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Monday, May 26, 2003
Posted by Masao @ 4:46 PM
スウェーデンのストックホルムで開かれたThe Stockholm Mobility Roundtableに参加し、昨日帰ってきた。これまでストックホルムは空港の乗り継ぎだけの訪問だったので、まともな滞在としては今回が初めてだった。全体的にとてもキレイな街。それは、見た目としてキレイというのもあるが、清潔さという意味でもとってもキレイな印象を受けた。しかし、今回は飛行機を3本乗り継いでストックホルム入りしたので、とっても疲れた。やはり歳かな・・・。 Tuesday, May 06, 2003
Posted by Masao @ 9:10 PM
前回、前々回と音楽ネタをここで取り上げてきたわけだが、この流れを考えると、やはり今回この話には触れないといけないだろう。この話というのは、言うまでも無く、PCメーカーの米Apple Computerがオンラインで音楽販売を始めたことだ。 このサービスの名前は「iTunes Music Store」。現時点での対応OSはMac OS X Ver.10.1.5以降だけで、さらに、まだアメリカ国内限定のサービスだそうだ。ただ、Windowsへの対応も今年中に行われる予定とのこと。音楽データはBMG、EMI、Sony Music Entertainment、Universal、Warnerといった大手音楽メーカーから合計20万曲以上の提供を受け、1曲99セントで販売している。缶コーヒー1杯分といったところか。個人利用の範囲では、CD-Rへのコピーも無制限にできるらしい。 今回のサービス開始の発表直後はアメリカの各種メディアはこのことを戦略としてあまり評価していないようだったが、驚いたことに、実際には4月28日のサービス開始から1週間で100万曲ものダウンロードがあったそうだ。つまり1週間で100万ドルの売り上げである。極めて好調な滑り出しと言って良いだろう。 端的に僕の個人的な意見を言わせてもらえれば、このAppleの戦略を僕は支持したいと思う。理由は前回にもここで書いたように、「気に入った音楽を聴きたいという欲求」と「商品に対してお金を支払うという経済行為」をネット環境においてもう一度結び付けることが必要だと考えており、今回のAppleのサービスはそのきっかけをあたえてくれると感じるからだ。 少し理屈っぽい話になるが我慢して読んで頂けたらと思う。ネット環境では、「所有」の概念や「希少性」の意味が大幅に崩れてくる。こうした環境において、デジタル情報によって構成される商品の売買は、あたかもタダで手に入れるのが当たり前と思いがちになる。事実、ネット環境では、フリーユースが前提となっている商品が数多く存在しており、そうした互恵的な経済行為こそネット時代の社会経済メカニズムの象徴だと言う人もいる。 しかし、僕たちの経済活動、ひいては社会全体の営みが継続していくためには、支払い行為による貨幣循環が必要不可欠であることは明らかだろう。平たく言えば、カネが回らないと世の中も回らないってところか。もっといえば、支払い行為は経済システムの基本的ユニットとも言える。社会学者のルーマンは、経済は、「絶えず新たに生じてくる支払いから成り立っている」(「社会の経済」 p.41)と言う。つまり、支払いが新たな支払いを生み、またそれが次の支払いを生んでいくという絶え間ない支払いの再生産システムが経済の基本メカニズムだと言うのだ。 このルーマンの説明を強引に我田引水してみれば、支払いという基本行為の介在しない経済メカニズムは、システムとしての永続性を保持し得ないとも言える。僕らが暮らしている現代の高度資本主義社会では、商品の流通に貨幣の流通が伴って初めて経済的調整が可能になる。こう言うと、Linuxなどのオープンソース・ソフトウェアの成功があるじゃないか、と反論もあるだろう。しかし、Linuxの成功は経済メカニズムの事例として見るよりも、限定的な社会的ムーブメントとして考えたほうが良い。確かにネットの世界ではフリーで提供されている様々なソフトウェアがあるが、ネット上のある特定の領域における互恵的な運営と調整の枠組みの事例を、その他大部分のリアルな社会生活領域には当てはめるのは、明らかにover generalizationだ。 前置きが長くなってしまったが、今回のAppleの音楽販売サービスの話だが、ネット上における音楽データ流通に、できるだけ多くの人が参加できるように支払い行為を介在させようとする試みを本格的に始めたという意味で、僕は支持したい。ネット上の音楽販売サービスはこれまでもいくつかの試みがあったが、それは月極の支払い方法だったことや、ダウンロードできる楽曲が非常に限られていたことなどが理由で、どれも成功とは言いがたい。しかし、今回、音楽業界側からではなく、Appleという一PCメーカーが大手音楽メーカーを巻き込んで大々的にこのサービスを始めたことに大きな意義がある。