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Monday, July 28, 2003


ここに書こうと思いながら、忙しさにかまけてここにいままでノビノビになってしまっていたネタがある。何かというと、カメラ付きケータイを使った「デジタル万引き」とやらに関する記事が、先月末あたりに相次いで各種ウェブメディアに掲載されたことだ。この発端は、日本雑誌協会と電気通信事業者協会(TCA)が書店でカメラ付き携帯電話を使って雑誌記事などを撮影しないよう呼びかけるキャンペーンを7月1日から始めるという発表をしたことだった。このことは、様々なメディアや掲示板などでとりあげられ、国境を越えて英BBCまでがサイトニュースでこの件を取り上げた。

一連の「デジタル万引き」記事を読んだとき、なんともひどい名前の付け方だな〜と思ったが、たしかに青色吐息の雑誌業界、そして書店経営者にとってみれば、商品である雑誌を買わずに、必要な情報だけケータイカメラで撮ってタダで持っていくという行為を「万引き」と呼びたくなるのも分からないではない。ちゃんとしたデジタルカメラを使って本屋で雑誌の中身を撮ると少なからず罪悪感を感じるのに、ケータイのカメラで撮るとそれがキレイすっかり無くなってしまうというのもなんとも面白い。いやいや、本屋さんにしてみれば笑い事ではない。

このカメラ付きケータイを使った「デジタル万引き」に関連した話としては、女性のスカートの中などを盗撮する行為や、写真撮影禁止の美術館などでの使用が随分前から言われていた。これらはケータイのカメラの画素数が数十万といった時代の話なのだが、最新型のケータイに付いているカメラの画素数はとうとう100万を超え、活字などの細かい画像もしっかりと記録できるようになったことの結果が今回の「デジタル万引き」問題である。技術の進歩と普及により新たな問題が発生する典型的な例だろう。

ここでやはり憂慮するのは、「書店内でのカメラ付きケータイの使用禁止」などという愚策が全国的に広まっていくことだ。たしかに、商品として売られている雑誌のなかの情報をタダで持ってかえるという行為に対する適切なマナーの呼びかけは必要だろう。ただ、この問題は個々人のマナーの問題として扱うにはあまりにも大きく、そして複雑である。雑誌という情報財のあり方の再認識、雑誌ビジネスモデルの再考、書店のあり方についての再検討などなど。これらは全て、かなりの高品質の画像情報を誰でもケータイで気軽に記録・保存できるようになったという技術の進歩と普及により顕在化してきた問題だ。しかし、一旦走り出した技術の進歩と普及は誰にも止められない。ある技術が新しい問題を起こしたから即使用禁止というのは、あまりに浅慮といわざるを得ない。必要なのは社会制度や我々の認識の再考なのであって、特定の技術に対する糾弾ではない。

※この話は、昨今の電車内でのケータイ電話使用禁止の流れにも言える。また近いうちにこの件もここに書きたい。

「デジタル万引き」の対処については、僕としても具体的なものが頭にあるわけではないのだが、いくつか思うことはある。まず、「デジタル万引き」は撲滅すべき問題というより、ある程度は受け入れざるを得ない与件として考えるべきではないかということだ。もちろん著作権の侵害や出版社や書店の営利活動の妨害というような問題を、無視できるような小さな問題だとは思わない。ただ、カメラ付きケータイがここまで普及した今となっては、いまさらその使い方をそう簡単にコントロールできるものではないということも、現実的にちゃんと理解しておく必要があると言いたいのだ。技術の使い方(technique)の多くは、技術の作り手が「研究室」で開発・管理できるものではなく、その技術の使い手が「現場」で創り出していくものである。

また、雑誌をもっとしっかり「情報財」だと認識し、それをベースにしたコンテンツ作りをするということも必要だろう。雑誌コンテンツに関するアイディアはいろいろと挙がってくるだろうが、単純なのは「袋とじ」のようなものを作ることだ。よく週刊誌で女性のヌード写真のページを袋とじにしてあるのを見かける。中を見たいのなら買いなさいよ、というこのアプローチは、雑誌が情報財であるということを的確に理解している事例だ。ヌード写真に限らずとも、「デジタル万引き」して欲しくないようなコンテンツは袋とじにしてみるのも良いかもしれない。まあ、これにも実際にはいろんな問題があるとは思うが、いずれにしても、雑誌が情報財であり、その情報がカメラ付きケータイで誰でも簡単にタダでお持ち帰りできるということを前提にしたコンテンツ作りは、出版社としても早急に開発する必要がある。

さらには、書店のビジネスモデルも、「情報囲い込み型」から「情報提供型」にすべきではないかと思う。店内で立ち読みをしていると睨んでくるオヤジがいる書店はちょっと前まで珍しくもなかったが、今はそうした小さな書店はことごとく潰れていっている時代である。一方、立ち読みしやすい大型書店は商売あがったりかといえばそうではない。品揃え豊富で立ち読みしやすい書店には客が集まり、結果的に書籍販売にもプラスの影響を与えていると思われる。なかには、購入前の本や雑誌を読む椅子やスペースを用意して、試し読みを積極的に受け入れているジュンク堂(特に池袋店)のような書店も出てきた。だからといって「デジタル万引き」しやすい書店づくりをしなさいと言っているのではないし、情報はタダで提供すべきだとも言っているのでもない。実際、情報財の流通における支払い行為の重要性は以前にここにも書いた。ただ、書店はただ単に書籍という有形財を売っているだけでなく、様々な情報を提供している場としての機能を持っているということは、書店経営者側もしっかりと理解する必要があるだろう。

人間の欲望と英知の狭間で、技術は絶え間なく生み出され、進化を遂げていく。広義の技術とは、物理的に生み出される技術(technology)のことだけではなく、創意工夫に富んだ使い方(technique)も含まれる。今回の一件はまさに後者の問題である。ある技術が当初予想・期待していた使い方の範疇から大きく逸脱して使用されるケースは歴史上枚挙にいとまが無い。ダイナマイトしかり、原子力エネルギーしかりである。

今僕たちに必要なのは、「技術との付き合い方」に関する知恵である。人間との付き合いと同じで、技術との付き合いも単なる「受け入れ」と「拒絶」の二者択一ではない。人間と技術がときには仲良く、ときにはケンカしながら、徐々にお互いを変化し合うプロセスが大事なのである。そのプロセスをうまく乗り切る知恵が、今の僕たちには決定的に欠落している。こうした「技術リテラシー」というべきものは、これまで全くといってよいほど教育がなされてきていない(特に日本では)。今回の「デジタル万引き」の問題も、以前ここに書いたオンライン音楽販売の問題も、まさに僕たちの技術リテラシーが直接問われている問題だろう。生活環境のデジタル化がますます進む今後、僕らは自分たちの技術リテラシーを早急に鍛えなくてはいけない。


Tuesday, July 15, 2003


前回の書き込みから随分と時間がたってしまった。なんと1ヶ月以上も何も書き込まなかったのか・・・。実際、先週までかなり忙しい日が続いていたのだが、まあそれにしても怠慢というほかない。もう少し習慣づけるようにしないと、ほんとに何も書き込まなくなってしまいそうでコワイ・・・。

何はともあれ、先週で前期の授業が終わり、僕的にはやっと一息というわけだが、学生の皆さんはこれからが試験期間ということで、もうひと踏ん張りがんばってください。授業関連でなにか質問などあれば、遠慮なくメールください。


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