kakihara blog http://www.kakihara.org/blog/ ja 2008-04-01T00:00:01+09:00 サイトリニューアル・ブログ移転のお知らせ http://www.kakihara.org/blog/archives/000667.html 本日4/1をもちまして、このブログを以下のURLに移転致します。また、サイト全体をリニューアル致しましたので、トップページも変わります。引き続きよろしくお願い致します。 新ブログURL http://www.kakihara.org/wp/... Notice MK 2008-04-01T00:00:01+09:00 退職のお知らせ http://www.kakihara.org/blog/archives/000666.html 一部の方には突然のお知らせになってしまいますが、この3月末をもって、現在の職場である関西学院大学商学部を離れることになりました。月末まではまだ少し日が残っておりますが、今日が事実上の最後の日ということで、ご報告させて頂きたく存じます。 これまで5年間の関学での教員生活において、様々な方々にお世話になって参りました。初めて大学で働くことになり、右も左も分からないでいた僕を支え導いてくださった多くの同僚の先生方や事務の方々には深く深く感謝致しております。また、学外でお世話になってきた多くの企業・組織・団体の方々にも様々なご協力やご助力を頂きました。さらに、これまで様々なかたちでお付き合いさせてもらいました多くの学生の皆さんにもお礼申し上げたいと思います。本当にありがとうございました。 今回の退職は、関西学院大学を離れるということだけでなく、大学教員の仕事そのものからも離れることになりました。来月4月1日からは、久しぶりにまた企業で働くことになっております。職場も住居も東京に移ります。新しい仕事が始まりましたら、改めて皆様にご挨拶させて頂こうと思っております。 このサイトはこれまでずっと柿原個人で運営して参りました。4月以降も私個人が運営する私的なサイトとして細々と続けていきたいと思っておりますので、またお暇なときにお立ち寄り頂けましたら幸いです。 本来であれば、お世話になった方々には直接ご挨拶にあがるべきところですが、このようなご報告で失礼することご容赦くださいませ。本当にいろいろとありがとうございました。今後ともどうぞよろしくお願い申し上げます。 柿原正郎... Notice MK 2008-03-28T00:03:48+09:00 それぞれの旅立ち http://www.kakihara.org/blog/archives/000665.html 今年もこの時期になった。毎年恒例の行事なのだが、それでも毎回新鮮な気持ちになる。教え子を送り出す。ただそれだけなのだが、やはり2年あまりかなりの深さと近さで付き合ってきた若者たちを送り出すというのは、やはり感傷的な気分にならざるを得ない。 送り出すゼミ生も今年で3期目。1期、2期とも違って、これまた個性的な面々が集まった学年だった。一言で言えば「やんちゃな奴ら」だった。 僕はこの「やんちゃ」というのをある時期の若者が持つべき重要な要素だと思っている。得てして最近の学生は、お利口でお行儀が良く、なんでもそつなくこなすスマートな若者が多いのだが、そんな「収まりの良さ」は僕は正直あまり好きではない。せっかく若いのだから、大人が決めた枠組みや慣習などを窮屈に感じ、葛藤しながらそれを乗り越えていったり壊していったりするような「若者が持つべき当然の若者らしさ」が僕は好きだ。 今回卒業していったゼミ3期生は、そんな「若者らしさ」を存分に持っていた連中だった。彼らと接していると、こちらまで元気になるばかりか、自分ももっと頑張らないといけないと、叱咤されるような気分にもなった。彼らのやんちゃぶりには時には非常に困らされることもあった。それも今となっては懐かしい宝物のような思い出だ。 彼らのおかけで僕もいろんなことを気づかせてもらった。シンプルにいえば、「挑戦」、この一言に尽きる。ここ数年、歳を重ねるごとに知らず知らず保守的になってしまっているのではないかと感じていたのだが、彼らのやんちゃなチャレンジングスピリットを傍で感じて、「いや、自分もまだまだ」と思うようになった。 語り尽くせない感謝の思いを込めて、彼らの門出を祝いたい。 ++++++++++ 愛して止まないゼミ第3期生の皆さんへ 皆さん、ご卒業おめでとうございます。 これまで何度も皆さんに言ってきたことですが、皆さんとは本当に深い縁を感じます。僕が皆さんからもらった勇気と元気は言葉では言い尽くせないものがあります。 皆さんに会っていなかったら、僕は多くのことを知らないままだったと思います。皆さんに会っていなかったら、僕はやる気のない怠惰で退屈な人間のままだったと思います。皆さんに会っていなかったら、僕は前に踏み出せなかったと思います。皆さんに会っていなかったら、僕は挑戦する心を忘れてしまったままだったと思います。 皆さんにこのゼミに入ってもらえて、皆さんと仲良くなれて、皆さんと多くの思い出を共有することができて、本当に本当に嬉しいです。ありがとう。そんな言葉でこの感謝の思いは伝えきれません。 皆さんと同じように、僕もまたこの4月から新しい一歩を踏み出すことになりました。皆さんと同じ時期に、こうした人生の節目を迎えることができたこと、これを縁と呼ばずして何と言えば良いのでしょう。 皆さんとのご縁は、こんな大学の卒業ごときで切れるものではないと信じます。ぜひこれからも末永いお付き合いをさせて頂ければ嬉しく思います。この2年間のゼミで過ごした日々は、これからの長いお付き合いのほんの始まりだったのだと思えるようになれれば望外の喜びです。 皆さんの大いなる前途を祝し、このブログエントリーを捧げます。ご卒業、本当におめでとうございます。 柿原正郎... Teaching MK 2008-03-27T23:03:45+09:00 齢を重ねるということ http://www.kakihara.org/blog/archives/000664.html 本日おかげさまで誕生日を迎えることができました。35歳です。四捨五入したら40です。冗談抜きに完全にオッサンです。いまでは体が気持ちに全然着いていきません。まあ、そういう年齢だということですか。 この歳になると誕生日と言えども、何も特別なことはない。パーティーもなければケーキもない。職場には僕の誕生日を知っている人などいないので、会ってもいつも通りの挨拶をするだけ。 それが寂しいというのではまったくなく、普段の日とまったく同じなところが逆に心地よい。 さらに、今日はとても驚いたニュースがあり、あまりお祝いという気分でもない。 今朝、久しぶりに3つ年上の姉からメールが入った。お互い忙しくて最近ではほとんど会わない姉からの誕生日祝いメールなわけだが、そのメールに書いてあったことが衝撃だった。 