たちは、第1期生に負けず劣らず個性的な面々だった。

そもそも僕がゼミ生を選ぶ一番の基準は、「Independence」への志向性である。独立独歩、孤高の精神、群れない勇気、そうしたものをゼミ選考の時点で持っていなかったとしても、そうしたものに対する志向が見受けられる学生を毎年選んできた。和気あいあいとした大学の雰囲気をどこか居心地悪く感じ、お昼ご飯を食堂で一人で食べているような学生が僕は好きなのである。

そして、この第2期生は第1期生にも増してその傾向が強い面々が集まった。当然個性的な集団になるので、まとめるのは難しくなる。そもそも、みんなに合わせるとか遠慮をするとかそんなものを持ち合わせていないようなメンツなので、それをまとめて運営していく担当教員の身としては、自分で自分の首を締めているような辛さがある。

また、去年卒業した第1期生に対しては、とにかく全てが初めてのことばかりなので、思うがまま何でも試み、また第1期生たちも割り切ってそれに付いて来てくれたのだが、今回の第2期生に対しては、去年の経験がヘタにある分、去年の反応との違いに僕自身が戸惑い、どのように対処して良いのか迷い、結果的に適切な対応ができなかったことも多かった。そんな教育に関する自分自身の経験不足を思い知らされた1年でもあった。

しかし、そんな難しさや辛さなど吹っ飛ぶくらい、彼らと一緒にいる時間は本当に楽しかった。

彼らは一人一人いろんな問題や悩みを抱えている連中だったので、それを正面から受け止め、聞き、少しでも役に立つようなアドバイスをしていくのは本当に骨が折れた。時には、僕の対応がマズくて彼らの信頼を失いかけてしまったことも少なくなかった。

だが、いまそれぞれに旅立って行く彼らの背中を見ながら、そんな苦労も全て忘れるくらい充実した時間を過ごせたと思えるのは間違いない事実である。我ながらなんと素晴らしいメンツを集めたのだろう。この点に関しては、自画自賛してもバチは当たらないだろう。

今年も19名の若人たちが、僕のゼミ、そして大学という狭い小島から、社会という大海原へと漕ぎ出して行った。僕はただただ見送るだけしかできない。いや、それだけで良いのだ。

ある者は東京や別の地へ旅立ち、ある者は地元に残る。それぞれの出発、それぞれの新たな一歩がもう始まっている。

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愛して止まないゼミ第2期生の皆さんへ

皆さん、ご卒業本当におめでとうございます。そして、卒業式以来何の返事もしなくてすみませんでした。卒業パーティーの時にもう十分に泣いたと思っていたのですが、皆さんから頂いた色紙を見ながらみんなのことを色々と思い出すと、なぜだかいまでも目頭が熱くなってくるのは気のせいでしょうか。

皆さんのことを思い出すと、すぐに皆さんの素敵な笑顔が私の頭いっぱいに広がります。その笑顔に何度救われてきたことでしょう。

実は私は去年、ゼミ以外でのいろんな仕事のことで悩んでいて、精神的に辛い時期もありました。けど、ゼミに行って皆さんから元気をもらって励まされてなんとか頑張れたことが多々ありました。教えてもらったり導いてもらったりしていたのは、皆さんではなく私自身でした。

卒業式の日、卒業証書を渡す際に、このゼミのスタート時にいた19名全員が集まってくれたのが、本当に嬉しかったです。正直、もう19名全員では集まれないかもしれないと半ば諦めていたからです。私が悩みに悩んで採用した19名ですので、この旅立ちの日に再び全員集まれたのが本当に感動しました。僕にとっては一人一人が本当に大切なゼミ生でした。

私は本当に幸せ者です。皆さんにこれまでにも話してきたように、私は「たまたま」がいくつも重なり、なんとなく大学教員になってしまった人間なのですが、少なくとも卒業式の日だけは、この仕事をやっていて本当に良かったと思えます。

今後の皆さんのご多幸とご活躍を心からお祈りしております。皆さんならどんな壁もしっかりと乗り越えていけるはずです。けど、たまに悩んだり迷ったりすることもあるでしょう。そんな時には、このゼミのことを思い出し、ゼミの仲間のことを思い出し、遠慮すること無く連絡を取り合って支え合って行ってください。そして、私などでお役に立てることがあれば、いつでも連絡してきてください。

