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Friday, March 21, 2003


いまNHKで再放送している連続テレビ小説「おしん」を見た。「おしん」の放送当時、なぜだか結構しっかりと見ていたのだが、子供ながらに目に涙を溜めながらブラウン管を見つめていたのを覚えている。

そして、今回。やっぱり泣いた。しかも、目に涙を溜めるどころの話ではなく、ボロボロと泣いてしまった。いやはや、僕も歳をとった証拠か。いやそれにしても、人間の涙腺を緩ませるストーリーというものに経年劣化はあまりないようである。「おしん」恐るべし。橋田寿賀子恐るべし。


Sunday, March 16, 2003


数日前にようやくケータイを買った。いやはや、僕がイギリスにいた3年半という歳月は、ケータイ電話をここまで進化させるものなのか。日本のケータイには、日本のIT文化の全てが凝縮されて表現されていると言っても過言ではない(いや、言い過ぎかも・・・)。

とにかくケータイが無いことには人と連絡が取り辛いということもあり、キャリアや端末の比較検討はほんどせずに購入したのはJ-フォンのもの。ケータイをズボンや胸のポケットに入れておきたい僕にとって、このモデルの折りたたんだ状態で手の中に完全に収まる本体サイズに魅力を感じた。キャリアをJ-フォンにしたのはあまり深い理由はないが、海外出張も多いので、世界のボーダフォンのネットワークとの接続が今後さらに深まるJ-フォンに期待しているのも事実だ。とはいっても、一番の決め手は、本体価格がタダだったこと(笑)。タダといっても去年の12月に出たモデルなので、機能的に古いということはまったくない。というか、十分以上の機能が詰まっている。

昨今のケータイ端末は、多機能化の傾向が強い。しかも、i-modeなどのネット接続サービスの普及により、大画面ディスプレイのニーズが大きいこともあり、端末が肥大化しているようである。さらに、ほぼ全てのモデルがカメラ付きである。ついでに言えば、デザイン的には折りたたみ式が主流で、どれも似通ったものばかり。ちなみに、以前に某大手電機メーカーでケータイの企画・営業をやっている友人に聞いたのだが、今は折りたたみ式じゃないと売れないそうだ。

売れないものは作っても損が出るだけなので、作り手側の論理として売れるものに注力していきたいというのは当然だろう。しかも、このところの景気低迷でその傾向はより強くなっているのもよく分かる。しかし・・・、である。ミニマルな機能、小型筐体のケータイ端末のマーケットは本当に小さいのだろうか。ケータイのカメラにしても、あれを頻繁に使うようなユーザーがどれほどいるのだろうか。例えて言えば、年に1〜2回しかスキー場に行かないような人が、スタッドレスタイヤを履いた四駆の車に毎日街中で乗っている、というなことはないだろうか。

パソコンなどにIT機器に限らず、電化製品は本質的に「多機能性」と「使い易さ」の相克の狭間にある。様々な機能や拡張性を重視すれば使い易さが犠牲になりがちで、逆に使い易さを重視すれば機能や拡張性が犠牲になりがちになる。ただ、概して商品分野の「成熟度」というものを考えると、市場に新しく投入された新規の商品分野はまず多機能化の階段を駆け上がる。その後、その商品が徐々に市場に広がっていきユーザー層も老若男女と多様になると、よりシンプルで使い易いものを求めるユーザーボリュームも増えてくる。そうなると、多機能化のトレンドも落ち着き、機能を削ぎ落として使い易さを重視した商品群も出てくるようになる。テレビ然り、カメラ然り、ステレオ然りである。

しかし、そこに「情報」と「通信」という要素が加わると、その「成熟度」がいつまでたっても高まらないという事態が起こる。ドッグイヤーで進化を遂げていく情報通信技術は、それを基にした商品群をいつまでも「成熟」させることなく常に「新規商品」のままにさせる。そうなると、初期の多機能化のトレンドもいつまでたっても収まることがない。目の前で絶え間なく湧き出てくる新技術の魅力に目を伏せ、安定はしているが使い古された機能だけを使うということは、作り側も使い手側も心理的に難しいのは間違いない。