僕がロンドン留学していた頃、姉の職場の同僚で、ロンドン駐在していた方を紹介してもらった。僕自身はじめての海外留学で右も左も分からない状態で、姉もさすがに気にかかったらしく、ロンドンに駐在している同僚がいるから世話になったらと紹介してくれたのだ。その方はFさんというのだが、奥様と一緒にロンドン駐在されていた。 事実、僕ははじめての海外生活、はじめての留学で、いろいろと不安なこともあったのだが、そのFさんご夫妻にはとても良くして頂き、家に招いて頂いたり、レストランの食事に誘ってくれたりしてくれた。大学の寮から別のフラット(いわゆるアパート)に引っ越す際には車を貸してくれたりもした。Fさんご夫妻は僕とほぼ同年代で、僕にとって異国の地で本当にお世話になった最初の人たちだった。 そのFさんの奥様が癌で亡くなった。そう姉のメールに書いてあった。 Fさんの奥様は、とっても明るくて朗らかで素敵な人だった。あまりに素敵な人だったので、正直Fさんを羨ましく思っていた。その奥様が亡くなられたというのは、僕にとって大きなショックと驚きだった。 今日、僕もひとつ歳をとったわけだが、こうして齢を重ねるたびに健康というものの大切さが本当に身にしみて感じられる。また同時に、自分は「いま」を本当にしっかりと生きられているのかという思いを痛切に感じる。 今日、あまりに普段どおりの誕生日だったわけだが、その普段どおりの生活のなかでも、少しなにか新しいものも感じられた日だったような気がする。 そんな35回目の誕生日でした。 Fさんの奥様のご冥福をお祈り致します。... Miscellaneous MK 2008-03-06T22:32:30+09:00 実践主義の経営学に向けて:冨山和彦著「会社は頭から腐る」 http://www.kakihara.org/blog/archives/000663.html 前回のエントリーの件は、収拾がつくどころか長期戦の様相を呈しているが、実は今回のエントリーが先日あげようと思っていたもの。 この本は産業再生機構の専務取締役COOだった冨山和彦氏の渾身の著作である。冨山氏は産業再生機構のすべての案件に関わり、現場を取りまとめる総責任者であった。2003年から2007年までの約4年間、冨山氏が具に見てきた経営の「修羅場」が、圧倒的なリアリティをもって描かれている。 この本は発刊から既に半年以上経っているので、既に読んだ人も多いと思う。僕も冨山氏の名前は当然知っていたし、この本の存在も知っていた。が、手が伸びなかったのである。僕はこの手の良く言えばキャッチー、悪く言えば趣味の悪いタイトルの本が嫌いで、「どうせコンサルタントの自慢話に毛が生えたエッセイ本だろう」と勝手に思い込んでいたのである。 しかし先日、ふと立ち寄った本屋でこの本を目にして、「ああ、あの本か」と思いつつ、何の気無しに手に取ってペラペラと読み始めてみたら、なんと一気に引き込まれてしまい、速攻レジに持っていった。普段ならハードカバーの本でも1時間もかけずに読んでしまうのだが、なぜかこの本はそうしてはいけない何かを感じ、自然にゆっくりゆっくりと読み込んでしまう自分がいた。 ◆目次 プロローグ:経営医学序説 第1章:人はインセンティブと性格の奴隷である [経営と人間] 第2章:戦略は仮説でありPDCAの道具である [経営と戦略] 第3章:組織の強みが衰退の要因にもなる [会社の腐り方] 第4章:産業再生の修羅場からの臨床報告 [現場のカルテ] 第5章:ガバナンス構造を徹底的に見直せ [予防医学その1] 第6章:今こそガチンコで本物のリーダーを鍛え上げろ [予防医学その2] エピローグ:今はまだ経営を語らず 仕事柄、日常的にかなりの量の経営書・ビジネス書を読んでいるが、久々に心を打たれた本だった。もちろん、勉強になるという意味では他にもたくさんの良書はあるのだが、それらは単に知識の1パーツとして頭の片隅に残るという感じにすぎないのだが、この本は自分の価値観を揺さぶられるという意味で非常に貴重な意味を持つ本になった。 この本にはいくつもの印象的なフレーズがある。 「人も組織も、インセンティブと性格の奴隷である」 「自己益、組織益、社会益の同期化」 「資本主義も会社も人が幸福に生きるための道具にすぎない」 「経営は合理と情理のバランス」 「人間性×能力=人間力」 「経営というのは、ひとつのキャスティングである」 「再生は言い訳との戦い」 「一流企業の競争など、所詮は『競争ごっこ』に過ぎない」 「若いエリートは、あえて負け戦に飛び込め」 などなど。 この本には「再生の修羅場からの提言」というサブタイトルが付けられている。まさにこの一言に尽きる。産業再生機構でカネボウやダイエーなど計41社の再生支援案件の「修羅場」を生き抜いていた冨山氏の言葉には、教科書的な経営理論などまったく空虚なものにしてしまう冷徹なまでのリアリティがある。 この本を読んで改めて思ったのは、経営学という学問分野にいる研究者の仕事は、本当にリアルな経営のリアルな現場で役に立っているのだろうか、ということである。 経営学には、数多くの「理論」と呼ばれるものがある。現代の社会科学において主流である論理実証主義(Positivism)に基づいて正当化(Justification)された概念枠組みである。それらのなかでも、実際の経営に対して多くの示唆や知見を与える有名な理論もある。 しかし、これらの経営理論はすべて「後付けの理屈」にしか過ぎない。現場の経営者やマネージャー達が自分や自らの組織を生き延びさせるために、日々悪戦苦闘しながら、手探りの試行錯誤のなかで見つけてきた「修羅場」を生き抜く術を、後から可能な限り客観的な視点と手法で調べて分析し、他の多くの人にも理解可能・実行可能なかたちに「言語化」する作業が経営学者の仕事である。その意味において、経営学者とは歴史家であり、翻訳家でもあるとも言える。 ただ、そうした経営学者の仕事やその成果物としての経営理論が、いま本当に実際の経営の現場にいかほどに役に立っているのかと問えば、大きな疑問符が目の前に立ちはだかるのである。特に、経営の危機に瀕し、いままさに生きるか死ぬかの瀬戸際にある企業に対して、現代の経営理論がどれほど手助けになっているのだろうか。 企業再生の「修羅場」をくぐり抜けてきた冨山氏が語る経営学や経営哲学は、驚くほどにシンプルである。「戦略とは仮説であり、実行のなかで検証し、絶えずフィードバックを繰り返しながら修正をしていく」というものだ。 「経営という社会科学の世界は、実験室で実験して効果を証明することができない。どれだけシミュレーション技術が発達しても、人間が介在する行為を完全に予測することはできない。そのため戦略の有効性を検証する唯一の方法は、実行してみることだ。実際にやってみるしかない。だから戦略が重要になるのである。戦略は正解を用意してくれるものではなく、あくまで仮説である。この仮説があるからこそ、正しい検証が可能となる。