皆さんの大いなる前途を祝し、このブログエントリーを捧げます。ご卒業、本当におめでとうございます。

柿原正郎


Posted by MK @ 07:21 AM
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September 20, 2006
『怒れる教授 - 彼は間違っていたのか?』

"angry professor"

まずは上の映像を見てもらいたい。ネット上をうろうろして、たまたま出くわしたものだ。

恐らく大学の教室だろう。教員が話をしていると突然ケータイの呼び出し音がなる。一番前の列に座っている学生のものだ。なんと学生はそのまま電話に出て小声で話し始める。その学生に教員が静かに歩み寄っていき・・・。

このような状況を僕も一度だけ経験したことがある。状況のあまりの信じられなさに呆気にとられ、どのような対応をすれば良いのか分からず混乱してしまい、ヘタレな僕は学生が話し終えたあと軽く口頭で注意するだけしかできなかった。

はたしてこの教員の対応は受け入れられるものなのだろうか。それとも行き過ぎた対応なのだろうか。

この映像のコメント欄ではなかなか興味深いやり取りがある。学生の私物を破壊するのはやり過ぎだ、対応がプロフェッショナルではない等の意見。逆に、教室を静粛な状態にするようコントロールするのは教員の義務、そもそも学生の行為があまりに酷い等の意見。ざっと見たところ、教員の対応への批判が7割、逆に理解や同情が3割といったところか(この映像が「やらせ」ではないかという指摘もあるが、この際その可能性は無視する)。

僕個人的には、このような対応はしない(できない)とは思うが、それでもこの教員の心情は察して余りある。この学生の行為は教員に対してだけでなく、この教室にいるすべての者への侮辱とも言って良い。学生に対してより良い授業を提供したいと強く思い努力している教員であれば尚更その思いは強いだろう。

僕は法律の専門家ではないので、この問題の法的な是非について詳しいことはわからない。ただ、もしこの教員がこの学生から訴えられたら、少なくとも教員側が完全に勝つことは難しいのではないかと推測する。残念ながら。

この問題、皆さんはどう考えますか? 皆さんの意見が聞きたいです。

Posted by MK @ 12:36 PM
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August 01, 2006
『ゼミ夏合宿2006』

今年もやって参りました恒例のゼミ夏合宿。一昨年昨年に続き、3回目となった今年は、7/27〜30に淡路島・洲本での開催となった。

この夏合宿は、うちのゼミでは1年を通じて数少ない(というかほとんど無い)3年生・4年生の合同イベントである。2日目には、3年生は春学期に4チームに分かれて進めてきた企業ケーススタディの最終プレゼンを、そして4年生は各自の卒業論文計画の発表を行った。

うちのゼミは、こういったプレゼンでは発表者に対して容赦無い質問を嵐のように浴びせる文化を持っているので、3年生のみならず4年生もかなりの緊張感のなかでのプレゼンとなった。それぞれなかなか頑張ってくれて(もちろん注文はいろいろあるけど)、すべてのプレゼンが終了した午後5時、何とも言えない達成感と充実感を僕ですら感じた。

その後、2日目の夜は打ち上げコンパ。緊張感から解放されたゼミ生たちが、あれよあれよという間に壊れていく様は、まさにカタルシス。人様にお見せすることは到底出来ない。けど、そんなゼミ生たちにますます愛おしさを感じつつ、深夜4時頃僕もついに沈没。

3日目最終日の午前は、こちらも恒例(?)のスポーツ大会。全員完全に寝不足+二日酔いの体で激しく汗を流す姿は、まさにマゾヒズム。僕自身、春の合宿ではここで無理をして大変なことになったので、今回は多少セーブしようと心がけつつも、結局はガチで頑張る。その結果、左足の親指の爪が激しく内出血。爪が剥がれるのはもう時間の問題かと。

何はともあれ、充実した3日間でした。ゼミ生の皆さん、本当にお疲れさまでした!!