ただ、この暴力的なまでに進む多機能化トレンドに無為に身を任せることが、僕達がとれる唯一の姿勢ではないはずだ。一ユーザーとしての僕がパソコンを始めとしたIT関連商品を購入する際に一番重要だと考えていることは、「『足る』を知ること」、そして「コストパフォーマンスを考えること」、この2つである。これら2つから少し落ちる要素として、「カッコいいデザインであること」(笑)。これらを考えると、今回の僕のケータイ購入において、発売から3ヶ月そこそこしか経っていないモデルがタダで買えるというのは、極めて大きな決定要因だった。言ってみれば、今のケータイの商品開発・市場投入のペースを考えると、半年もすれば新しいモデルが出てくる。そのたびに高い金を払って最新モデルを買うのは、一消費者として経済的に賢明な選択ではないように思う(もちろん最新モデルを使うことが必要なビジネスマンや専門のエンジニア・研究者などは別である)。

ドナルド・ノーマンは、多機能化一辺倒の商品開発やマーケットトレンドに疑問を投げかけ、限られた機能をシンプルに実現する「情報アプライアンス(Information Appliance)」の普及を提唱している。彼は、上記したようなIT関連商品における絶え間ない新技術開発トレンドと、それに対するメーカーとユーザーの心理に対して明確な解決策を提供するまでには至っていないが、少なくとも多機能化トレンドに身を任せるだけではないオルタナティブの商品開発、そしてユーザーの姿勢を教えてくれる。僕達も今一度IT関連商品との付き合い方を考え直してみる必要はあるのではないだろうか。


Saturday, March 15, 2003


中学時代の同級生2人と久しぶりに会って晩御飯を一緒に食べた。2人とも女性なのだが、それぞれの自宅が僕の実家ととても近い(歩いて3分もかからない)ということもあり、当時から仲良くさせてもらっている。

「あの頃は良かったね〜」などと昔の思い出を感傷に浸りながら友人達と語らうというのは、どこか後ろ向きの行為のような気がして、基本的にあまり好きではないのだが、そうは言ってもやっぱり気の知れた友人といろいろと「ダベる」のはたまには良いもんだなぁと、当たり前のことを再度実感。


Friday, March 14, 2003


帰国してから初めて関西へ帰郷。新幹線の中で神野直彦「人間回復の経済学」を読んだ。いろんなところでこの本の良い評判を見かけたので前から読んでみようと思っていた。端的な印象としては、非常に読み易く、マイルドな味付けの市場経済至上主義批判といった感じ。

詳しい内容の説明はここでは避けるが、財政社会学(無学で恥ずかしいが、こんな言い方をする分野があるとは知らなかった)をベースに、経済をより大きな社会システムのサブシステムとして位置づけて、(良くも悪くも)非常に幅の広い議論を展開している。そして、テイラー主義的な20世紀の大量生産大量消費経済システムの限界を指摘し、スウェーデンに見られるような社会資本の豊かな人間性溢れる社会を目指すべきと説く。

僕も何度かスウェーデンを訪れ、現在のスウェーデンの活気やそれを下支えする社会構造や人々の考え方などには少なからず感銘を受けたクチだが、それでもこの本の異様なまでのスウェーデン礼賛ぶりは少し鼻についた。それもそのはず。序文とあとがきによれば、この本は神野氏がスウェーデンに滞在している際に書いたものだそうだ。つまり、氏がスウェーデンで受けた感動冷め遣らないまま書き上げた本なのだ。

当然だが、スウェーデンにも問題はある。南北の地域格差問題、近年のIT関連企業(特にエリクソン)の業績落ち込み、特にストックホルムやヨーテボリに見られるような極度のエリート主義、等々。僕が実際にあった範囲での話になるが、デンマーク、ノルウェー、フィンランドの他のスカンジナビアの国の人々に比べ、スウェーデンの人々は非常にスノビッシュな感じがした。平たく言えば、学歴や個人的なバックグラウンド、さらには見た目の体裁などに非常に気を遣う人が多い印象がある。とってもスマートでオシャレな彼らには、日本のブランド小僧を見ているような錯覚さえ覚えた。

ちょっと話はそれてしまったが、神野氏の本の内容は、そうした過度のスウェーデン礼賛のきらいがあると同時に、視座がマクロ過ぎて、個々の議論が曖昧もしくは粗雑になっている部分も気になった。例えば、旧来型のテイラー主義に基づくピラミッド組織から、ボトムアップのフラット組織への変革が必要だと説くが、フラット組織とはどういうものなのかまったく議論がない。組織のフラット化は、ピラミッド組織の問題を解決すると同時に、それ固有の新しい問題も作り出すことは明らかであるが、その議論が全くない。あたかもボトムアップ型フラット組織の実現が唯一の解決策であるかのような主張には大いに疑問がある。