仮説なき実行は、宝くじを引くようなもので、当たるか外れるかは運次第となる。そしてほとんどの場合、宝くじのごとく当たらない。これでいいのなら誰でも経営ができてしまう。どのくらい精緻でかつ検証に有効な戦略仮説が立てられるかが、すなわち経営である。  そこでまず戦略の位置づけとして、実践経営上は、仮説にすぎないということをよくわきまえて戦略を構築すべきである。そして、実践の中でずれていくことも当たり前のこととして、たえずフィードバックしながら修正を繰り返していくものである。」(p.... Research MK 2008-02-10T21:12:06+09:00 Microsoft + Yahoo! 雑感 http://www.kakihara.org/blog/archives/000662.html しばらくぶりに別のテーマでエントリーを書こうと思っていた矢先のBreaking news。MicrosoftがYahoo! Inc.に対して買収提案を行ったとのこと。まぁ、やっぱり少しはこのことにも触れておかないといけないと思い、自分のメモのためにも雑感を述べておこうと思う。 スケール、タイミング、スキーム、様々な面から見ても、今回のMSが「本気」なのは明らか。MicrosoftがYahoo!に興味を持っており買収も検討しているというのは一昨年から言われていたことだが、これまではその動きがはっきりと表沙汰になることはなかったし、あくまでも噂の域を出ていなかった。 しかし、今回はMicrosoft自らYahoo!に送った買収の提案状を公開し、週末の朝だというのにすぐさまプレス発表まで行った。さらにこの日、CEOのSteve BallmerはMicrosoftの全社員に対して、この買収提案の成功に強い自信を持っていることをはっきりと示すメールを送っている。 今回のMicrosoftのYahoo!に対する公開買収提案は、Yahoo!が1/29に減益の四半期決算と1000人規模のレイオフを発表した直後のタイミングでここまで素早く且つ大胆に動いたということで、いかに綿密に練られた計画と周到な準備に基づいているかということを如実に表している。 日米双方のネット上のこれまでの議論では、「買収成立の可能性高し」といった意見が大多数のようだ。その根拠としては、ファイナンス面と事業シナジー面の2つがある。 まず、ファイナンス面からの買収賛成/容認根拠は、「あそこまで高いプレミアム(1/31のYahoo!の株価の1.62倍の価格=1株31ドルでの買収提案)を見せられたらYahoo!も無視できないし、Yahoo!の株主利益を考えれば、Microsoftの提案を飲まざるを得ないだろう」といういたって現実的なものである。 また、事業シナジー(相乗効果)の面からも、かなり大きなメリットが期待できるというのも買収賛成/容認論の根拠のひとつとなっている。もちろん既存サービスの重複も多いのだが、それでもYahoo!とMSNの顧客ベースが一緒になるスケールメリットと、インフラ共有によるコストメリットは極めて大きいだろう。 懸念材料としては、やはり明らかな企業文化の違いが挙げられている(参考(1)(2))。シリコンバレーのIT企業の代名詞のひとつであるYahoo!の人々にとって、この買収提案を飲むということは「Microsoft帝国の軍門に下る」というような意味さえ持つのは想像に難くない。 このMicrosoftのYahoo!に対する買収提案は、これから1〜2ヶ月のうちに急速に進展するだろうから、いま現時点で予測や評価をしても仕方がないが、僕としてはこの一件を比較的ポジティブに捉えている。 僕はGoogleという企業をこれ以上とないほど高く評価しているが、やはり一強体制はいろんな意味でよろしくないとも思うので、その対抗馬としてMicrosoft+Yahoo!がしっかりと機能するのであれば、一ユーザーとしては良いことだと思っている。 日本のヤフー(Yahoo! JAPAN)は、米Yahoo!ではなくソフトバンクが筆頭株主なので、今回のアメリカでの買収問題がすぐさま大きな影響を与えるわけではないのだが、もし本国でMicrosoft+Yahoo!が実現すれば、遅かれ早かれ日本国内のマイクロソフトとヤフーの協働も必然的に検討され実施されていくことになるのだろう。 Microsoft+Yahoo!の具体的な施策としては、やはり、 ・Microsoftのウェブブラウザー(IE)の初期画面がYahoo!になる ・Windows OS(VistaとMobile)とYahoo!の連携が強化される ・MicrosoftのネットサービスブランドがYahoo!で統一される などがすぐに頭に思い浮かぶし、それらの事業的可能性は極めて大きいと思う(MSNとYahoo!ブランドの混在した合体だけは勘弁してもらいたい!!)。さらにソフトウェア開発、サービス開発レベルで、もっとつっこんだ協働もいろいろと可能だろう。特に、エンジニアや研究者の間での情報交換や知識共有が、また新たなイノベーションを生むことも考えられる。 だが、Yahoo!が今回のMicrosoftからの提案を却下し、独立独歩路線を維持するという選択肢もまだわずかながら残っているとは思う。 せっかちな株主や投資家からのプレッシャーもかなり高まってくると思われるので、いまのままの独立路線は容認できないという意見も多い。しかし、昨年Yahoo!が発表した数々の動き、特に大型買収案件(自動ネット広告取引所のRight Media、オンライン広告ネットワークのBlueLithium、コラボレーションソフトのZimbra)は、苦しみながらも次の成長へと足を進め始めたYahoo!の力強さのようなものを感じさせてくれていた。また、次期Yahoo! Musicには、相当画期的な音楽サービスが用意されているとの噂もあり、僕としてはかなり期待していた。 せめてあと1年、Yahoo!のCEOのJerry Yangに時間を与えてあげられたら、もしかしたらYahoo!は単独でもしっかりと復活できるかもしれない。そう思える部分も多々あるのだが、そんな淡い思いを吹き飛ばすかのような今回のMicrosoftの買収提案である。5兆円近い手持ち資金を持って大胆且つ冷徹な力技で押し切ろうとする企業が他にどこにあろうか。その手法に疑問を感じるちょっと前まで中の人だった大物もいるのがさらに興味深い。 やっぱりこんなダイナミックな企業戦略や産業変化を生々しく見せてくれるIT/ネットの世界って、ほんとにおもしろい。とにかく、いまはこのドキドキ・ワクワク感を噛み締めながら、動向を静観していこうと思う。 [追記 2/3] 早速いろんな続報が入ってきた。なんかかなり複雑且つ激しい動きになりそう予感。とりあえず参考まで。 ・「MS敵対買収に発展か ヤフー側には毒薬条項あり」 ・「News Corp.