Posted by MK @ 02:31 PM
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March 20, 2006
『旅立ちの日、出発の日』

昨日(日付としては一昨日)は大学の卒業式。あいにく朝から雨模様。午後からはかなりの土砂降りになり、艶やかな袴や振袖姿の女子学生たちがとても可哀想だった。けど、そんな天気には関係なく、卒業生にとってみれば、晴れやかな門出の日であることには変わりない。

僕としては、この学校に来て初めて担当したゼミ生、つまりゼミの第1期生をこの日送り出すことになった。僕はいまの大学ではじめて大学教員として働き始めたので、本当の本当に最初のゼミ卒業生になる。当たり前だけど、この感慨深さは言葉では説明のしようもない。

この第1期生たち、本当に個性派ぞろいのユニークな連中だった。彼らは全員僕が面接して採った学生なのだが、選んだ基準は、とにかく「変わったヤツ」ということただ一点。若手の新任教員のゼミなんかを選ぶ学生なんて、そもそもが変わったヤツなんだけど、それに輪をかけて個性的な学生を集めた。一見普通そうに見えても、何かしら他の学生とは違う経験や趣味や指向を持った人間を選んだ。

イマドキの学生、特にうちの大学の学生は、妙にお利巧さんで、行儀が良く、愛想も良く、社交性もあるんだけど、変にこじんまりと収まってしまっている若者が多いように思う。枠からはみ出ることを怖がり、マニュアルを常に求め、すぐに答えを欲しがり、意味もなく群れる。まあ、典型的な現代の若者のステレオタイプなんだけど、3年前にはじめてこの大学に赴任して、今の大学生に初めて接してこのことを少なからず感じたのも事実だ。

僕が所属する学部の履修制度では、2年生の秋学期(後期)のはじめに、3年生・4年生に入るゼミ(正式には「研究演習」という)の選考がある。2年半前に僕が初めて自分のゼミ生を選ぶときに、ゼミでの勉強の内容(つまり僕の専門分野であるIT産業とかネットビジネス)に興味が有るとか無いとか、またそれまでの成績が良いとか悪いとかはまったく考慮しなかった。さらには、このゼミに対する志望度合いもどうでも良かった。その代わり、上記したように、何かしらの点でトンがった学生を集めたかった。学校や社会や大人が用意した「枠」をどこか窮屈に思っているか、もしくは気にも留めないようなヤツが欲しかった。

そうして選んだ20人の若者達。自分で選んでおいて言うのもなんだが、本当に群れない個性的な人間ばかりだった。

そんな彼らには、周りと協調することの大切さを教える前に、周りに埋もれない個性を強く持つことの大切さを先に教えた。「我々の間にチームプレーなどという都合のいい言い訳は存在しない。あるのはスタンドプレーの結果として生じるチームワークだけだ」なんて言う、分かる人にしか分からない台詞なんか用いながら(笑)。まとめ役のゼミ長も敢えて置かなかった。

さらに、第1期生だからこそ、それまで誰も足を踏み入れたことのない道無き荒野を自力で切り拓くことの意味と意義を常に説いてきた。ある意味、担当教員としての責任の放棄とも言えるくらい、ゼミの活動内容をすべてゼミ生自身に企画・運営・管理させた。人から与えられることに慣れきっているいまの若者にはツライし、僕自身にとっても時間もストレスもかかるやり方だってことは百も承知だった。けど、それでも彼ら自身に考えさせ、彼らのやりたいようにやらせた。手を抜き始めたら時折軽く喝を入れたりはしたけど(笑)。

そして、こんな先の読めない時代だからこそ、「自分の頭で考える」ことの大切さを伝えてきた。「答えなんて用意されてないし、誰も用意してくれない。自分で創るしかないんだよ」と言い続けてきた。世の中の事象や様々な言説に対して、そのまま鵜呑みにせず、自分の「ものさし」で自分なりに考える。答えに到達する早さより、答えに到達するまでの論理や筋道の大切さを説いた。

こんな僕のゼミの教育方針に、彼らは幾度となく驚き、不安になり、僕自身に対する不信さえ抱いたことだと思う。かく言う僕自身、まさに手探りのゼミ運営のなかで、幾度となく迷い戸惑いながら、このゼミ生20名と共に歩んできた。そして、個性派揃いの彼らが、僕の想像を大きく超えるほどまとまり、一致団結し、成果をあげてくれた。これほどゼミ生同士が仲の良いゼミも珍しいだろう。

しかし、彼らに対する僕のそんな教育方針は正しかったのだろうか、それとも間違っていたのだろうか。もっと社会や組織に順応することの大切さを説いたほうが良かったのだろうか。もっと人と協調することを先に教えるべきだったのだろうか。与えられた課題を人並み以上にこなす要領の良さをもっと身に付けさせるべきだったのだろうか。