また、氏の提唱する「ワークフェア」という概念も分かりづらい(って、僕がおバカなだけ?)。どうやら氏のオリジナルの概念ではないようだが、それほど高らかに主張・賛同するのなら、もうちょっと詳しい突っ込んだ説明をして欲しかった。それと、社会資本の概念も定義が非常に曖昧なまま議論を進めているのことも気になった。

もっと単純で根本的な疑問を言えば、氏の主張を実現していくには何十年もかかる話なのだが、いま目前の経済停滞に苦しんでいる日本の経済・社会に関して、短期の問題解決の話をまったくないまま、何十年先の理想像の話をされても、なんだか現実味がない。つまり、言ってることがキレイすぎるのだ。日経平均株価はバブル崩壊後最安値を付け続け、先日とうとう8000円も割り込んでしまった。この水準のまま年度末決算を迎えると、企業の業績評価に極めて悪い影響が出てくるのは明らかで、それが日本経済全体にさらに深刻なダメージを与える可能性も大きい。こんなときに、人間回復だ、社会資本だ、ワークフェアだと言われても・・・、ねぇ。

というわけで、この本、基本的にはとても読み易い良い本なのだが、今回はちょっと読む時期が悪かった。今は、抽象論より具体論を皆求めている。今の日本経済の問題を抜本的に解決する万能薬はどこにもないことぐらい誰でも知っている。そうであったとしても、一歩一歩確実に回復に向かうような具体的な手立てがいま求められているのだ。この本、違う時期に読んでいれば、また違う印象を持ったのかもしれない。いずれにせよ、神野氏にはこの本の続編、それも具体的な続編をぜひ書いて欲しい。


Monday, March 10, 2003


3月5日にフランス・ニースであった友人の結婚式に参加、6日にロンドンを発ち、7日に無事日本に帰国したので、ひとまず報告まで。ちなみに、参加したニースでの結婚式は、お天気も最高、食事もとても美味しく、とても良かった。ニースには是非またいつか訪れてみたい。


Sunday, March 02, 2003


3月1日早朝、国土交通省の東京航空交通管制部の管制システムがダウンした事故には、システムダウン問題の恐ろしさ、その被害の大きさを改めて思い知らされた。1日午後10時半時点で、全国で203便が欠航、30分以上の遅れはこの日の全便の半数以上にあたる1443便に及び、2日も一部の便が結構するようである。

問題の大元は全国の航空機の飛行情報を処理し、全国4つの管制部に自動送信する「飛行計画情報処理システム(FDP)」と呼ばれるシステム。このFDPにおいて1日未明に変更したプログラムが、別の航空交通量の集計プログラムとの間で不具合が起こしたようである。FDPはシステム故障時に備えて同じシステムが2系統用意されているらしいが、今回それが両方ともダウンした。結局は、更新プログラムの事前動作チェックを十分に行っていなかったという、極めてありがちな問題だったのである。

しかし、「ありがち」であることが「事前に対処可能」ということにはならない。プログラムのバグや複数プログラム間の相互影響問題などは、事前に完璧にチェックすることはほぼ不可能に近い。完璧にチェックしつくしたと思っていても、不具合はなんらかのかたちで残ってしまうのがプログラムというものだ。もちろん、プログラム設計・製作者側は、可能な限りそれらの不具合を無くす努力をしなければならないのは当然である。しかし、それが完璧に成されることを期待するのは、残念ながらユーザー側としても現実的な姿勢ではない。

以前の2000年問題の時のように、必要以上に大衆不安を掻き立てるつもりは全く無いが、それでもやはり、我々の日常生活が如何にコンピューターシステムの脆弱性の上に成り立っており、それに気づかずに生活しているということは再認識しておく必要があるだろう。

システム問題は、不具合が出て初めて顕在化する。逆に言えば、不具合が起きない限り、誰にも気づかれずにひっそりと隠れているのである。そうした情報化社会の「隠された現実」としてのシステム問題に光を当てていく作業の大切さを、今回また改めて認識することとなった。


© Masao Kakihara 2003
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