、ヤフー買収に緊急発進」 ・「Jerry Yangがプライベート・エクイティと話しているという噂」 ・「マイクロソフトとヤフー合併で残るもの、消えるもの」 [追記 2/4] いや〜、ますます面白くなってきました。Googleかどうかは別にしても、White... E-biz news MK 2008-02-03T02:29:28+09:00 遅ればせながら、新年のご挨拶 http://www.kakihara.org/blog/archives/000661.html 12/31から1/5まで家を空けている間に、あけましておめでたいという時期でもなくなってしまったが、2008年最初のエントリーということで、遅ればせながら新年のご挨拶を。 昨年は、本当にいろんな方々の様々な協力や支援や励まし無しには乗り切れなかった年だった。 一昨年あたりからくすぶり始めていた仕事上の様々な「悩み」や「迷い」が、昨年は一気に表面化し、それに対峙し、もがきながらなんとか前に進もうと必死だった1年だったように思う。 しかし、そんななかにもいくつかの幸運の巡り合わせはあったわけで、長いトンネルの中でようやく出口がかすかに見え始めた、そんな1年でもあった。 昨年公私両面でお世話になった多くの方々に対して、改めてお礼を申し上げたい。本当にありがとうございました。 今年は、大きな動きのある年になりそうです。というか、そうしたいです。 今年は僕も35歳の誕生日を迎え、四捨五入すれば40歳となる本格的なオッサンになるわけで、そろそろ学生と朝まで飲んだくれるようなことは無くさねばとも思ったりするのだが、いやいやまだまだイケるぞ、と妙に自分を励ます自分もいたりする。 まあ、とにかく今年もがんばっていきますので、どうぞよろしくお願い申し上げます。 +++++ ひとつ業務連絡です。 ケータイを換えました。MNPを使って、auからSoftBankにしました。 あまりキャリアにこだわりのない僕としては、いま勢いのあるキャリアの端末とサービスを使ってみたくなったというのが表の理由。 けど、SoftBankのTV CMの上戸彩があまりに魅力的だったというのが裏の理由(というかこっちが本音)だったりする。特に、最近流れ始めた「ソフトバンク呼び出し音」バージョンの彼女は殺人的ですらある。うーん、はやりTV CMってまだまだ効くなぁ。 MNPなので携帯電話番号はこれまでと同じですが、携帯メールアドレスは変わります。いままでの僕の「ezweb.ne.jp」アドレスの@より前は同じで、@より後ろが「softbank.ne.jp」に変わります。 以上、よろしくお願い致します。業務連絡でした。... Notice MK 2008-01-07T01:28:54+09:00 気がつけば年の瀬 http://www.kakihara.org/blog/archives/000660.html エントリーが随分と空いてしまった。2003年2月から続けている本ブログだが、1本もエントリーがない月はなかった。どんなに忙しくても少なくとも月に1本は何か書くようにしていた。 しかし、先月11月は本当にどうしようもなく、書けなかった。書く時間は作れたと思う。けど、書けなかった。 僕の生活のなかで、今年の夏頃からいろんな変化が生まれ、それが10月以降、良い方向にも悪い方向にも勢い良く転がり始めた。さらには、本業も副業も雑用も、あらゆる種類の仕事が怒濤のように押し寄せ、僕を飲み込んだ。 正直、キツかった。 夏以降、いろいろと大変になるだろうとは予想はしていたし、それなりの準備と心構えもしていたつもりだった。しかし、予想はいとも簡単に裏切られた。誇張無しに、身も心も限界に近かった。いや、超えていたかもしれない。意図せずとも結果的に多くの人に迷惑をかけてしまったことが、さらに僕を苛んだ。 そして、気がついたら年の瀬になっていた。 ようやく状況も少し落ち着いてきた。と思う。 ここで、年末にありがちな「今年を振り返れば・・・」という調子のエントリーでも書ければ良いのだが、今年はいろんなことがあり過ぎて、今は振り返る余裕はまだない。ひとたび振り返れば、いろんな思いが複雑に絡み合いながら僕を襲うに違いない。なぜかそう思えて、振り返るのが正直怖いのだ。 振り返るのはもう少し先にさせてもらえませんか。 誰にお願いするわけではないのだが、なぜか無性にこう言いたい。 一昨日、ゼミの忘年会を開いた。毎年この時期に3年生ゼミと4年生ゼミ合同で忘年会を開いているのだが、今年はいろんな意味で特別な忘年会になった。 これまでも僕はゼミの学生たちには本当に恵まれてきた。自分が教えている以上に多くのことを教えてもらってきた。しかし、今回ほど、僕自身が学生に救われたことはない。これも、間違いなくひとつのシアワセのかたちなのだと、いま心の底からそう思える。 そんな2007年の年の瀬です。また来年。 ##### ゼミ生の皆さん 先日の忘年会で皆さん一人一人が僕に贈ってくれたメッセージ。本当に嬉しかったです。本当に勇気づけられました。本当にごめんなさい。そして、本当にありがとう。 皆さんがくれた言葉ひとつひとつが、どれほど僕を救ってくれたか、皆さんは想像できないでしょう。お礼を言わなければいけないのは僕のほうなのに。謝らなければいけないのは僕のほうなのに。 あともう少し。けど、これからもずっと。よろしくお願いします。 #####... Miscellaneous MK 2007-12-21T23:08:53+09:00 川の流れは何処へ:Radiohead, NIN, Oasis, Jamiroquai, Madonna, and More? http://www.kakihara.org/blog/archives/000659.html 堰を切ったように、というのはまさにこのことだろう。10月に入ってから、音楽業界において極めて重大なニュースが立て続けに飛び込んできた。 今月あたま、イギリスのロックバンドのRadioheadが自身の新作アルバムの販売をウェブサイトのみとしたことを発表した。しかも、購入価格は"It's up to you(あなた次第)"。 続いて、アメリカのインダストリアル・ロックの代表格のNine Inch Nailsが、レコード会社から完全に独立して活動を行うというフリーエージェント宣言を行った。 さらに、イギリスの超人気ロックバンドOasisと、僕のlifetime-favoriteのアシッドジャズ・バンドJamiroquaiも、Radioheadと同様の方法で次のニューアルバムをウェブ上で販売することを検討していると報じられた。 そして極めつけとして、「あの」Madonnaが、今後のアルバム制作やコンサートなどの一切の音楽活動に関して、長年契約を結んできたレコード会社Warner Bros. Recordsを「捨てて」、Live Nationというコンサートプロモーション会社と契約したと報じられた。 音楽業界に「激震が走った」と表現しても何の誇張もないだろう。 