すべてそれも彼らの今後の人生そのものがが証明してくれるのだろう。旅立っていく20名のゼミ生。いまは不思議と寂しさは湧いてこない。しかし、来月から新学期が始まり、彼らのいない学校で仕事をしながら、じわりじわりと込み上げてくるのだろう。

いまはただ、彼らの旅立ち、新たな人生のステージへの出発を、心よりお祝いしたい気持ち、それだけである。

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愛して止まないゼミ第1期生の皆さんへ

ご卒業おめでとうございます。これまでの大学生活4年間、そしてゼミでの2年半、本当にお疲れさまでした。

皆さんに対しては、たくさんの感謝とお詫びの気持ちでいっぱいです。僕のような新米教員のゼミ、歴史も実績も先輩も完全にゼロのこのゼミに入ってくれてありがとう。けど、初めて担当するゼミということで、教員として至らないことが多々あったこと、ごめんなさい。それでも、このゼミで精一杯のことをやってくれて、精一杯楽しんでくれてありがとう。けど、もっと僕が丁寧にいろんなことを教えてあげられていたら、もっともっといろんな勉強や経験をさせてあげられたかもしれなかったこと、ごめんなさい。

このゼミは「柿原ゼミ」でもなんでもなく、皆さん一人一人が作り上げた皆さん自身のゼミです。このゼミで経験した様々なことが、今後皆さんが生きるうえでのちょっとした支えや道標になってくれるのであれば、これほど嬉しいことはありません。そして、このゼミで育まれた皆さん同士の友情が、皆さんを今後も暖かく包み込むものであることを心より祈っています。

卒業後、別に皆さんに社会で活躍してもらいたいなんて思ってないです(してくれても構いませんが(笑))。人に自慢できる人生を送って欲しいとも思いません(してくれても構いませんが(笑))。それ以上に、自分自身に正直で、自分自身を褒めてあげられるような、自分自身に誇らしい人生を、自分自身のペースで歩んでいってください。

今後皆さんは、さまざまな進路に進みます。多くが地理的にも離れ離れになってしまいます。しかし、いくら地理的に離れていようとも、インターネットは皆さん同士、そして皆さんと私をいつでもどこでも必ず繋いでくれることでしょう。Face-to-faceではなかなか逢いにくくなりますが、これからはinternet-mediatedなかたちでもっともっと逢えるようになるかもしれません。もしかしたら、これまでは実感できなかったようなインターネットの可能性を、これから身を持って体験できるかもしれませんね。

皆さんとの本当の意味でのお付き合いとは、実はこれから始まるのでしょう。今後とも末永くよろしくお願いします。このサイトを訪れてくれれば、僕はいつでもそこにいます。相変わらずブログはあんまり更新してないかも知れませんが(笑)。

皆さんの大いなる前途を祝し、このブログエントリーを捧げます。ご卒業、本当におめでとうございます。

柿原正郎

Posted by MK @ 03:27 AM
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July 31, 2005
『夏合宿!』

7/25~27に関西学院千刈セミナーハウスでゼミの夏合宿を行なった。去年の夏合宿からもう1年も経ったなんて信じられない。去年は3年生だけだったのでこじんまりとした合宿だったが、今年は3年生・4年生合同で行なったため、総勢39名というとても賑やかな合宿となった。

この夏合宿、実は遊びの要素は極めて少ない。ケータイの電波も危うい人里離れた場所でガチで勉強する合宿。まあ、そんな夏合宿もあってよかろう。

今回で夏合宿2回目となる4年生は、卒業論文計画の発表を行なった。実証主義・実践志向に基づいて、学生はひとりひとり自分で決めたテーマで、自分で一次データを集めてきて、自分なりに分析・考察をし、1本の論文を書き上げる。そのためのテーマと計画なので、当然いい加減にはできない。

2日目の午前と午後に分けて計20名分の発表を聞く。予想以上にみんなしっかりと計画を練ってきていて、プレゼンもみんな去年に比べると格段にウマくなっていた。ヨシヨシ。かなり満足。

一方、3年生は春学期を通して取り組んできたビジネスプランの最終発表を行なった。3年生はこの時期テストがまだまだたくさんあって、テスト勉強との同時進行でプランニングするという大変な状況だったが、各チームとも合宿に入ってから最後の追い込みをかけていた。