もちろん、今回のAppleの試みが失敗に終わる可能性も大いにあるだろうし、僕自身、このアプローチが最善なものだと確信しているわけでもない。しかし、ネット上の音楽流通に支払い行為を介在させるという一般方向に対して僕は賛成したいのだ。今回のAppleのアプローチが失敗に終わっても、また違う新たなアプローチが出てくればよい。 今回のAppleの音楽データのネット販売・配信方法が、従来的なクライアント・サーバ型の考え方に基づいており、ピア・トゥ・ピア(P2P)方式のファイル共有・交換システムのように分散共有型の仕組みになっていないという理由で、このアプローチはネット技術的に見れば明らかな後退だと言う人もいるようだが、はっきりいって消費者の視点で考えれば、そんなことはどーだって良いことだ。一消費者が楽曲データをネット経由で手に入れるにあたり、それがクライアント・サーバ方式なのかP2P方式なのかなどということは、本質的な問題ではまったくない。問題は、その音楽データを手に入れるプロセスにおいて、支払いという経済行為が介在しているのか、していないか、という点である。 また、1曲99セントという値段設定が高いという意見もある。そりゃぁ、ファイル交換ソフトを使うことでタダで手に入れられることを考えると、缶コーヒー1杯分でも「高い」と感じるのは当たり前だ。しかし、覚えておかないといけないのは、「タダより高いものはない」ということである。音楽産業はボランティア組織ではないし、アーティストも慈善活動家ではない。カネが無ければ世の中が求めている音楽も作り続けることもできなくなるのである。 話はここでやはり「所有」の概念に立ち戻る。これまで僕たちは、レコードなりCDなりの音楽が詰め込まれたモノを「所有」するためにお金を払ってきた。しかし、音楽がデジタル情報の塊としてネット上で流通させることができるようになると、こうした物質的な所有の考え方は意味を成さなくなる。しかし、だからといってお金を支払うという行為をネット上の音楽流通から消し去ってしまうと、音楽産業そのものを潰してしまいかねない。まさに「共有地の悲劇」そのものだ。 そうなると、必要になってくるのは、僕たちが「何に対して支払うのか」ということを考え直すことかもしれない。ネット環境における「共有地の悲劇」を避けるためにここでひとつの提案をしてみるならば、支払い行為を、「所有のための支払い」ではなく、「支援のための支払い」として考え直すというのはどうだろうか。商品価値そのものがデジタル化されてしまう分野では、支払いを所有の対価として捉えている限り、いつまでたっても虚しさが残る。なぜなら、自分がお金を支払って手に入れた品物とまったく同じものを、他の誰かがタダで手に入れていたということが簡単に起こりえるからだ。そこで、支払い行為を、その商品の製作や流通に携わった多くの人々への支援、ないし貢献として考え直せば、自らの支払い行為を自らで少なからず正当化することもできるようになるのではないだろうか。あとは、そうした「支援のための支払い」を促進させるインセンティブの仕組みを作り上げることが重要である(というか、これが一番難しい問題なんだが・・・)。 長くなってしまったが、結局ここでひとまず言いたいのは、ネット環境の拡がりに対して恐れと敵対心を膨らませつつある音楽業界と、モノ主体の経済の考え方や仕組みをネット環境にまで導入させられることを危惧するIT業界、、そしてその狭間で戸惑いながらも「タダでモノを手に入れる」という麻薬を知ってしまった一般消費者、そのすべてが適切な利益を享受できるような仕組みを早急に作ることが必要だということだ。この意味において、今回のAppleの試みは、一つの試金石となるだろう。今回のAppleの音楽販売サービスによる売り上げが順調に伸びていけば、楽曲を提供している音楽メーカーにも多くの利益をもたらすことになるだろうし、そうなればさまざまなIT/ネット関連企業が同様なサービスを提供し始めるかもしれない。そうなれば、一般消費者としてもより多くの選択肢を得ることができるようになっていく。 とはいっても、Macユーザーの数は全PCユーザー数の5%にしか過ぎないので、今回のAppleのサービス提供がマーケット全体に大きな影響をすぐに与えるとは考えにくい。しかし、少なくとも、「気に入った音楽を楽しむこと」と「それに対してお金を払うこと」という2つの行為が本来密接に繋がっているということ、そしてその繋がりが音楽産業だけでなく自らの楽しみをも担保しているということを改めて考え直すきっかけを与えてくれたと思う。大好きなアーティストを支援するため、音楽産業というコミュニティを支援するため、そして、そうして音楽を愛する自分自身を支援するためにも、好きな音楽に対してお金を払うという行為をもう一度考え直してみよう。 | ||
© Masao Kakihara 2003
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