これまで、音楽業界というものは、レコード会社とアーティストが持ちつ持たれつの蜜月の関係で築き上げられてきた。アーティストがメジャーになるためにはメジャーなレコード会社と契約することが必須だったし、レコード会社としてもビッグアーティストを擁することには多大の努力と投資を行ってきた。 しかし、いまインターネット技術の普及とともに、音楽の「中身(コンテンツ)」は、レコード会社が用意した「智恵(ノウハウ)」や「道(チャネル)」が無くとも「お客(ユーザー)」に届かせることができるようになった。MySpaceやYoutubeを積極的に活用したインディーズバンドが突如としてビッグヒットを飛ばすことも、今ではそれほど珍しいことではなくなってきた。 こうした商品の「制作」→「流通」→「販売」のバリューチェーンのなかで、真ん中の「流通」フェーズがインターネットの普及により大きく変化し、その役割の価値が相対的に低下・もしくは喪失するという「ディスインターミディエーション(Disintermediation)」の事例は、僕らは様々な領域でこれまでに何度も見てきている。金融、旅行、パソコン、等々。 音楽業界では、このインターネットのインパクトは、まずは「川下」の領域から始まった。すなわち、販売チャネルのネット上での拡大であり、その代表格が言わずもがなAppleのiTunes Storeである。iTunes Store(スタート当時はiTunes Music Store)は、1曲99セントという革新的な価格設定と、その分かりやすさや使いやすさで、一気に普及した。その後も、様々な音楽配信・販売ビジネスが立ち上がり、ユーザーが音楽を購入する手は格段に増えた。 しかし、そんな音楽ビジネスの「川下」の革新的変化のなかでも、アーティストとレコード会社の関係は十分安定的なものだった。Appleも、iTunes Storeに幅広い楽曲を提供してもらうために、大手レコード会社と良好な関係を構築することは必須だったし、楽曲の制作やプロモーションや著作権管理において、アーティストはレコード会社のサポートは失うわけにいかなかった。少なくともこれまでは。 そしていま、冒頭の動きである。音楽というもの(コンテンツ)を最初に生み出す存在=アーティスト自身が動き始めたのである。これはまさに「川上」の変化だ。いや、もっと言うならば、「川の源流」がこれまでとはまったく違う方向に流れ始めたのである。 これまで「川の源流」が流れていくことで潤ってきた山や野原は、今後その姿を大きく変えていくに違いない。フリーエージェント宣言をしたNine Inch NailsのTrent Reznorは自分のサイトで次のように高らかに述べた。 「従来の音楽ビジネスの流通モデルはすでに限界が見えている。音楽ビジネスは今までの状態と本質的に異なる別物へと革命的な変化を遂げている。ついにわれわれの聴衆と直接的かつ適切な関係を結べるようになったことを私はたいへん嬉しく思う」 このアーティスト達の既存音楽ビジネスへの危機感は、これまでも様々な場所で垣間みられてきた。最近の新たな「川下」での積極的な動き(iTunes StoreやAmazon.comでのDRMフリーの音楽コンテンツ販売など)が、皮肉なようだがアーティスト達の危機感をさらに募らせた部分もあるのではないか。 ビッグアーティスト達がレコード会社に頼らない独自のやり方で今後活動していくという今回の立て続けのニュースは、音楽業界の本格的な構造変化における重要なメルクマールになったような気がする。 この流れはもう止められないかもしれない。堰は完全に切られたのか。Radiohead, NIN, Oasis, Jamiroquai, Madonna。次は誰だ?... E-biz news MK 2007-10-12T00:15:59+09:00 全ての大人達へ:Did you know? http://www.kakihara.org/blog/archives/000658.html 少し前に話題になっていた映像。タカヒロさんのところで日本語訳のYouTube版が紹介されていたので、ここでも遅ればせながら。 教員・研究者ならずとも、全ての大人達必見。未来を作るのは、いまの子供達なのだから。その子供達に我々は何をしてあげられるのだろうか。 その責任は重い。... Miscellaneous MK 2007-10-05T20:54:20+09:00 スタンダードかギミックか:iPod touch http://www.kakihara.org/blog/archives/000656.html とうとう我が家にもやってきました。Appleの最新型iPod「iPod touch」。 これまで僕が使ってきたのはiPod nanoだが、けちってメモリ容量の少ない2GBモデルにしてしまったため、メモリがいっぱいになってしまっていたので、ちょうど買い替え時期だった。また、以前にiPhoneに関するエントリーを書いた手前、やっぱり例の「マルチタッチインターフェイス」を自ら試したいというのもあった。 というわけで、早速驚いたのが家に届いた小包の小ささ。何せ、タバコケース2つ分くらいで、びっくりするほど小さいので本当に本体が入っているのか心配になってしまうくらい。というのも、ケータイやPCを買うといつも付いてくるあの忌々しい分厚いマニュアルが入っていないのだ。入っているのは、イヤフォンとUSBケーブルとペラペラの説明書のみ。らくらくホンもビックリである。 まさにこれがiPodの強みであり、Appleの競争優位である。これだけの先進技術の固まりの製品が、マニュアル無しでほとんどの機能を直感的に使うことができる。しかも、高齢者をターゲットにした製品ではなく、一般ユーザー向けの製品でそれを実現しているのである。尚且つ、今回はマルチタッチインターフェイスというAppleとしてもまったく新しいユーザーインターフェイスを採用した製品であるにもかかわらず、である。 そしてその注目のマルチタッチインターフェイス。まさにルック&フィールで何の迷いもなく使えてしまう。画面をスライド(ページ送り)をする際に、指で画面を滑らせて放り投げるような動作をすると、ものスゴい滑らかな動きで画面が滑っていく。初めて使った際には、「おおっ」と声を上げてしまいたくなるくらい。これまでにもタッチスクリーンのインターフェイスを採用した製品はいくつもあったのだが、それらが全て色褪せてしまうくらい違う次元に行ってしまっている。 こうした野心的なインターフェイスを自らの主力商品であるiPodにど真ん中ストレートで投入してきたAppleの決断には感嘆するばかりである。 僕はデザインは専門でもなんでもないのだが、製品開発におけるデザインに関して感覚的に思うのは、日本のメーカーは「足す(加える)デザイン」はそこそこ上手なのだが、「引く(削る)デザイン」はあまり巧くないということだ。