そして3日目・最終日の午前に最終発表会。これは3・4年生全員の前で自分のプランをプレゼンし、厳しい質疑応答を経て、発表者以外の全員が点数をつけて評価する。今回発表したのは計10チーム。緊張しながら発表する3年生たちのプランに4年生たちからの厳しい質問が続いた。

そして合宿の最後を締めくくるかたちで、ビジネスプランの評価の結果発表となる。かなりドキドキもののシチュエーションなのだが、結果的にトップ2本のプランが同点評価となり両チーム優勝となるハプニングまであった。

3年生たちも、それぞれ結果はどうであれ、最後までみんなとても頑張ってプランニングをしていた。大いに評価したい。また、昨年同様、上位入賞したプランは、学外のビジネスプランコンテストに応募する予定なので、こちらも大いに期待したい。

こうして毎年恒例の夏合宿が終わり、学生たちは本格的に夏休みに入る。そして、前にも書いたように、僕にとってはこれからが仕事の頑張り時。まずはアメリカでの学会発表。そして翻訳作業、論文執筆、データ収集、インタビューと、やることは山盛り。

皆さま、どうぞ良い夏をお過ごしください。僕はこれからが忙しくなります。


Posted by MK @ 03:22 AM
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July 13, 2005
『春学期講義終了』

昨日で春学期の講義がすべて終了した。とにもかくにも、ホッと一息ついた感じ。学生の皆さん、お疲れさま。自分に対しても、お疲れさま。

前回のエントリーを書いて以来、いろんな方々から叱咤、激励、色々頂いた。特に、学生からのコメントには泣かされた。改めてお礼申し上げます。

いま読み返してみて、かなりブルーな状態で書いた文章だなぁと深く反省。いや、正直いろいろ身につまされる事態が発生したので困惑していたのは事実だ。ただ、考え過ぎていた点もあるし、逆に考えていなかったような点もあったと思う。そういった自分のことを内省した結果いろんなことが見えてきたのも事実で、それはそれで価値はあったのかなと。

こうやって、春学期と秋学期に3ヶ月ちょっとずつ講義をして、毎回毎回反省すること多々ある。ほんと、教育は難しいっす。今後も至らない点たくさんあると思いますが、頑張っていきますんで、よろしくお願いします。

さて、春学期は残すところ定期試験のみ。その後の夏休み2ヶ月は、1年のなかで自分自身の研究に専念できる唯一の期間と言って良い。まずは、学会発表、そして遅れに遅れている翻訳の仕事を進める。その後、進行中の研究に関するデータ収集。そして、もう一本新しい研究テーマを立ち上げてみる予定。

8月あたまには、アメリカ・クリーブランドで開かれるIFIP8.2 Conferenceで論文発表する。このカンファレンスは、経営情報システム論の研究者にとっては極めて重要なもの。有名どころの研究者が毎年ほぼ全員集まる。ここでの数少ない発表論文に選ばれたのはとっても光栄なことなので、気合入れて臨みたい。

では、学生の皆さん、試験勉強頑張ってください。その後には、楽しい楽しい夏休みが待っていますんで。僕もこの夏は研究頑張ります。

Posted by MK @ 12:37 PM
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July 04, 2005
『素人教育者』

先日の神原氏@News2uのお言葉を胸に、連日のエントリーを試みる柿原です(たぶん一日坊主)。

実は今回のこのエントリー、数ヶ月前に途中まで書いて止めたものである。あまりに個人的な内容過ぎたので、その時は上げなかったのだが、いま再びこの問題に直面しており、改めて書いてみる。

その問題とは、教育についての問題である。正直、いま悩んでいる。極度にプライベートで重い内容なので、興味ある方だけ続きを。

僕がこの大学教員という仕事についてから2年と3ヶ月が経った。今年は3年目なので、1年目や2年目と比べると、気分的にはだいぶ落ち着いて仕事ができるようになったものの、この仕事に「慣れた」というのは正直まだ遠いような気がする。研究面に関しては、単に自分のモチベーションと時間捻出・管理の問題なので、自分自身の心がけ次第でどうにでもなるとも言えるが、やはり教育に関しては日々思い悩みながら試行錯誤の連続である。

そもそも、ほとんどの大学教員というのは「教育者」としての訓練を受けていない。小学校・中学・高校の先生になるには教員免許が必要だが、大学教員はそんなものは要らない。極論をすれば、何かしらの専門性を持ってさえいれば誰でも大学で教えられる。教育とは何か、若者を教え導くとはどういうことなのかなどといったことを一切考えてこないばかりか、そもそも教育に対する基本的な動機すら持ち合わせていない人間でも、大学で教えられるのだ。なんと因果なことか。

僕はどうかと言うと、いま僕の授業をとっている学生には申し訳ないのだが、「教育」をしたくて、「教育者」になりたくて、この仕事に就いたわけではない。とはいっても、講義は嫌いではない。むしろ、僕自身が学生に刺激を受けながら、楽しみながら講義している。学生といろいろ話をするのも大好きだ。けど、僕なんか、ちょっと前まで普通のサラリーマンでしかなかった。それが今や学生から「先生」と呼ばれて、偉そうに教壇に立って教えているわけだ。それまで教育者になんかなりたいとも一度も思ったことのないこの人間が大学で教えているのである。これはどういうことだろうか。自分のことながら、これで良いのだろうか。

去年、僕のゼミの学生(現4年生)にこんなことをふと言われた。ゼミの運営方法に関して「先生は厳しすぎます」と。僕自身はゼミの運営については、まだまだ甘いなぁと内心思っていたので、逆に厳しすぎると言われて面食らってしまったのである。

僕自身もゼミはしっかりと運営したいので、ゼミ生の活動の成果についても高い水準を要求したいと思っている。しかし、実際には学生はゼミ以外の活動にも忙しくしているので、ゼミであまり多くを要求し過ぎると、それが強制や拘束になってしまい、他の活動に支障が出てくる。それはしたくない。だって、クラブや遊びやバイトから学ぶことは極めて大きいからだ。とはいっても、放任はもっと良くない。結局はバランスなのだが、それが極めて難しい。

ゼミ運営に関して、去年1年いろいろ試行錯誤したことをもとに、今年の新しいゼミ生(現3年生)への対応としては、微調整をしながら基本方針は同じもので臨んでいる。しかしながら、早くもそれが破綻してきているようなのだ。ここでは詳細には触れないが、僕の期待とゼミ生の期待がズレているようで、様々なかたちでゼミ生からの不満が出てきている。

また、先日僕が担当している大教室講義「経済学基礎」において、学生による授業評価のアンケートがなされた。今年は全学的な授業評価の実施年度だそうで、統一フォーマットによる授業評価を学生にやってもらう。マークシートによる質問項目の集計結果はまだあがってきていないのだが、自由回答の質問については既に目を通すことができる。自分の授業に対する受講生の評価を読んでみて、深い溜息をいくつもついてしまう。これも詳細には触れないが、結局上記と同じで、僕が望んでいることと学生が望んでいることにはギャップがあるようなのだ。

いったい僕はどうすれば良いのだろう。

素人教育者の僕は僕なりに、精一杯学生のことを考えて対応することを心がけているつもりだ。ただ、いかんせん教育の訓練を受けていない僕に「正当な教育」を提供することはムリなわけで、その代わり僕は「サービス」を提供するという姿勢を徹底している。学生はお客様、僕はサービス提供者。学費という代金を払っている学生に対して、それ相応以上の価値あるサービスを返してあげる。ひらたく言えば、お金を払ってもらった以上、学生に損はさせたくない。学生に僕の授業やゼミをとって「良かった」と思われなくても、最低限「損した」とは思われたくない。

このやり方をとる以上、「お客様」のニーズ調査は徹底してやる。何をやりたいのか、何を知りたいのか、どのようなやり方が良いのか、どのような内容なら一番満足するのか。それを踏まえて、特にゼミに関しては、ゼミにおける活動内容はすべてゼミ生自身に決めさせるようにしている。つまり、僕が決めてやらせるというかたちにはしない。そうして「自己決定」してもらったほうが、より納得がいき、また満足できる取り組みと成果が生まれるのではないかと思うからである。

しかし、こうした学生による「自己決定」方式が、学生自身に対してはキツく感じるようなのだ。もしかしたら、学生はまだまだ誰かに導いて欲しいのかもしれない。もっとはっきりと進むべき方向を指し示して欲しいのかもしれない。僕は「自分が進むレールは自分の責任で自分で敷く」ということをやってもらいたかっただけなのだが・・・。それは過剰な期待なのだろうか。