何かしらの原型があれば、それに必要なものを付け足していくような作業には創造性を発揮するのだが、かなりの水準でユーザーのニーズが満たされたり絞られてしまっている状況において「何を引く/削るのか」という判断ができないということだろう。それは、多様な要素間の優先順位を付けるのがヘタということか、優先順位の低い要素を削るという大胆な意思決定をするのがヘタということか、その両方ということだ。 この点に関して、某家電メーカーの中の人が国内家電メーカーのユーザーインターフェイス設計の問題を指摘してくれている。設計の方向性としては、「操作回数を減らすのか」、もしくは「ボタンの数を減らすのか」という二極に分かれるが、ここで前者に向かったのが国内メーカー、後者に向かったのがAppleということになるのだろう。事実、Steve Jobsは「ボタンは製品を複雑にし、外観を損なう」と考えているようで、それがAppleの製品設計の根底にずっと流れ続けている。 このように、iPod touchのユーザーインターフェイスの革新性やAppleの製品設計思想の素晴らしさは、敢えて僕がここで繰り返さなくても五万といるAppleの熱狂的ファンの人々が十分答えてくれているが、僕の関心はこの前のエントリーでも書いたように、やはりこのユーザーインターフェイスの「市場性」にある。 確かに、この「マルチタッチインターフェイス」の革新性は疑問の余地はない。一度見てしまえば、他のメーカーでも真似はいくらでもできるだろう。しかし、最初に設計・開発し、実際に市場に投入するのはApple以外には無理だったと思わざるを得ない。 しかし、この革新的ユーザーインターフェイスが、QWERTYキーボードのような「スタンダード」になるかというと、その可能性は低いのではないだろうか。他のメーカーとしても、この「マルチタッチインターフェイス」をそっくりそのまま模倣してしまうことは、自らデザインの放棄を公言してしまうことにもなるので、タッチスクリーンは採用しても微妙にルック&フィールを変えてくるだろう。 さらには、Apple自身ですら、この「マルチタッチインターフェイス」を今後のiPodの主力インターフェイスとして採用していない。このiPod touchと一緒に、これまでのiPodのインフーフェイスを踏襲する「iPod Classic」と「iPod nano」もリリースした。Apple内でも、iPodシリーズ全体から完全に物理ボタンを消し去ってしまうほどの決意をもってiPod touchを投入したわけではないのである(まあ、それは賢明な判断だと思うが)。 となると、僕が手に入れたこのiPod touch。単なるギミック(おもちゃ仕掛け)のユーザーインターフェイスが付いた容量の少ない(16GB)iPodなのだろうか。やっぱりこれは「電話機能無しiPhone」でしかないのだろうか。僕はそんな製品を嬉しそうに発表日当日に予約注文した超ミーハーなガジェット好きユーザーなのだろうか。 うん。まあ、そういうことなのだろう。まあ、それで良いではないか。そうであったとしても、Appleの今後の動きにはやっぱり大注目であることには変わりはない。しばらく僕はおもちゃを与えられた子供状態だろうが、そのおもちゃ遊びから家電製品の未来を妄想してみたっていいだろうさ。... E-biz news MK 2007-09-24T11:49:57+09:00 「いまここ」の尊さ:DREAMS COME TRUE WONDERLAND 2007 http://www.kakihara.org/blog/archives/000655.html 今年の夏は本当に音楽漬けの毎日であることは先日もお伝えしたとおりだが、その最後を締めくくるに相応しいイベントに昨日行ってきた。 オリンピックでもサッカーワールドカップでもない、4年に一度の祭典。史上最強の移動遊園地。そう。DREAMS COME TRUE WONDERLAND 2007である。 あれは高2の夏だったろうか。ラジオから流れてきたなんとも軽快なメロディと艶やかな歌声とチャーミングな歌詞。それは彼らの曲「うれしはずかし朝帰り」だった。当時ドリカムは大阪ではそこそこ人気があったのだが、全国的にはまだブレイクしていない頃だったと思うが、その比類無き楽曲のセンスと吉田美和の歌声にすぐさま惹き込まれた。 それからもう17年。随分と時が経ってしまったが、僕はずっとドリカムファンだった。彼らが全国的にブレイクした後、なぜか一時彼らの曲を聴かなくなってしまった時期もあったのだが、2005年の「何度でも」でふたたび僕のドリカム熱は完全復活した。 そんなドリカムが「史上最強の移動遊園地」と銘打って1991年から4年に一度開催してきたライブイベントがこの「DREAMS COME TRUE WONDERLAND (DWL)」だ。 彼らのライブパフォーマンスの素晴らしさは誰もが知るところだが、実は僕はドリカムファンでありながら、一度もライブには行ったことはがなかった。というのも、とにかく4年に一度なので、そもそもチャンスが少ない。前回の2003年も行こうかと結構悩んだのだが、仕事がバッティングしてしまい泣く泣く断念した。 実は今年も直前まで行こうかどうしようかかなり悩んでいた。正直30代半ばにもなってライブなんて結構思い切らないと行けないもんである。けど、これを逃すとまた4年後である。そう思うと、ノリと勢いで行くしかないと思い切って今回はじめての参加を決意したのが8/30。それから某ヤ○オクさんにお世話になり、9/8の京セラドーム大阪での公演のチケットをなんとか確保。思いのほか良い席が取れたこともあり(アリーナのかなり前列)、公演前日はまさに遠足前日の幼稚園児状態だった。 そして、いま。1日経ったいまでも、あの感動をどう表現していいのか分からないままでいる。 この思いを言葉で表現しようと何度も試みるのだが、少しでも思い出そうとすると、目の前をドリカムの2人が駆け抜けた情景や京セラドーム大阪の4万人が揺れたあの情景が頭いっぱいに怒濤のように広がってきて、どうにもこうにも言葉に綴ることができないのである。 こんなに感動したのはいつ以来だろう。目の前で吉田美和が歌う「未来予想図II」を聴きながら、気づいたら僕の目から汗が滝のように流れていたのは言うまでもない。 あの日、僕の目に映るドリカムは、あの瞬間、他のどこでもない、あの場に存在した。CDやDVDから流れる音や映像ではなく、いま目の前で彼らが奏でる音を耳にし、あの空気を肌で感じた。そして、二度と再現できないあの経験を僕にもたらしてくれたのである。この「いまここ」に存在することの尊い意味を、僕は改めて実感した。 先日のエントリーでも触れたように、音楽や映像の領域はいま大きく変化しつつある。特に、デジタル化・ネットーク化の恩恵を一番強く受けて、ビジネスの領域そのものが大きく変わりつつあるのが現代の音楽・映像ビジネスである。音も映像も、多様なlocationやoccasionで消費されるようになったわけで、そこはある意味、時間軸や地理軸の存在がどんどんと薄れていってしまっているようにも思える。 