教え、導く。なんと難しいことか。そもそも、僕にそんなことが可能なのだろうか。僕自身、たかが30チョイ過ぎの若造である。しかし、そんな若造と言えども、ひとたび教育の現場に立たされれば、経験の浅さ、年齢の若さなど言い訳に過ぎない。学生は同じ学費を払ってきているのである。それに相応しい対価を得る権利を持っている。

教え、導くということは、学生一人一人の人生に「介入」するということである。本当に自分で責任を持って意思決定できるのであれば、人に導いてもらう必要などない。極端な話、「教え」、「導く」という時点で、ある程度学生から自己の意思決定の権利を剥奪しているのだ。

曽野綾子氏は「すべての教育は、強制から始まる」と言っている。特に、「幼い時」と「新しく或ることを始める時」はそれが顕著になるとも言う。そもそも、勉学とはすべて新しいものごとへの挑戦である。好奇心・探究心が、新しいものに向かって跳躍させるのである。そうであれば、曽野氏の言う「強制」はすべての教育の現場において存在することなのだろう。

つまるところ、若者の教育活動に従事する者は、すべからくその若者の人生へ「介入」する勇気と実践を求められるのだ。程度の差こそあれ、教育に何らかの「強制」が介在する以上、それは、教え導く者として若者の意思決定を恣意的に左右する影響を与えているのである。このことに無自覚な教育者ほど危険なものはない。若者の人生へのコミットメント。その覚悟がどれほどの大学教員にあるのだろうか。

教育とは僕にとって依然未知の世界である。しかし、こんな若造の僕ですら、いま目の前には指導を仰いでくる前途ある若者たちがいる。現実はこれぽっちも待ってはくれない。

いま僕は、教え子たちからいくつかの予想外の反応を受けて、戸惑っている。もしかしたら、教え子たちの人生に「介入」することを恐れているのかもしれない。「介入」することを恐れ、それを避けるために、無理やり学生に「自己決定」させるようにしているだけかもしれない。

教育現場にいる以上、この恐れはずっと持ち続けていくだろうし、持ち続けていかねばならない。教え、導くというのは、それほど重いことなのだ。決して軽んじてはいけない。ただ、素人教育者だろうが何だろうが、勇気をもって教え、責任を持って導いていかなければならない場面は日々目の前にやってくる。それに対峙して、ひとつひとつ責任をもって学生にコミットしてあげなければ、教育者としての資格など無い。

教育に対する僕の悩みは今後も尽きることないだろう。学生の反応や評価に一喜一憂するのは、ただ単に僕の教育現場での経験が浅いからだからかもしれない。10年もこの世界にいれば、こうした思いなど微塵も感じないようになるのかもしれない。ただ、それを望んだが否かに関係なく、いま僕は教育現場にいる。その責任は最低限全うしなければならない。それが僕自身の研究にはまったく貢献しなかったとしても、それは果たさなければならない。

いま僕が教育者として素人なのは事実だ。そうであれば、少しずつでも良いから、前に進もうではないか。学生の声に耳を傾け、思い悩みつつも、学生の人生に少しでも価値ある「介入」ができように。

Posted by MK @ 07:37 AM
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April 09, 2005
『新学期スタート』

昨日4/8から大学の新学期がスタートした。初々しい1年生が学内に溢れ返る毎年4月の風景。お昼休みはどの食堂も長蛇の列で、昼休み時間内にまともに食事を済ませられなかった学生もたくさんいただろう。

朝から何度も新入生だと思われる学生から教室の場所を聞かれた。場所が分からず緊張した面持ちで「○号館どこですか!?」と聞いてくる。「あそこだよ」と親切なお兄さん(おじさん?)ぶって答えてあげると、よほどテンパっているのか礼も言わずに頭をすこし下げただけで立ち去っていく。

これが一度、二度ならまだしも、計10回くらいあった。彼らは僕のことを教員と思ってくれているのだろうか・・・。よほど道を聞きやすそうな風貌をしているのだろうか。まあ、自分の威厳のなさを悔やむしかない。

1限は主に1年生向けの基礎科目「経済学基礎」、2限は4年生のゼミ、3限は3年生のゼミの初回授業を行った。久しぶり(3ヶ月ぶり)に会うゼミ生もいたが、皆元気そうで何より。特に、4年生はいま就職活動の真っ最中。4月に入り、いろんな業界の採用活動が急に進み始めた模様。大変だろうが、ぜひ頑張ってもらいたい。僕はただただ吉報を待つのみである。

これからまた忙しい授業期間が始まる。心新たにまた頑張らねばと気を引き締めた春の日であった。

夙川・満池谷の桜

Posted by MK @ 11:22 AM
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March 16, 2005
『はじめてのサプライズ』

来月4月の新年度から入ってくる新しいゼミ生たち(第2期生)のプレゼミ合宿を、昨日から和歌山県白浜に1泊2日で行ってきた。ゼミが正式にスタートするのは来月からなのだが、実は昨年11月から事前勉強をするプレゼミを月一で開いてきた。今回はそのプレゼミの最後の締めくくりの合宿である。

内容は充実の一言。1日目は事前に出しておいた課題の確認とそのディスカッション。そして晩御飯を食べて、深夜まで続いた親睦会。2日目の午前中は体育館を借りてスポーツ大会。ゼミ生同士、とっても仲良くなってくれたようだ。僕もみんなのことをだいぶ良く理解できるようになったと思う。

さらにさらに、僕にとっては予想外の感動をもらった合宿だった。初日の晩の親睦会の際に、なんとゼミ生たちが僕の誕生日祝いのサプライズをしてくれたのだ。いきなり電気が消えて、Happy Birthdayの歌が始まり、ケーキが入ってくる。誰かの誕生日なのかなぁと勝手に思っていたら、なんと自分の前へ。正直、僕にとってこれが人生最初のHappy Birthdayサプライズだったわけで、しかも自分のゼミ生たちがしてくれたことが本当に嬉しくて、感激のあまり目頭が熱くなっていたことは秘密にしておいた。

実は僕の誕生日(3月6日)は少し前に既にきていたわけなのだが、当日は日曜日にもかかわらず仕事が入っていたばかりか、夜ぐらいは外で食事をしようということになっていたのが、ちょっとしたトラブルで外に出られないようになってしまい、外食のつもりだったので食事の用意が家にまったく無く、結局宅配ピザで済ますというなんともシュールな誕生日を迎えていたわけだった。なので、なおさら今回のゼミ生たちからのサプライズは驚いたし、本当に感激した。

面と向かって言うのはちょっぴりこっぱずかしいので、ここで言わせてもらいます。

 なんと愛しい我がゼミ生たち
 みんな、本当にありがとう
 そして、これからもよろしく

Posted by MK @ 10:23 PM
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October 11, 2004
『秋学期スタート!』

始まってしまいました、秋学期。相変わらず仕事のやり方がヘタなのか、仕事に追い立てられる毎日。というわけで、このBlogの更新も滞りがちといういつもの状態へ(笑)。チェックしてくれている方々、申し訳ないっす。

この秋学期から僕が担当することになった「情報ネットワーク論」だが、ひとまず今のところたくさんの学生さんに来てもらっている。結構タフな授業参加を要求する講義スタイルにしたのだが、みんな積極的に参加してくれて、ほんとありがたい限りである。

この講義では、実験的に受講者用のBlogを用意してみた。講義のなかで扱ったトピックについて、各自自由に意見や関連情報を投稿してもらうことで、講義全体を活性化させようというねらいなのだが、こちらもみんな活発に書き込んでくれており、ひとまず上々のすべり出し。講義期間中は荒らされるとヤなのでPasswordをかけているけど、講義終了後には公開する予定。

いま様々な方面でBlogの活用が広がっているけど、最近かなり驚いたのは、経済産業省とその傘下の経済産業研究所が共同ではじめた情報家電政策に関する「e-Life Blog」をはじめたことだ。担当者の個人名までしっかりと明記されるかたちでの情報発信なので、お堅い役所がこんなかたちで一般生活者との情報交換をはじめたのは、かなり画期的だと思う。

担当者もこのBlogのねらいのなかで言っているが、IT政策はスピードが勝負なので、こうしたBlogを活用したフィードバックの得方は十分意義はあるだろう。

けど、Blogからのフィードバックが政策立案にバンバン取り入れられるのもなんだかコワイ気もする。パブリックコメントの投稿者やその内容がきわめて偏っているように、Blogでコメントを付けたりトラックバックしたりする人が世の中を代表するサンプルであるわけでもない。ネット上の「世論」を政策的にどのように扱うかはきわめて微妙な問題だと思う。まあ、とにかくこのBlog、今後も追っかけてみたい。

次の更新はまたかなり先になるかも知れないけど、その際はお許しくださいませ・・・。

Posted by MK @ 04:19 PM
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