しかし、何千年も前からずっと音楽というものは、「生」の人が奏でる「生」の演奏を「生」でその場で鑑賞するものだったわけであって、その瞬間、その場でしか味わえないlivelinessが音楽の醍醐味だったわけである。「いまここ」で生まれるliveliness。その刹那のような儚い感覚。しかし、その重みと深み。そんな当たり前だが原初的な音楽の素晴らしさを、いまさらになって感じたわけである。 いま「ユビキタス化」と呼ばれる社会のデジタル化・ネットワーク化の大きな流れのなかで、「いつでも・どこでも(anytime, anywhere)」が重要且つ価値あるものだと言われてきた。この流れは今後もどんどん進んでいくだろうし、そうしたほうが世の中の様々な領域の利便性や生産性が上がるのも間違いない。しかし、その一方で「特定の瞬間に特定の場所で(particular time, particular place)」の価値も相対的にますます大きくなってきているのも逆の真理であろう。 「いまここ」に存在することの価値。時間と場所の流動性に強く抗うことで生まれる価値もまたこの時代において重要な意味を持つ。先日京セラドーム大阪という「場」でドリカムと他の4万人の来場客とともに僕が共有することのできたあの3時間半という「時間」は、他のどんな「場」や「時間」とも代替することはできない。あのライブの映像が後にDVD化されてそれを見たとしても、あの日僕がこの体全身で体験したあの「いまここ」は、もう二度と感じることはできないのである。 そんなライブイベントの素晴らしさを、今回は本当に堪能することができた。思い切って行ってみて本当に良かった。ありがとうドリカム。この感動を胸に、明日からもまたがんばれそうです。次のDWLは2011年か。うん。また行こう。 自宅PCのiTunesから流れる「何度でも」を聴きながら♪... Miscellaneous MK 2007-09-09T23:21:07+09:00 おっさんがWebを走り抜ける!?:1-click Award 2007 http://www.kakihara.org/blog/archives/000654.html 今年もやってきました。リクルートMC主催のWebコミュニケーション企画コンテスト「1-click Award」。 今年はプロモーション用のブログパーツがなんともニクい。このおっさんに「カンチョー」をしてあげると、おっさんは慌てふためきながらこのブログバーツが貼ってあるいろんなサイトを走り抜けていく。こんな小ネタにも、Webの世界の可能性や奥の深さを感じさせてくれるところがほんとニクい。 writeBannerTag(2); このイベントはプロ/アマ関係なくエントリーできるし、また今年は企画一本勝負の「プランニング部門」もあるので、ぜひうちの学生の皆さんも腕試しにチャレンジしてみてはいかがだろうか。... E-biz news MK 2007-09-08T01:09:38+09:00 音楽の境界の融解と変わらない自分:元気ロケッツ http://www.kakihara.org/blog/archives/000653.html 僕の今年の夏は音楽漬けの毎日だ。こんなに音楽にどっぷりはまるのは何年ぶりだろう。中学から大学まではまさに「No music, no life!」って感じだったのだが、働き始めてから音楽に触れる時間は一気に減っていまに至っていた。そんなわけで、ヘタすりゃ10年ぶりぐらいのMy音楽ブームである。 そんな勢いもあって、前のエントリーではPerfumeを紹介してみたわけだが、もうひとついま僕のスーパーヘビーローテーションとなっているものを紹介したい。単に気に入っているだけでなく、大げさに言えば「音楽」というもの境界を深く考えさせられる事例となっている。 それは「元気ロケッツ」というユニットである。 "Heavenly Star" by Genki Rockets 超爽やかなハウスダンスチューンということだけで僕のストライクゾーンど真ん中なわけだが、このユニットの背景がますます面白い。関連情報はウェブでいろいろ見つかるので、ここでは簡単に紹介したい。詳細は、この紹介記事などを参照してもらいたい。 この曲は、2006年11月に欧米で先行リリース(国内は2007年2月)されたPSP用ゲームソフト「ルミネスII」に収録されたゲーム音楽である。そのゲームのリリース前である2006年9月11日にPVがYoutubeやMyspaceで配信されるやいなやいきなり大きな話題となり、その後様々なRemixバージョンも出され、iTunesのダンスカテゴリーではいまでも上位にランクインしている(2007月8月現在)。ちなみに、歌っている女の子は「宇宙で生まれ育ち、30年後に17才になるLUMI」という子だそうだ。宇宙ものSF好きのオッサンとしてはたまらない設定である。 圧巻なのは、先日2007年7月7月に世界同時開催された地球温暖化防止キャンペーンライブ「Live Earth」の幕張会場で、3Dホログラムでオープニングアクトを務めた映像である。こちらもネットで公開されているのですべて見ることができる。うーん、まさにレイア姫(若い人たちは分かるかなぁ)。 ・Live Earth_20070707_Genki Rockets_Live_originalA ・Live Earth_20070707_Genki Rockets_Live_originalB ・Live Earth_20070707_Genki Rockets_Live_originalC 音楽のPVやライブ映像は通常は著作権の関係でYoutubeなどでネット配信することには大きな障害がある。しかし、この元気ロケッツのPVやライブ映像はそもそもネットで配信されるの前提にしている。これは著作権はどのように処理しているのだろうか? Creative Commonsだろうか。(詳しい人教えてください) ネット配信を活用して口コミでプロモーションを仕掛けるアプローチは、これまでもさまざまなアーティストやレーベルによってされてきた。しかし、この元気ロケッツの場合は、さまざまな点が異なる。 まず、もともとの出自が音楽業界でなく、ゲーム業界であること(元気ロケッツのプロデューサーは著名ゲームクリエーターの水口哲也氏)。さらには、アーティストや曲自体のプロモーションが当初の主目的ではなく、PVの評判がネットで広がって結果としてアーティストや曲が立ってきたという経緯。また、それがLive Earthのような他の大きなイベントと絡んで、さらに大きな話題となっていること。ちなみに、Live Earthとの連動は元気ロケッツの当初の企画のなかには含まれていなかったと思うが、もしこれが計画通りなのだとしたら、本当にビックリ且つ拍手喝采の嵐である。 というわけで、この元気ロケッツの事例は、これまでの音楽ビジネスの枠をあまりに大きく飛び出してしまっている。しかし、結果としては、しっかりと音楽ビジネスになっている。これは音楽ビジネス、特にネットとの絡みでそれを考える際に、大きな示唆をもたらす。 いま音楽ビジネスで起こっている地殻変動は、端的に言えば「メディアの変化」×「チャネルの変化」ということにつきる。 「メディアの変化」とは、音楽というコンテンツがのっかる器(媒体)が大きく広がって行っていることである。レコードに始まり、テープ、CD、DAT、DVD、など物理メディアも大きく変化してきたが、音楽や映像のネット配信、ケータイの着メロ/着うた(フル)など、デジタルメディアとしても急速に拡大し続けている。 これに重なるように「チャネルの変化」が同時並行で進んでいる。チャネルとは音楽コンテンツを売る(ユーザーが買う)場の変化のことである。レコード/CD店だけでなく、レンタルショップ、ネット、ケータイなど、様々な場所で僕らは音楽に触れ、それを購入することができる。 この「メディアとチャネルの同時変化」が既存の音楽業界を大きく揺さぶらないはずはない。 同様の歴史を経てきた業界に、ビール業界がある。30年ほど前はビールは「酒屋さんから届けられる瓶ビール」で楽しむものだった。まさにサザエさんの世界である。しかし、80年代後半から急速にビールの「メディア」と「チャネル」が変化した。言わずもがな、「瓶→缶」というメディア(器)の変化と、「酒屋→量販店」というチャネル(売り場)の変化である。それまで市場シェアの6割超を押さえていた圧倒的リーダーのキリンは、その地殻変動の対応が遅れ急速にシェアを落とし、シェアトップの座をアサヒに明け渡したのである。このビール業界の事例を見ても、「メディアとチャネルの同時変化」がもたらすインパクトの大きさが容易に想像できるだろう。 音楽というかたちのないものを、著作権で保護しつつレコードやCDという物理メディアに載せることでモノ経済の中で商品として取引・流通させることで、アーティスト、音楽レーベル、ユーザーの相互満足を作り出してきた音楽業界。こうしたビジネスの仕組みを「時代遅れ」というつもりはさらさらない。生み出されるビジネスのボリュームを考えれば、少なくとも今後10年くらいはこの仕組みが有効且つ必要なものであることは明白だ。 しかし、「その先」、また「その先の先」を考えれば、事態は急速に不透明になる。メディアとチャネルの同時並行的な変化のなかで、音楽の(広い意味での)消費形態が大きく変わろうとしているなか、現在の音楽業界の構造やビジネスの仕組みは否応なく変わらざるを得ない。それは、いま僕たちが念頭においている「音楽」というものの境界そのものが変わってしまうかもしれないのである。 もともと音楽業界はテレビや映画などの映像系の業界との結びつきは強いが、今ではそこにゲームやネットサービスという業界も大きく絡みながら音楽業界に食い込んできている。映像・音楽・ゲーム・テキストをすべて含む国内コンテンツ産業の市場規模は2006年で14兆円である(デジタルコンテンツ協会調べ[PDF])。これら4つのコンテンツ領域がいま密接に絡みながらそれぞれ蠢いている状況だ。 今回の元気ロケッツの事例は、そのことを少なからず垣間見せてくれている。もともとのゲーム内音楽の企画ユニットという範疇を大きく飛び越えて、いまでは単体の音楽ビジネスとしても完全に成立している。さらにその成功にはYoutubeやMyspaceなどのネットサービスが密接に絡んでいる。ネット音楽配信サービスやSNSがかなり世の中に普及したこの現在だからこそ、元気ロケッツのブレイクが発生し得たわけである。こうなると、どこからどこまでが音楽ビジネスなのか、本当に分からなくなってくる。... E-biz news MK 2007-08-26T12:46:19+09:00 ここまできたらもう推すしかない:Perfume http://www.kakihara.org/blog/archives/000652.html 今回のエントリーは正直自分でもヤバいと思ってる。けど、もう我慢できない。 これまで何度もここに書こうとしてきて、寸前で思いとどまってきたネタ。そう、それはPerfume。えっ、Perfumeを知らない? ぶっちゃけ、テクノポップアイドルグループです・・・。三十路半ばの身ながら、恥を忍んで今回彼女たちを応援してみたい。 昨年あたりからアキバ界隈では人気が出てきていたけど、最近になって公共広告機構(AC)のTV-CMに起用され(以下の動画参照)、さらに先日8/11のサマソニにも参加し、まさに「大ブレイク目前?」といったところ(本当か?)。 このTV-CMでかかっている新曲、「ポリリズム」のPVが今日8/22からYahoo!動画のPerfumeスペシャルサイトで公開になった。それ以前の曲のPVも含めてぜひご覧あれ。また、ケータイの着うた配信も同日始まった。CDの発売は9/12なのだが、このようにネット動画配信や着うた配信によるティザー(発売前)プロモーションは最近では当たり前になりつつあるようだ。 これまで新曲のティザーといえばFMラジオの音楽番組で流すのが常套手段だったが、ネットはこれを完全に食ってしまった感じだ。ティザー・プロモーションに限らず、音楽コンテンツビジネス全体のマルチプラットフォーム化(CD、PC配信、モバイル配信)がどんどん進んできている。このブログでも扱った宇多田ヒカルの「Flavor Of Life」の大成功がそれを如実に示している。 とまあ、そんな堅い話に抜きにしても、Perfumeにいま僕は激ハマり中。Perfumeファンを公言する木村カエラも言うように、そのシンプルなメロディーと電子音満載のアレンジは、どこか懐かしく、また同時に新しくも感じられる不思議な魅力を持っている。サウンドプロデュースは、Capsuleの中田ヤスタカ。かつて、Howard Jones、Depeche Mode、Erasure、Scritti Politti、Chemical Brothersなどにハマってきた僕が彼の紡ぎ出す音に心くすぐられない訳がない。 こうした古くて新しい音楽を、3人の今時のカワイイ女の子たちが爽やかに歌っているという、このなんとも言えないシュールなミックスが堪らない。最早彼女たちのファン層の年代ですら80年代のテクノミュージックを知らない人がほとんどだろう。けど、そんなことはどうだって良い。僕のようなオッサンが若干ノスタルジックになりながら今時のアイドルグループにハマっても良いぢゃないか。 このPerfume、確かにブレイク目前(もしくはそのかなり近く)まではきているようだ。ここで突き抜ければ今年の紅白も夢じゃない? とうわけで、今まで人目をはばかりながらも密かに注目してきたこのPerfume、今後はofficialに(?)応援することを宣言させて頂きます!!  ... Miscellaneous MK 2007-08-22T23:33:00+09:00